接触
ケインとヨニーが部屋に入っていくとそこには中年男性が1人。さわやか笑顔をむけ手を差し出してきた。
「ケイン・ライバーといいます。本日は……」
「ええ、聞いてますよ。竜殺しのケイン。キオリー山の黒竜でしたよね。私も子供のころからさんざんあの話を読みきかされたものです」
(なんだ、まるで迷惑だったと言わんばかりのいいようじゃな)心の中ではそう思いながらも、冷静に隣に立つ若者を指し示し
「こちら魔術師の……」
「どうも、ヨニーです。ヨニー・レーン。困ったことがあれば、是非この私にどうぞ」
なんだか富豪を前にして、この魔法使いはさっそくテンションがおかしくなっているらしい。相手もそれを感じたのか、愉快そうに笑うと
「それではさっそくですが今、困っていることを聞いてもらおうかな」
「はい、それはもう…はうっ」
机の下で老人につま先を蹴飛ばされ、魔術師の口から飛び出してくる軽薄な言葉がつまった。
「ところで、失礼ですが見たところあなたはクレモーネ・ブルンネル氏、ではありませんな?」
「はい、クレモーネは父でして。私は息子のエドガーといいます。エドワード・ブルンネル。あの娘の叔父、にあたるものでして」
「ほうほう、なるほどそうでしたか。それで、おじい様は?」
「ああ、すみません。父は今はここにいないのですよ。その、あちこちを飛び回ってまして。忙しい人達ですから」
困ったようにハハハと笑うエドガーに続いてそうですか、と笑うケイン達だったが早くも脳内ではこの話がいささか面倒なことになる気がして、少しばかり嫌な気持ちでざわめいた。
少女の部屋の前と思しき場所には、なぜかフルプレート(重武装)の兵士が1人立っていた。
ここに連れてきた侍女の片方がその兵士と話している間に、もう片方がフィン達の方を向いて注意を与えてくる。
「ここがお譲さまの部屋になります。くれぐれも言っておきますが、騒がれませんように……」
「当然です、わきまえておりますよ」
我ながらひどいウソである。
これから自分が入れば、間違いなく問題が起きるであろうとは、すでにあの兄が予言しているのだ。
なにが当然なのやら。
しかし、思えば自分はこんなキャラではなかったはず。それがいつのまにか、こういったなにかがおこる予感を前にすると、自分はあの兄のように平然と冷酷に動けてしまうのだということを、フィンはこの何ヶ月かでうすうすと気がつき始めていた。
「あと、言葉をかけるのもご遠慮いただきたいのですが」
「日常会話ができないのですか?」
フィンは思わず聞き返してしまったのは失敗だったかもしれない、
眼鏡の奥の彼女の目がフィンを見て揺れ動くのを見て咄嗟にそう思ったが
「そ、そんなことはないのです。ただ、お譲さまが驚かれて騒ぎになりますと困るという意味であってですね」
「ああ、そういうことでしたか。わかりました」
なにがそういうことかはどうでもよかった。どうやら確かにあまり楽観的にはいられない状況にあるのは間違いないらしい。とはいえ、こちらも中に入るからにはきっちりと向こうに暴れてもらわねばこの面会に意味がなくなってしまう。
頭の中で罪悪感を感じながら、フィンはさも普通のことのように
「それではこうしましょう。一緒に部屋に入ってください。僕達はいつもの護衛のようにあなたについていきますから。部屋の中央あたりで待ってます。なにか適当にしてもらって、それで退出すればいいでしょう」
「ああ、それはいいですね」
侍女と優しげな笑顔を交わしながらも、フィンの心は沈みそうになるのを必死に鼓舞していた。
(本番前だぞ!?いちいちなよなよするなよ、フィンレイ。死にたいのか………)
そうは言っても、侍女の言葉からわかったことはなかなかにショックであった。
なぜなら、この部屋の前に立つ兵士が、いつも彼女達が部屋に入る時の護衛となって一緒に部屋に入っているということが、彼女の返事から容易に想像できてしまったのだから。
それは、いつもの通りだと言うのでまずフィンから一歩部屋の中に足を踏み入れた。
その際、自然と盾を前にして半身になっておき、ついでに中をすばやく左右の確認をする。
入口から中の様子がすべてわかるわけではなかったが、たしかに情報通り。窓に鉄格子がはまっているのが見える。
だが、言われていた檻のようなものはない。そして、部屋の中央。光のさす中でベットの上に薄いピンクの寝間着を着たままのあの少女がこちらではなく宙を見つめていた。
(目標を発見。さてさて、いつこっちを襲ってくるのやら)
まだこの時はフィンにも余裕のようなものはあって、心の中で軽口の一つも叩いてみせた。
「どうかな?入っても大丈夫そう?」
「うん、見たけど中に入って……」
ウ-テに返事をしながら、この一瞬。彼は部屋の中から目をそらしてしまった。
再び中に目線を戻した彼の言葉が止まったことで、ウ-テは異変を感じた。
「どうしたの?」
「参ったな。いないよ、彼女」
目の前の自分よりも大きな体の青年が緊張した声を出してきたことで、彼女も事態が動いたことを理解した。ひょいと背中から顔を出して覗いてみる。格子のついた窓、気持ち良い日光のさす部屋の中に人の姿は確かにない。
「いたのは見たの?」
「ベットの上にね。目をちょっと離しただけでこうなった」
「あの、なにがあったんですか?どうしたんです?」
様子がおかしい事に気がついたか、侍女たちが騒ぎ始めようとしていた。
一瞬、2人はお互いの目を見るとフィンは再び周りに油断なく目を配らせながら一歩一歩部屋の中へと進み、ウ-テは周れ右をして後ろの待女と護衛を押しとどめようとした。
慎重に進むうちに、そろそろフィンは入り口とベットのあいだの距離の中間に差し掛かろうとしていた。
この頃になると、大抵の部屋の中は見てとれたが鉄格子があるという以外では特になんでもない普通の部屋である。もっと変態趣味の物々しさがあるとおもったが、考えすぎだったようだ。
(どこだ?隠れているのか?)
さすがに剣こそ抜かなかったが、しっかりと盾を構え、拳を握って進むフィンに死角はなかった。
だが、予定していた再会を前に後ろの方が先に限界に来てしまったようだ。
「待てって、待って。あっ、こらちょっと!」
立ちふさがるウ-テを力づくで護衛が押しのけて部屋に入ってくると、それを止めようとしたウ-テに侍女たちが追いすがって邪魔をした。
「おい、お前!お譲さまの部屋から出てもらおうか」
そう言うとズカズカと歩いてきてフィンの肩に手を置く。
警戒態勢をとっていたフィンの脳裏にこの瞬間、4通りのやり方でこの男を叩きつぶす方法を考え出したが。それを実行しろと叫ぶ命令に必死に抵抗する。(やめるんだ、僕はフィンレイ・ライバーだぞ。そんなことはしない!)
護衛は次に、フィンをそのまま入口まで引きずっていこうとする。
が、その時だった。はなれた先の床と天井を蹴飛ばした音がしてなにかがフィンと護衛に向かって飛んできたのだ。
そして次に起こったのは間違いなく惨事とよべるものであった。
信じられないスピードでフルプレート姿の男にとびついたそれは、相手を押し倒すと上に乗っかったまま床を滑った後、男の顔に手を伸ばしていく。
ボキボキボキッ
嫌な骨のどうにかなる音が鳴り響く中、フィンは咄嗟に握った拳を振り上げて男の身体に乗っかっていたそれの頭の部分を殴りつけようとした。
バキッ
音と共に、拳に相手の頬をうち抜こうとした感触が走る。
(ありゃ、おもわずやっちゃったけど。ないな)
当たった感触は、どこか力が伝わりきらなかった。そんな確信を持たせた。
事実、相手も男の身体の上から殴られたて吹き飛んだが、着地と同時に4本足の猛獣の如くはねると、今度はフィンに向かって突進してきたのだ。
「フィン!?」
ウ-テの驚きの声にまどわされず、この時のフィンもまた、猛獣に向かって直進した。
お互いが交錯する、見ていた者達は思ったが実際におこったのは襲いかかる少女と正面からぶつかっていったフィンは、自分との間に盾を入れるとそのまま彼女の身体を盾の上にのせるように跳ね上げていた。
ウ-テにとっても、まさかの驚きの連続であった。目の前で物陰から襲ってきた少女を確認したフィンが、素手で殴りつけた後も追撃をやめずに盾で相手を真後ろに投げ飛ばす姿は、彼が自分の想像以上の実力を秘めていたことを、嫌でも思い知らされた。
(あの人の弟、やっぱりすごいんだね)
なんだか恐ろしい事態になってしまったのでは、と思ったけれど。なんとかなるのかもしれない、そんな気になってきた。
しかし、フィンの方はウ-テとは違い想像以上の相手の強さに舌打ちしたい気持ちで一杯であった。
邪魔が入ったせいで、一瞬のすきをつかれてしまったのだ。慌てておっかけて腕をぶん回したが、相手を捕えることはできなかった。逆にウ-テ達の居る入口方向にいかせてしまったので、慌てて位置を交換しただけ。全然ダメダメだったのである。
横目で倒れてうごかない兵士を見ると、たった一瞬だったのにその顔は血にまみれていた。
(そりゃそうか、なんてったってあの娘……)
再び部屋の中に目を移すとあきらかに興奮状態でよだれをたらし。その白い肌は赤く染まって熱い血がこのか細い体をした少女の中を駆け巡っているがわかる。薄い寝間着はまだ無事だったが、あんな動きをし続ければそのうち酷い格好になるのは想像できた。
(あの娘。あの一瞬だけで”男の顎を引っこ抜こうとしやがった”)
そうなのだ、フィンは見ていた。
あの少女が男の上へと飛びついたあとの一瞬。男の口元に手を伸ばすとただ触れただけのように見えたが、それは実際は引きちぎろうとしていたということを。
うぐるるるる
獣のように唸る少女とにらみ合うフィン。
そしてようやくだが、この異常事態から復活してきた侍女たちが再び騒ぎ出し始めた。
「あ、あなた!お譲さまになんてことを」
侍女のカリカは口元にいつの間にか持って言った自分の手のあいだからそう言葉を漏らすと、ル―ダの方も元気を取り戻したのか
「そ、そうだっ。さっさと出て行ってくれ!」
まったく、ショックが大きすぎたのかもしれない。娘の方から男達が襲われているというのに、2人の言っていることは無茶苦茶であった。
フィンはそんな声など無視するとウ-テに声をかけた。
「ウ-テ!その人達と一緒に、この人を外に出すんだ。血が口からあふれ出ている。窒息するぞ」
その言葉に反応してウ-テはフィンの隣に寝たまま動かない男性の所に行くと、外に運び出そうとして腕を引っ張る。しかし所詮は非力なエルフの娘一人の力では、鎧を着た男性を運び出すことなどできなかった。
「ちょっと!あんた達も手伝いなさいよ、この人を廊下に出すの」
フィンを止めるか、ウ-テを手伝うか。一瞬迷うような仕草を見せた2人だったが、男が口から血を噴き出して「ぐがっ」とうめくのを聞くとウ-テの所まで近寄ってきた。
ごおおおおおうううう
唸り声を上げ、フェイントらしき体重移動を見せる少女にフィンは盾を構えたまま今度は一瞬たりとも油断をしまいと目を離さなかった。
バグン!!
2度目の襲撃、前回と違って床を跳ねて飛びかかってきた相手を瞬時にフィンは盾で叩き落としていた。そして倒した相手に向け拳を叩き込もうとする。その彼の拳が空気を裂く音がしたが、今回は相手の体に触れることすらできなかった。
カエルのようにひっくり返ったかに見えた相手はひゅるりとフィンの拳を避けて跳ね上がると再び距離をとったのだ。
(おいおい、あれをかわすのか)
フィンは内心、恐怖を感じながらうめいた。
当初の予定では盾とこの拳で相手を当て見だけで制圧しようという考えであった。ところが、一瞬だったが拳をあてたとしても致命打にならず、止めを刺そうにも当てられなかったのだ。
想像を越える相手の人間離れした攻撃力と動きに予定は次第に黄色信号がともり始めた。
一方、廊下にようやく襲われた男をつれ出したウ-テは
「あんた、大丈夫だからね。傷浅いから。」
などと適当な事を言いながら、男の鎧をはぎ取りつつ傷口を見る。
(うわわっ、これはひどい)
見ただけで異様さがわかる。彼の下あごが、取れかけているのだ。とてもなにかを自分ができる状況ではなかった。
「ねぇ、医者は!?このままじゃ…」
ガン、バグン
異様な音でフィンに3度目の攻撃が襲ったのがわかった。
見ると、フィンに飛びかかったお譲さまがはしたない格好で彼が構えている盾の上に乗っかって飛び跳ねている。
(なんなのよ、あの人間は)
相手のその常軌を逸した、異様な姿にフィンがなみなみならぬ実力を持っているとわかっていても、ウ-テは不安を覚えずには居られなかった。
しかし、事態はさらに悪化していく。
何を考えたのか「このクソ野郎!」と声を上げた侍女のル―ダが駆けだして、あろうことかフィンの背中に殴りかかったのだ。
(信じられない、バカなの!?)
人間の女のとった行動が理解できなくてウ-テは気を失うのではないかと思った。
少し前、部屋の中に入ってフィンを邪魔した武装した男が一撃、二撃でこのとおりの半殺しの目にあっているのである。それと同じことをただの女が1人飛び込んでいってやったのだ。
それを正気とは、普通は言わない。とても言えないことだ。
そして、フィンも今度ばかりは優しくなかった。
反対から女の力とはいえ邪魔してくるル―ダの手をさっと取ると、足を跳ね上げ引きずり倒す。さらに続いてその細腕の関節をとりながら彼女の体の上へとまたがったのだ。
きっとそれしか方法がなかったのであろうが、フィンの顔には苛立ちと焦りがはっきりと浮かんでいた。
そして問題のお譲さまもまた、それを見逃すほど優しくはなかった。
四度目の襲撃。
しかしそれは、いささか意表をつくものであった。なんと彼女は大きく跳躍すると、女の上にまたがったことで身動きが取れなくなったフィンの頭上を飛び越えようとしたのだ。
そのことを理解した瞬間、フィンの脳裏にはその後に待っている光景が嫌に鮮明に浮かぶ。
動けない自分を飛び越えた彼女は廊下に出て、侍女とウ-テ。そして止めを刺し損ねた男の元に行く。そうなったら?
いや、違う。そうさせてはならないのだ。
次に彼がとった行動は誰もが思いもよらないものだった。
なんと、おもむろに自分の持っていた盾を着地しようとしていたお嬢様に向かって投げつけたのである。唯一、それまで身を守り。攻撃としてやくにたっていたものを手放したのだ。そして
「こっちに来い!!」
声を張り上げると、少々強引ではあったがまたがっていた女の腕をひねりあげると乱暴に壁際へと放り出して解放した。
それは、ある意味において彼にとっては賭けであったが、彼の目論見は的中した。部屋の外に向かおうとしたお譲さまは突然まわれ右をしてフィンに向かって戻ってきたのだ。
ザム、という嫌な音は衝撃をともなってフィンに感じられた。続いてウ-テが「フィン!!」と悲鳴に混じって叫ぶのが聞こえる。
彼は精一杯よけたつもりではあったが、盾を失ったことで今度ばかりは彼女の手から完全に逃れることはできなかった。皮鎧が裂けて身体から剥がれ落ちかけている。少女のたった一撃で見事に壊れてしまったのだ。
(次はないな)
そう、思いながらも兄が鎖を下につけるなといった意味を理解しつつ、この一瞬だけ感謝した。今のタイミングより遅ければ、きっとあの娘の手を逃れることができなくて自分は押し倒されたことだろう。その後のことは今は考えたくない。
ん?待て待て。
よけるのではなく守ることを考えるなら、自分が重武装のほうがよかったのでは?
興奮のせいだろうか、余計なことをついつい考えそうになり慌てて集中する。
とにかく、なんだかんだいっても武器も防具も失ってしまった。どうしたらいい?
お譲さまはと言うと、すでに寝間着は乱れ、骨ばった腹がみえたりと酷い格好であったが。相変わらず興奮したような荒い息と、正気のかけらも感じない獣の目は爛々と輝いたままである。
そして、決着の時が来た!
いま、まさにとびかからんとするお嬢様に対し、フィンは兵士が落としていった剣と楯に飛びついたのだ。同時に獲物のあがきを察して最後の突撃がはじまる。
フィンは剣には目もくれずに盾を手に取ると、とっさに目の前にかざす。迷いがなかった分素早い動きとなり間一髪、襲撃者の爪が身体に届く前に間に合った。。
本来、盾というものを正しく運用するというならば。背面に用意された取っ手などを、しっかりと固定させて使うのが普通である。しかし、この時のフィンはただ拾い上げただけで、そんなことをする暇もなかった。
つまりこの時の様子を他人から見ると、フィンはただがむしゃらに身を守ろうとしての行動に見えただろう。
だが、実はこれが違ったのだ。
再び盾の上へと飛びついて来た敵は今度は押しつぶさんと勢いよく飛んできたわけだが。なんとフィンはそれを盾の上で受け止めつつ、その勢いを盾を挟んだ自分の身体で捻りをくわえたことで自分の体重を付け加え。
様々な勢いがついた彼女の身体をパワースラムとよばれる技の要領で、盾と床に挟みこむようにして叩きつぶしたのである。
その一瞬の華麗な切り返しは盗賊娘の目から見ても、あざやかというよりも華麗な魔法のようなフィニッシュシーンであった。
一体、あの状況からいつこんな最後を狙っていたのだろうか。なんだか先ほどまで、ひやひやしていた自分がなにやら化かされたのではないかという気になってしまう。
そしてフィンは盾を今度こそ握りなおすと、動かなくなった娘の体の上からどくと油断なく目を光らせておく。
グリゼルダ嬢は口を大きく開け、必死に呼吸をしようとするかのようにしていた。だがどうやら身体に受けた激しい衝撃が、それをゆるさなかったようだ。それまで異様な活力はみるみる失われ、ただ深いダメージを受けた彼女だけになった。
そして、わずかに悶えるように体を動かしてそのまま動きを止めると、彼女は遂に気絶した。
なんにしても限界であったのだろう。
「ふぅ」
それを確認したことで、ようやくフィンも安心した。だが喜びはなかった。
恐ろしい力を持っていたとはいえ、娘を床と盾に挟んで思いっきり叩き潰した結果。髪は乱れ、唇を切ったのかうっすらと口元に血が滲み、服は破れ乱れ放題。その下には病的な若い娘の肌が見えている。
なんともいえない気分の中、自分が見ている物からすっと視線をそらした。理屈はわかってはいるのだが、なんだか自分が悪いことをしてしまった気がしてならない。
そこに侍女達が半泣きして縋りついていくのを見ると、もう嫌になってしまいそうになる。
まったく、あの兄はここまで想定して僕にこの役をやらせたのだろうか?
そんな微妙で複雑な顔をしていたフィンにウ-テは近づいて慰めた。
▼▼▼▼▼
ケイン達が騒ぎを聞きつけ駆けつけると、廊下には倒れた血まみれの男が。さらに鎧を無残に切り裂かれ、疲労困憊した様子のフィンとウ-テが。そして、ひどい格好で床に寝ている少女と泣き叫んでいる侍女たちの姿があった。
どうやら、予想よりも激しい戦いがあったのは見て明らかだった。
ケイン老もヨニーも顔をしかめる中、依頼者のエドガーは真っ青な顔で
「こっ、これはどういう!?」
と狼狽している。
すると、フィンが近づいてきて感情のない声で
「実はお譲さんと面会したいと申し出たのですが、どうも運が悪かったようです。”部屋に人が入るのを見て、お譲さんが暴れました”」
それは多分、あらかじめ用意されていた言葉であったのだろうが、ここはもう少し演技に力を入れてほしいものである。なのにフィンは疲労困憊気味ではあったせいもあるだろうが、表情ひとつかえようとしないのでいまいち不自然さがぬぐえない。
ここからが老人の出番であった。
「そうか、大変であったな。怪我はないか?」
「1人、兵士の人が襲われました。生きてますが、医者が必要です。今呼びに行って貰ってます」
その言葉にうなづいて見せると、続いて
「それで、お譲さんはどうだった」
「見ての通り、よくないですね。というより思った以上に悪いです。このままだと、多分手遅レニナルデス」
……最後のあたりはなにやらおかしい調子になっている。もう自分の番は終わりとでも言いたいのだろう、さっさと自分から話を勝手に切り上げて離れていってしまった。
ならば自分らが何とかしてやるしかないだろう。
「ふむ、エドガー殿。少しよろしいか?」
そう誘ってケイン老は依頼人のエドガーを廊下のすみに呼び寄せると
「どうやら、思った以上にお譲さんのお加減は良くないらしい。孫も言うておったが、わしも見て思うにあの娘。このままでは完全に正気を失い、だれかれ構わず人を襲うかもしれん。大騒ぎになりますなぁ」
すでに目をかっと見開いて気が動転している相手は、その最後の言葉に色を失いかける。それを察してケイン老は、手でまぁまぁとエドガーの手をとるとポンポンと叩きながら。
「まぁ、落ち着いて。今は良くないが、まだ間に合うかもしれん。
この老骨でよければ、話を聞くにもやぶさかではありませんぞ。しかしですな、それならばひとつ絶対に約束していただきたい。我々の力が及ばなかった時。その時は、素直に先ほどから繰り返し申し上げましたが、教会の慈悲にすがるのがよろしかろうと思います。きっとそうしてくだされよ」
その言葉に励まされたのか、エドガーは「お願いします」を繰り返しながらケイン老の手を握り返してきた。
(なんだか、悪いことをしたみたいで気が引けるのぅ)
口が裂けても、まさか自分達がわざとそうさせたとはいえない身では。ひたすら優しげな顔を張りつけておくしかない。
その様子から空気を察したのだろう。ヨニーが、魔法使いは自然に横に立つと次々と要求を口に出してきた。
「それでは、ですね。さっそくですがやってもらいたいことがあります。
準備には数日の時間が必要です。その間、お譲さんには水以外は与えないように。ええ、そうです食事はいけません。あと薬も与えていませんでしたか?それもだめです。
特別な環境に置く必要はないでしょうが、念のために腕と脚は今のうちに拘束しておいてください。
契約の方ですが、このあとで部屋に戻って細かいところについて話し合いましょう。それで大丈夫です。上手くいけば来週にはお譲さんは元気になられているはずですよ」
そう言って笑顔を向けるヨニー・レーンの営業スマイルは完璧であった。
▼▼▼▼▼
再びそこに訪れたグリフは堂々と中へと進んでいく。
前回の訪問はわずか数十時間前のことである。彼にもう遠慮というものはなかった。
白い部屋の数々を抜け、寝室の扉を抜けるとそこにはうごめくシーツのベットから、今にも転がり落ちそうな姿勢で胸の多くをあらわにしているあられのない姿のアンブラがボウと体を横たえ宙を見つめていた。
その前まで行くとグリフは平然と見下ろしながら声をかけた。
「こんにちは、まだ楽しんでいる最中だったか。そんなに気にいったのか?」
意地の悪い質問だったが、それには答えず。アンブラはただ目線をジロリとグリフにむけただけである。
「おいおい、怖いな。それより、今日も君に話があったから来たんだ」
そう言うと、相変わらず目の前の光景を気にするでもなく部屋の中を見回すと、椅子をみつけてきてそれに座った。
「先日のお礼がまだだったね。君の意見はおおいに助かったよ。おかげでなんとか、こっちはまとまりそうだ」
すると、シーツの中からたくましい男と思われる腕が表れ。
アンブラの肌を、上半身をはっていくと口の中に二本の指を入れ中をまさぐった。アンブラもそれを嫌がるでもなく、目には鈍い光が宿っていたが相手をするつもりはないらしく、自分の舌の上で動く指を転がして遊ぼうとしていた。
そんな姿を見てもグリフはまるで関係ないという風で
「君の確約を貰ってね。色々あったけど、ぴったり思った通りの展開になったってさ。ま、どうやら君も俺の置き土産を非常に気に入ってくれてるみたいだし、いや本当によかったよかった」
そう笑顔で語るグリフにようやくなにかを言う気になったのだろうか。ぽん、と音を立てて指を口から追い出す。追い出された指の方は、多少は未練が残ったか。再びシーツの中へとゆっくり戻っていった。
「それで、それがいいたくて…この私が見たくて来たって言うの?」
「いいや、まさか。君に感謝してる、そういったろ?本心さ」
元をただせばこの2人は敵同士であった。これが本当のことか嘘のことか。その言葉にどれほどの価値があるのだろうか。
「それで?それだけなのに来たのかしら」
再び口を開くアンブラだったが、こんどはすぐにグリフは答えなかった。いや、それどころか真剣な顔はどこか緊張しているような、そんな印象を与えた。
「……」しばらく無言の中、アンブラの隠されたシーツだけが動きを見せている。
はぁっ
とても色っぽい声を突然上げたアンブラだったが、その表情は変わらずにずっとグリフを見つめていた。
そしてそれが彼に決心をさせたのだろうか、ついにグリフは口を開いた。
「アンブラ、俺が今日ここに来たのは。お前に残念だと伝え、別れを言うためにきた」
衝撃の一言であった。
なぜ?どういう意味?アンブラの頭の中は混乱する。
もうお前は必要ない、私を解放するということ?そんなわけがない。お前は必要ない、もうここには来ないということ?それとも、なにがある?
「そうなの、どういう意味かは分からないけど。わかったわ」
混乱した頭の中と違って、なぜか彼女の口から出たのは味気のない感想であった。
「どうもその顔を見るとわかっているって感じではないな。大丈夫か?」
「なによ、それ。滅茶苦茶じゃない」
そういって呆れて見せようとしたが、思った以上にショックだったらしい。ひきつった情けない顔になってしまった。
そんなアンブラを見て、突然グリフは語りだした。
「アンブラ、実は前回はあえて口にしなかった事がある。
…お前が描いた絵の中に。天才画家、サヴォーンが書いた風景画【マイリの家から見る景色】を模写したものがあったな。
いろいろと有名な逸話のある絵だ。山深い所にある湖はいつも霧がかかっている。だが、ある朝霧のない景色はすばらしく、天才はおもわず筆に手を伸ばした。そんな話と共に伝わる名画だ。君はそれを再現しようとして書いたのだろ?」
「突然なにをいいだすの?
そうよ、下手だって言いたいんでしょうけど。わたしはあれの本物を一度だけ見たことがあるの。名画なんて言われてもよくわからなかったけど、その話の情熱的なところを聞いて好きになっちゃったのね。それがなに?」
「やはりな、お前はその画を模して書いていたのだな。だがな、あの絵には肝心の湖が書かれてないのはわざとなのか?」
「え?」
意味がわからなかった。そして、それを見てますます確信したらしくグリフは続けていった。
「お前が書いた絵には湖ではなく砂漠が、それとも沼か。とにかくなんだかよくわからん色で塗りつぶされているだけだ。
わかるか?水を正しく描けていない。そういうのは他にもたくさんある。
男の絵を描いていたな?顔はなぜ書いてない?わざと書かなかった?違うな、あの絵に描かれた女はお前の顔だった。つまりあの男がどんな顔か思い出せなかったんだ。
作った壺に花をうまく飾れなかったんじゃないか?当然だ、あんなに曲がりくねっていてはどうにもならん。
料理はどうだった?思ったような味が出なかったじゃないか?」
「それがなんだっていうの!?」
なぜかはわからないが、言葉だけはいら立ちを伴ってアンブラの口から飛び出した。それを憐れむでもなく冷たく見つめながらグリフは告げた。
「アンブラ、お前とはほんの少し顔を見なかっただけだった。だがな、今のお前は俺の目には、まるで20になったばかりの若い娘にしか見えなくなっている」
そしてアンブラは正しく理解した。この男が何を言いたいのかと言うことを。
重苦しい沈黙がその場に流れる。
「それ、本当のことなのね」
ボウとした表情に戻ると、ふたたびしわがれた声でそう聞く。
「ああ、お前は言った。この場所はまだ研究過程の物だとな。そして今のお前を見て、わかるのはそれが失敗だったということだ。もう俺の目から見ても長いことはない。この場所は急激にお前に変化を与えようとしている。お前の魂が消失する運命は変えられなかったんだ」
「そういうことになるわね」
再び重い沈黙が流れると思ったが、今度はアンブラの方から口を開いて来た。それも面白そうに
「でもね。ならなぜ、あなたが私にそれをわざわざ知らせにここにきたのかしら。そこに興味があるわ」
「なんでもいいだろ。好きに考えればいいさ」
めずらしく、不機嫌にそう答えるグリフになおも食い下がると
「嫌よ。どうせ今日が最後なんでしょ?聞かせて」
「………」
ゆっくりとグリフは語りだした。
「別に大した話じゃない。別に情けをかけようとか、そういうことでもない。
ただ、知らなければお前はこのまま自分が壊れていくことを理解できないまま死を迎えることになる。すでにお前の肉体は滅び、その知識も手に入れた。救うことはできないし、助けるつもりもないが、最後は違ってもいいかもしれない。そう思っただけだ」
「わざわざ、私のために骨を折ってくれたというわけね。涙を流して喜んであげた方がいいのかしら?」
なぜか楽しげに皮肉を口にする彼女に、グリフは怒ることはなく
「好きにしろ。ガリランドはもう過去の話だ。俺にとってもな」
「可愛いことを言っておいて、寂しいことを言うじゃない。そうね、礼は言わないわ。だって、あなたのせいこんな最後を迎える羽目になったのだものね」
「……そうだな」
「わたしはこのままだとどうなると思う?死ぬ……のかしら、とうに肉体は失っているけど。魂だけの死とはどういうものなのかしらね?死霊術師として、それを見ることができないのは確かに残念な話よね」
「俺が思うにお前は直に死霊術師であること、魔術師であること、そして女であることをわからなくなる。それからどうなるのかはわからない」
「涎を垂らしてそこら中を這いまわるかもしれないのね。それは最低」
淡々とした答えるグリフに、アンブラは恐怖を隠すかのように笑おうとするがやはり上手くはいかなかった。
「このことをあの神は見ているかもしれない。私の知識を受け取ったことであなたもこの先、無事では済まないかもね」
「それをお前が心配する必要はない。俺が上手くやれればいいだけの話だ。せいぜい遊ばれないように、ひねりきいた一撃をおみまいしてやるだけさ」
「強気なのね。でも、だからこそあの時もあなたは躊躇なく私と対決しようとしたわけか。改めてとんでもない奴」
「では、話は終わりだ。俺は帰るよ」
いきなりそう言って会話を切りあげると、グリフは背を向けようとするが今度は少し怒ったようにアンブラがそれを止める。
「あら、なによ。最後のお話なのに勝手に吐き捨てるだけで帰るつもりなの?」
その言葉に、おもわずグリフは動きを止めてしまった。
「なんだ?ほかになにかあるのか」
「ちょっと覚悟がいるのよ………待ってなさい」
先ほどとは違い、顔を赤らめて恥じる彼女が理解できず。グリフはしかたなく黙って待つことにした。
しばらく頬を叩いたり、すーはー息を吸ったりした後。アンブラはグリフの目を正面から見ると
「あの、あなたが置いて行った前回の”報酬”なんだけど。誰なの、教えて頂戴」
どうやら今もベットの中にいるお相手について知りたかったらしい。
「残念だが、君の元彼ではないよ。あまりいいたくないがね。そいつは、かつてご乱行にあけくれたころの俺の記憶からつくりだしたものだ。とにかく………そういうことだ。」
「へぇ、そうなんだ。その頃のあなた、悪くないわよ。時間があればそんなあなたの過去の破廉恥の数々も色々聞いてみたかったんだけど」
楽しげにそう話すアンブラの表情に再び笑みが戻ってきた。先ほどまでとは違い、そこに不自然さはなかった。
一瞬、互いの視線が交わると今度こそグリフは背を向けた。
「それじゃ、お別れだ」
「そうね。あっ、このシーツの中の”彼達”。置いて行ってもらえるのよね?取り上げたりしないでしょ?」
「………フン、好きにしろ。料理を食わせてもいいし、なんならそいつらで新しい絵でも描いてやれよ」
「そ、ありがと」
「さようならだ、アンブラ。月の姉弟よ」
「さようなら、グリフィン」
もう自分に背を向けて部屋を出ていく男の後姿をアンブラは眺めたりなどしなかった。
彼女は早々に挨拶を交わすとすぐにシーツの中へと潜り込んでしまった。
最初、前作ボスと主人公その1とのベットーシーンを書いていた自分にびっくりしたものです。はっはっはっ。
ぜんぜん笑い事じゃないんだけど。気が付いた時は冷汗流したよ。
で、書きなおしたのだけれど。これぐらいならセーフ、だよね。




