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ウィンターソルジャー  作者: 鷹雪
死霊のはらわた
PR
23/27

困難な道

 今日もライバー邸の一室に皆が集まっていた。

 それも当然だろう。この日、話しあわれるのは最終決戦へ向けての打ち合わせなのだから。

ケイン老はその席で、皆の顔を見回しながら口を開いた。

「さて、話の前に今日からまた1人。魔術師ギルドから来てもらったお譲さんがおる。うちにとって待望の”専門家”じゃ。あとで今回の謎解きをやってもらうことになっておる、頼んだよ。

 まずはじめに先日の話だ。皆にやってもらったこと、なにがあったのか。もう聞いてはいるだろう。だが、状況を整理がてら確認していきたい。それでは、はじめようか」


 開幕の宣言と共にヨニーが立ち上がると

「前回の集まりでは不利な状況だったが、なんとか結果を皆が出せたように思う。

 まず、ブルンネル邸に行った最大の目的であるグリゼルダ嬢の症状悪化はフィンレイ君が見事に成功させた。状況と話からすると、想像以上に厳しいものがあったということだが、見事にやりきってくれた」

「やるじゃん、フィン」

 楽しげにそう言うと、ファーギーは向かい側に座っているフィンを指差してウィンクを贈る。だがフィンの方は、あの時のことを思い出してしまい。少しばかり心が沈みかけたのか視線を落としていてそれに気が付かなかった。

「その後、時間をおいて彼女の主治医達からそれぞれ繰り返し食事を抜くのは危険だとの抗議が来ている。再考を、ということのようですが?」

「だめじゃ」

 意外にもその一言で切って捨てたのはケイン老であった。

「わしに言わせてもらうなら、あの娘はすでに”手遅れ”になっておると思っとる。見ただろう、フィンの鎧を素手で引き裂きおったのだぞ。再び力をつけられては、次に暴れられた時が困る」

 あえて「その時は殺す」とは言わないようにしているようであったが、本人と騒ぎを目にしたことでこの老人の中では色々と考えがかわるところがあったようである。


「まぁ、いいでしょう。続けます。次に契約も無事に交わされました。あと、こちらの要求した一文。失敗したら教会を頼れ、というのもちゃんと入ってます。まぁこれで最悪、我々が届け出ることができますし。変に言いがかりをつけられても、なにも言えなくなるということにはならんでしょう」

「あのさ、それって意味があるの?」

 フィンが質問の声を上げると魔法使いに変わってグリフがそれにこたえる。

「じいちゃんの言うとおり、想像以上に症状が進んでいた。本当にぎりぎりにいるってのは間違いない。限界を越えた時は彼女は殺すしかないが、前は契約の条件に彼女を害する行為はするなとしていた。

 結局、この一文を取り下げるつもりは向こうにはなかったわけだが。俺達が関わる以上、それですむ話ではない。だから教会を巻き込むことで処分の決断をしやすいよう、流れを作っておいたのさ。

 ま、それはこちらにとっても有難い話ではある。最後の面倒くさい所は教会に任せればいいのだからな」

「腹黒いのはいつものことかぁ?」

「褒めるなよ、アバズレ」

 ファーギーの嫌みをグリフは涼しい顔で返す。


「あと付け加えるとするならば、グリゼルダ嬢はあの叔父のエドガーと言う人が勝手にやっているということくらいだろう。他の家族がどう考えているのかはさっぱりわからない。ま、無関心と言うことはないだろうけどね」

 その言葉にウ-テがおずおずと手を上げながら

「多分ですが、諦めているという可能性があります。というのも、その人を除いた人達はほとんどがこの国の外にいることがわかりました」

「まぁ、そのへんのことは必要以上につつかなくていい。ご両親はどなたの家の血をひいておるんですか、などとうっかり知りたくもないしな。次だ、次」

 ケイン老がそういって催促する。とことん貴族のゴシップにつながることを嫌う人物である。


「ウ-テ君によって、かの邸宅にはなにやら秘密の通路があることもわかった。これについては、言いだしっぺから話をぜひとも聞かせてもらいたいね。なんであそこにあると思ったんだい?」

 ヨニーがそう聞くと、グリフは顔をしかめる

「うーん。とにかく予想通りだったということだ」

「それだけっ!?」

 ファーギーも一緒になって非難の声を上げるが、グリフはパタパタと手を振って見せることで話を先に進めろと要求する。

「ということでぇ、いくつか不安の要素も新たに出ては来ましたがっ。おおよその目的は果たすことができた。つまり最高の結果であったと言える。皆さん、ご苦労様でした。

 そして、続いて今しがたもったいぶったばかりのグリフィン氏と新人のティカ・カボーネに種明かしを、もといくわしい謎解きをしていただこう」

 いよいよ、その時が来たことが告げられる。



▼▼▼



 グリフは立つと、皆の顔を見回しながら口を開いた。

「まず、俺が話すのは先ほど言った通り。ウ-テが見つけたという隠し通路の存在をなぜわかったか?について。

 これを説明するのはこの町の成り立ち。歴史の話を聞いてもらう必要がある。

 このウィンター・エンドは元々はそれほど大きくはない砦の近くの町であった。砦の方は皆も知っているようにウィンター・コートと今は呼ばれている、あの裏にあるやつな。つまり、町の方が大きくなりすぎて砦から名前を取り上げたのさ。

 さて、そうなったのも理由がある。

 かつてのドワーフの時代。そう世界の地面の下すべてを支配すると宣言された時代だ。彼等の手はこの町の下にまで届き。それどころかドワーフの技術は地上の人の町といびつに融合した結果が今のウィンター・エンドだ。

 さて、いつの時代もそうだが、貴族ってのは嫌われ者だ。そして有難いことに嫌われ者らしい、どうしようもない遊びと称してバカをする連中がいる」

「ああ、それならあたしもよく知ってる奴等にいるぜ」

 ファーギーが茶々を入れ、うっかりその言葉に同調して、うんうんと激しくうなずいていしまったヨニーを無視してグリフは続ける。

「ある時期だが、ひどく悪趣味な遊びが流行ったのさ。真面目な話、喜んで誰かに聞かせたいとは思わないほど胸のむかつく話だ。だが、彼等は一応は外聞を恥じる程度のモラルはあったらしい。それを地上の、それも自分の家の中ではやりたくなくてね。というか、やれなくてね。

 それが何なのかというとだな。ドワーフの地下世界で邪教の生贄の儀式に似たパーティをやっていたという記録があるんだよ」

 ふむぅ、と唸る声と共にケイン老が腕組みをしたが、それは自分には興味のない話だ、もういいだろという意思表示であった。

「わからんの。どういうことなんじゃ?ごちゃごちゃ言われて難しいぞ」

 せっかく歴史の講義をしたというのにこの態度である。やれやれ、とグリフも苦笑いを浮かべると内容をさらにざっくりと説明する方向へと舵をきった。

「わかったよ。簡単に言うとこうだ。彼女はとりつかれているらしい。彼女はドワーフの地下世界にひかれているようだ。そしてそこでは過去に邪教の儀式をまねた貴族のバカ共がアホな事をやっていた。以上の3つから俺はグリゼルダ嬢に取りついている死霊について推測できたんだ」

 そうゆっくりと3本の指を立てていきながら説明を終えると、目で隣に座っているティカに合図を送る。この先はお前が続けろ、ということだろう。



 蒼いおかっぱ頭の髪をしたティカ・カルボーネはすくっと立ち上がると。勢いよくペコリと頭を下げ、勢いよく振りまわされた彼女の髪が暴れようとする。

「おい、おいっ」

 その姿に慌てて、グリフが手を出そうとするが。彼女は”ずれ落ちそうな”髪に手をやりながら慌てて頭を上げると。

「そうだった。でも大丈夫、まだ慣れてないだけ」

 静かな口調でそういった。

「それでは、ここからは自分が。すでに言われましたが、その女性に取りついているのは死霊と思われます。彼女の状態はすでにとりつかれた人間の末期の状態に近いと思われます。たぶん、薬を使って無理に抑えようとしたためにかえって緩やかに症状が進行したのでしょう。

 ではどうする?という問題があります。

やることは一つです。持てる力で実際に地下世界に降りていき。元凶を断つ、これしかありません」


 その言葉に鼻を鳴らしながらファーギーは

「なるほど、グリフの野郎みたいにグダグダしなくてわかりやすい。でもよ、死霊ってのは斬れるのかい?それができないなら、あたしなんかは役立たずになっちまう」

 とても武器を振う者らしい疑問であった。

「今回は2つの理由から大丈夫だと断言します。ひとつは、今回の死霊は普通ではないこと。そして、もうひとつはそこには多分。ダークストーカーが現れるからです」

 聞きなれない言葉が出てきたが、それを聞いてファーギーは体を起こし、フィンは驚いて腰を浮かしかける。

「えっと、ダークストーカーっていった?あの、ダークストーカー?」

驚きからか思わずそう繰り返すフィンを見てうなずく若き死霊術師は

「そうです。ドワーフの時代を終わらせ。今も地下のほとんどに住みつくと言われる闇の住人達。今回の対決の場に、彼等も必ず横槍を入れてくるはずです」


 いささか、驚きの予想にいつしか皆の顔がより緊張したものとなる。

「あの、いいですか?」

 ウ-テが声を上げる。

「いま、理由に今回の相手が普通ではないと言いましたよね?」

「我々、魔術師が言う普通の死霊というのは人を指す。つまり、人が人にとりつく、そういうこと。だが今回の相手は人ではないから普通ではない、といいました」

するとファーギーが興味を持ったのか

「じゃ、なんだよ。そいつは?」

「オーガです。オーガの呪い師だと考えます」

「……モンスターってこと?」

 フィンのその言葉にうなずいて返えす。



「ダークストーカーか、それは少し困ったの。グリフ、その場所というのはどの辺にあるのかわかるのか?」

 頭をなでまわしながら、ケイン老が聞くと「地下奥深くにはいかないと思う、逃げれなくなるからね」との返事にうなづくと

「ならば、ダークストーカーについてはそれほど心配はいらないか。地下の奥深くとなるとどうにもならないが、地表近くならばそうそうたいした奴はいないだろ。だがなぁ」

 そのことばにグリフはうなづいて同意を示しながら

「1人1人ならばうちの連中なら大丈夫だろうが、あいつらは数が多い。どちらも相手をすることになるね」

 どうやら、簡単に終わる話ではなさそうであった。

「モンスターの死霊、ですか。そちらも気になるのですが」とウ-テが口にするとフィンも「そうだよ。オーガってあれでしょ?でかくて筋肉の塊みたいな奴」という。

 それを受けて、ケイン老が説明を始めた。

「まぁ、間違ってはいないな。オーガとは人間よりも大きいが、トロールに比べると小ぶりだ。青い肌に角をはやしておる。同族以外とは言葉を交わさない者達でもあるな。

 フィンが言ったように、奴等の大半は武器を使う恐ろしい戦士だが、ごくごくまれに魔法を使う呪術師とよばれる連中がいたな。ふむ………なんだか色々思いだしてきたぞ」

 ケイン老が顎を動かしながらそういうのを不思議そうに見つめているウ-テを見ると

「オーガの呪い師にはな。戦士とはちがい、女のオーガがまざっているといわれておる。それには理由があるらしくてな、なんでも女の呪い師は男と違いひと際強い力を持っている、という話があってな………」




「わかった。いいじゃろう。それで!どういった計画だ?」

 振り払うように老人は話を切りあげると次へと振った。

「まず、邸宅にこのティカとグリゼルダ嬢を残して全員に出てもらう。

 つまり屋敷には他に誰も残らない。1人も、だ。

 次にじいちゃんは外に出た連中を集めて見張っていてほしい。聞けばフィンは危うくメイドの邪魔で死にかけたというからね。後追いなどされてまた邪魔されてはかなわない。

 残りは全員で庭にあった封を突破、地下に降りていくことになるだろう」

グリフは流れを簡潔に説明する。

「なぁ、地下ってのは広いんだろ?そこからどうする?」

「確かに。だが、心配はいらないだろう。そこにいけば、地下の穴ぐらからわざわざ地上の娘に呪いをかけるくらいの相手だ。人間の方から自分に近づこうとすればわかるはずだ。

 そして、こっちにこいと誘ってくる。それに、多分だがお譲さんの方も呼ぶかもしれない。まぁ、その時はもう一度フィンに頑張ってレスリングしてもらうことになるだけさ」

 最後の方の不穏な発言に、フィンは眉をひそめ、目には冗談じゃないぞという光が宿る。だがグリフはそんな弟を無視して見せた。


「ああ…それで、おほん。それでぇ、どうなるのかなぁ?」

 必死に何かを隠そうとしたことで、かえって声の震えがわかってしまうヨニーの質問にティカが冷たく答える。

「主殿がいったように、グリゼルダ嬢を押さえてしまえば憎悪を抑えられずに向こうから直接襲ってくると思われる。そうなればダークストーカーに邪魔されることもないだろうし、返り討ちにすればいいだけ」

「いいぜ、それで。帰りはどうなる?」

「落ち着け。いいか?俺達がどういう展開になるかはわからないが。予定通り死霊と激突するとだな、その騒ぎを聞きつけて邪魔したがってる連中が寄ってくるはずだ。繰り返すが特別恐れる相手ではない、が数が多い。長期戦になるとダメだ」

「オーガ、なんだよね?さすがに瞬殺とか無理だと思うけど」

「まぁな。だが、だらだらとやってたらこっちの身が危ない。ここはうちのポンコツ魔術師にがんばってもらうしかないだろう」

「なぜだ!?」

 いきなり自分にふられたことで抗議の声を上げるヨニーだが「なんだ、お前がオーガをやってくれるなら。俺達が雑魚を引き受けるが、そっちがいいか?」と言い返されるとシュンとして下を向いてしまった。

「帰り、の話だったな。オーガさえ倒せたら退却だ。料金分以上の労働は皆も趣味ではないだろ?とっとと逃げる。心配はいらないと思うが、もしもの時は新人のこのティカの力が必要になるだろう。その時は彼女の指示に従ってくれ」


「おい、別にどうこうはいいたくないけどよ。今日顔を合わせたばかりの新人にいきなり命を預けるのかよ」

「言いたい事はわかるさ、ファーギー。

 だがな、ここにいるのは実力は十分ある奴だからこそ話をしている。彼女は魔法使いで、その実力は俺が知っている。それだけでは納得できないなら、今のうちになにがいるのか言ってくれ。魔術師ギルドの推薦状か?マスターをはじめとした上級魔法の使い手たちの太鼓判か?」

「ヘン、そんなもの。どれも紙屑じゃねぇか。どうせお前があの連中にとっとと用意して持って来い、とか言えば終わりだろ」

「そうだな。つまりお前も納得できたわけだ」

 その言葉にファーギーはぷぅと頬をふくらませてこの可愛げのない若者をにらんでみせる。


 ここで、ケイン老が重々しく口を開いた。

「では、作戦はわかったな。明日の昼、わしらの初めての大仕事になろう。

 だが準備はしておいた。

 フィン、中古の品だが新しい鎧を用意しておいた。明日は下にちゃんと鎖をつけていくんだぞ。エルフの譲ちゃん。先ほど届けられたが、特製の矢じりが100本。使わなかったり邪魔になれば捨ててかまわんからな。ファーギーちゃん、今回も頼りにしておるよ。お前さんの斧ならオーガの一匹や二匹、恐れる必要はない。

 そして、カルボーネの譲ちゃん、ヨニー君。君達の魔法に期待しとるからな、皆を守ってほしい。グリフ、最前線での判断はお前に任せるぞ」

 おのおのに言葉をかけていく。それは、会議の終わりと戦いの前の静けさの始まりを意味していた。



▼▼▼



 翌日正午過ぎ。ブルンネル邸、出撃前の最後の打ち合わせでいきなりのトラブルは起こってしまった。

 この日のために、グリゼルダに食事をとらせるなと指示していたにもかかわらず。

 医師と侍女達がグリゼルダに軽食を与えていた事がわかったのだ。これは本人の顔を見たティカが、一目見ただけで中の存在が回復してきていることを察知したことで発覚した。

決戦前にわかってよかったと胸をなでおろしつつ、それは同時に作戦を困難にさせる可能性を生み出していた。


 そして、さっそくケイン老は激怒した。

「守る気のない契約を、3日前にあんたはわしらと交わしたということかっ!!」

 そりゃもう演技などではなく本当に怒っていた。無理もなかった。

 態勢を整えてしっかりと準備をしてきたはずなのに、それを直前に台無しにされたのである。なによりこうした契約では絶対してはいけないことをやってしまったのだから。

「し、しかし。医者が。あの人は長年、姪を見てくれた人で………」

「だからなんじゃ!?そいつがお嬢さんを治したわけではないだろうが。治すのはわしらじゃ。

 そもそも我々がお嬢さんを弱らせておいてくれと言ったのは、今日のこの日に危険に巻き込まないようにするために言ったのですぞ。はっきりと言う。このままこちらがなにかをはじめれば、お譲さんは率先してそれを邪魔してくるでしょうよ。

 まさかあんたはその時は我らに何もするなとでも言うつもりかっ!?」

「し、しかし……です」

「もう、いい!やめじゃ。やめて帰るぞ。バカにされて、こんな。冗談ではない」

「そ、それだけはっ!」

「エドガー殿。わしらでは無理じゃ。そちらもあきらめてな。教会に助けを求めるのがお互い納得の結果になるであろうよ」

「それはできませんっ、できないのです。見捨てないでっ」

 ヨニーとケイン老は顔を見合わせ、しばし沈黙する。ケイン老はどうしようか孫達の話を聞こうと体を向けたが、自分を見つめる2人を見てそれをやめた。2人の目を見てわかった、決断は自分にまかされたのだと。


「エドガー殿、ならば今、この場でひとつ契約の変更をしてもらおう。それでもいいなら我々が引き受けた」

「わかりました、かまいません。なんでも言ってください。どれですか?」

 ケイン老はできるだけおっかない表情を作るとと、エドガーの顔を覗き込みながら言った。

「我等の作業を邪魔してきた場合。やむをえず、グリゼルダ嬢を殺害してもかまわない。書き直していただけますな?」

 豪商の一族の1人は、その無情の言葉に口をパクパクさせただけであった。すべて自業自得であった。



 いつものように、ファーギーはその見事な脚線美をみせびらかしつつ、物騒な2本の斧を腰から下げ。魔術師達はローブ姿の正装であった。

 だが、他は少々いつもとは様子が違った。

 ウ-テは地下世界の魔物に対抗するために用意された法儀礼処置をほどこした矢を100本、25本づつ4つの束に無理やりまとめ上げ。2層にわけて左右の肩から後ろに下げている。その姿はシーフというよりも、もはや弓兵のいでたちである。

 グリフも、めずらしく黒い革鎧を身につけていたが。獲物はいつものようにその腰にぶら下がる小剣が1本である。

 フィンはあの時の盾を再び手にし。新しく用意された鎧を身につけ、戦闘準備は完了していた。


「よし、降りるぞ」

ウ-テが見つけ出した木の封印を足で踏み壊してそう言うと、グリフから先に穴の中へと降りていく。

「なぁ、あいつ。穴に引っかかってふさがっちまうんじゃね?」

「ちょっと、聞こえるよっ」

 緊張をほぐそうというつもりなのか、笑わそうと余計なことを言うファーギーの脇をウ-テがつついてたしなめた。


 穴は10メートルも降りることはなく、そこからは横に伸びていた。

その道に沿って進んでいくと、岩肌と土の壁はいつの間にか黄土色のすべらかな建築物へと徐々にかわっていく。

「これが、ドワーフの地下世界?」

「ああ、そうだ。どうやら何かの拍子で穴がつながったんだろうな。しばらくすれば大きなところに出るだろう」

 後ろからついてくる弟の言葉に、兄が答える。

ひゅう、と音が前方から次第に聞こえてくる。


 ファーギーは冗談でグリフの横に広い身体が道をふさぐのでは(?)といったが、ドワーフ仕様ということか。道は意外に広く、グリフの身体でも不便なことはなかった。

そして、遂に大きな場所へと出られた。

 軽い段差を飛び降りた先は、きちんと舗装され。というか、無機質極まりない想像とはまるで真逆の空間が広がっていた。

「なんだよ、これ」

 フィン、ウ-テは声もなく周りを見回す中、ファーギーだけはなんとかしばりだすように声をだす。

 その一方で、グリフはいまだ通路まで下りてこようとしないヨニーを相手にしていた。

「おい、なにをやっている。早くこっちに来い」

「わ、わかってるよ。本当だ。グ、グリフ、さん。だけどさ、地上のことも心配じゃない?」

「声が上ずってるぞ。大丈夫だ、じいちゃんがいる。お前はこっちで戦闘だ。得意だろ?魔法でバンバン破壊するだけ。ギルドからそれしか出来ない奴と太鼓判を貰っているお前にぴったりじゃないか」

「し、失礼だなっ。こ、交渉事だって……」

「そうだな、ほら手を出せよ。さっさとこっちに来い」

 ぐずっていたヨニーもついにグリフに腕を掴まれてそこに降り立つと、首をすくめたままキョロキョロと周りを見回した。


「なぁ、見たところ。右と左に道があるけどよ。どっちだ?」

 待ってろ。そうファーギーにいうと、グリフはすぅと息を吸って大声を上げた。


おおおおおおおおおおおおおお


 その凄まじい怒号は壁に当たって跳ね返ると、通路の奥へと運ばれていく。

 そして一瞬の間をおいてから、左の方向からなにやら生暖かい風が運ばれてくるのを皆が感じた。

「どうやらこっちに気がついたようだ。いくぞ」

 グリフはにやりと笑ってそう言うと、再び列の先頭に立って歩き出した。




 ブルンネル邸では、魔法使いのティカがグリゼルダの前にいた。

 先ほどから寝台の上に座ってボウとしている彼女を、離れた所から椅子に座ってじっと観察し続けている。

計画通り、今はこの屋敷の中には自分達2人しかいないはずである。先ほどグリフ達が地下へと出発したことは知らされていた。

 今日のグリゼルダ嬢は、赤と黒の寝間着を着ており。最初にフィンが見たときのように、ベットの中で体を起して宙に目線を泳がせている。その体はフィン達を襲った時とは大きくは変わっているようには見えなかったが、ティカの目にうつる彼女の中の存在はそれとは違い、遠くの騒ぎが気になってうごめいている。そんな妖しい動きを見せていた。

(やめるべきだったかもしれない)

 今さらの話ではあるが、老人の決断を自分が止めなかったのは失敗ではなかったか。こうして少女を前にしてみると、ティカの中でそう思う気持ちがわずかに出てきた。

 このグリゼルダは、まだ身体を乗っ取られてはいないものの。その様子はすでに尋常のものではない。

 しかし、自分は新参者である。どこまで彼等が自分の言葉を信用してくれるというのか。

 そんなわずかな悩みに惑っていた彼女はふと気がついた。さきほどからグリゼルダが庭の方に視線を向けると彫像のように動かなくなっていたことに。

(来たっ)

 座っていた椅子から立ち上がるのと同じく、グリゼルダはベッドのヘリにゆっくりと手をかける。

この後、彼女はきっとあの暖炉に向かって歩きはじめるはずである。そしてあそこにある”なにか”を動かし地下へと降りて行くのだ。その先に決戦の地がある。




「なぁ、こりゃどういうことだよ?」

ファーギーの疑問にグリフが無感情に答える。

「どうもこうもない。壊れてる、ただそれだけだ」

 そうなのだ。

 通路をふさいでいた扉のしかけが壊れているらしく、わずかな隙間だけを残してそれ以上門はちっとも開こうとしなかったのだ。

 そのわずかな隙間を通ってみようかとウ-テが申し出たが、グリフはそれをすぐさま却下した。戦闘が得意ではない彼女が向こうで襲われても、自分達が助けることができないからだ。

「ここで終わりってことか?」

「うるさいな、少しはその口をだまらせてろよ」

 口うるさく聞くファーギーを黙らせるとグリフはしばし考え込んだ。

(おかしいね。壊れてるからおかしいんじゃない。俺達をここによび寄せているのに、肝心の道がふさがれているってのはどういうことだ?)

 間違いなく奴に誘われて自分達はここまでやってきた。それなのに、ここから先はわざわざ戻って捜しあてなくてはいけないだと?迷宮のようなこの地下世界、たしかに調べればそのうち相手の場所を見つけることも出来るだろう。だが、こんな無駄な事をしてこっちがふらふらしていたら、奴にとって獲物である自分達が他の、例えばダークストーカーに横取りされるかもしれない。そんなことを許すか?


 ファーギーは罵られた怒りを壁に向かってぶつけをはじめ、それをウ-テがなだめている。

ヨニーはというと奥に進まなくていいとわかって安心したのだろうか。幾分よくなった顔色だが、まだ落ち着かなくキョロキョロ周りを見回していた。。

 そんな仲間達を見て、ふと横を見るとフィンが動かないレバーを見て興味しんしんと言った様子でいる。

「どうした?」

「これ、ドワーフの建造物なんだね。こういう仕掛けも始めて見たよ」

 そう言うと、おもむろにレバーに手を伸ばすと途中で動かなくなったそれをまた戻したり押したりを繰り返す。そのたびに扉は小さく動いて見せる。

「うへへ、面白い」

「知ってるか?ドワーフ達は魔法が使えない。だから、彼等は鉱物に魔力を込める技術を作りだした。一つの時代を築いたその技は様々なものを生んだ。この扉の仕掛けもそのひとつだが、彼等にしたら単純なものだったろうな」

「おじいちゃんの”戦利品”のなかにもドワーフのものってあるのかな?」

「あるぞ、知らないのか?強烈な奴がある。一番値の張るやつがそれだと言っていたな」

「へぇ、そうなんだ。僕はまだ見たことがないんだよ」

 そう言いながら、楽しそうな顔をしている弟の顔を見て。突然グリフは言いだした。

「………そうだ、フィン。これが終わったら、じいちゃんにいってそいつをねだってみろ。俺も口添えしてやるからさ」

「なに?突然」

 いきなりの話の展開にフィンは驚いた。

「ドワーフの作るものってのはな。そいつが使えるか使えないか、はっきり出ると言われてる。考えてみたら、お前もそろそろ試して見ても頃だろう。そう思ったのさ」

「なんで僕が?僕よりもグリフが試せばいいじゃないか」

 すると、なぜか兄は顔をゆがませると短く答えた。

「試したさ、俺では無理だった」




ごうっ!


 それは突然、扉の隙間から熱い風が一瞬強く噴き出した。

同時にグリフは来た道に顔を向けると「そう言うことか」と呟いてからウ-テを呼び寄せる。耳打ちされたエルフのシーフはなにも言わずに駆けだすと今来た道を戻っていった。

「なんだ?どうかしたのかよ?」

 ファーギーがめげずに聞いてくると

「よし、皆聞いてくれ。どうやら向こうの手に引っ掛かったようだ。作戦を少し変更するぞ」

 と突然言い出した。それを聞いて慌てたように

「そ、そんな馬鹿な!?中止だ、続行不可だ!すぐに撤退、帰ろ、ぐほっ」

 騒ぎだそうとしたヨニーの腹をファーギーは無情にも蹴飛ばして黙らせる。

「どういうこと?」

 フィンだけではなく、誰もが説明を求めていた。

「いいか?もうすぐここにあのグリゼルダ嬢がやってくる、ティカとウ-テと一緒にな」

「迎えに行かせたってことか?」

「そうだ。するとどうなるか?この扉が突然元気良く開くことになる」

「?」

「わからないか、フィン、ファーギー。そのレバーは壊れているんじゃない。中で入ってこられないようになにかが押さえて邪魔していたんだ」

 そう言われて、2人はなんとなくグリフが言いたい事がわかった気がした。

「なるほど、それじゃあたしらはどうするんだ?」

「いい質問だ。だが、俺達の目的は変わらない。つまり、むこうの手にさらに乗ることで時間も危険もちょっぴり増えることになる。運とそれをひきよせるアレンジが必要になるな」

「なんだよ、またあの時と一緒じゃねーか」

 意外にも、ファーギーもフィンも冷静そのものであった。

「クサるなよ、アバズレ。お嬢様達がここに到着したら、フィンの時のようにレスリングを御所望するはずだ。だからフィン、よく聞け」

 呼ばれて、その顔を見る弟にグリフは兄の顔でいいつけた。

「門が空いたら、すぐにファーギーとウ-テ。ヨニーを連れて奥に進め。お嬢さまとのダンス、今回は俺にゆずるんだ」



 フィンは顔をゆがめて不満の意志を示すが、グリフはそれを許さなかった。

「お前が最前線で指揮をとって戦え。俺はティカと残るからなんとかなる。お前の時よりもむしろ楽なぐらいさ。だが、お前等はダークストーカーと死霊とぶつかることになる。激戦になるぞ、気を抜くな。死ぬからな」

「でも……」

「やるんだ。いいか?邪魔は入るが、オーガだけはきっちりしとめてこい。

 数で押されたら、ここまで走って逃げてこいよ。死霊さえ倒せばこの扉も使えるようになるだろうし、ティカもいるから押し止めるくらいならできる。いいな、役割(ロール)をはたせ」

 自分の方が後ろで楽をする、とでもいうようにこの兄はいっているが。実際はそうでないことをフィンは肌で知っていた。

 兄はあの状態の彼女を見たことがない。ティカという魔法使いがいるからと言っても、自分達が死霊を倒すまで兄は彼女を相手にするつもりなのだ。

 あれを相手にそんな余裕がこの兄にはあるというのだろうか?



 だが、とにもかくにも兄はもう決めてしまった。そうなると時間との戦いになる。

「盾、いるかい?剣はあるよね。苦労して戻ってきたら、無様に八つ裂きにされてましたとかごめんだからね」

「わかってるさ、無理はしない。言ったろ、ダンスだって。お前は自分のことに集中しろ」

 そう言うとその横に立つ者の名前を呼んだ。

「ファーギー」

「なんだよ?」

「今度はしっかりフィンの隣にそのかわいい尻をおいておけよな」

「あぁンだとぉ?」

「フィンはああいう時、本気で心中する癖がある。気をつけろ、仲良くダークストーカーの餌にはなるんじゃないぞ」

「へっ、あんたもお嬢様とダンスで足をもつれさせるなよな」



 遠目にはっきりと影を見た時は、ふらふらと駆けてくる少女の姿に冷静でいられたフィンであったが。こちらに近づくにつれ、その姿勢が前におちていき4本足の獣のごとく変わったのを見ると、背中に冷たい汗のようなものが流れるのを感じた。

 その恐ろしい姿がはっきりと確認出来る頃には、後ろから走ってくるウ-テもティカも顔をゆがめて追ってきているのがわかる。

 グリゼルダの顔には以前よりもさらに恐怖させるものがあった。歯をむき出し、よだれが垂れるのをものともせず、目は血走り、その細い体の筋肉から信じられない禍々しい気配をふりまいてきている。

 それなのに、グリフは自然体のままゆっくりと歩を進めるとまたもや皆の前に出ていく。それはまるであの少女が来るのを待ちきれないとでも言っているかのように、いつものように不敵な表情で待ち構えていた。

 自分は声をかけるべきか、だが何を言えばいい?

 もうあとわずかであの2人が激突することを思うと、自分にできることが他にないものかと考えてしまう。そして、フィンのそんな悩みなど一発で吹き飛んでしまうことになる。


 立ち止まることなく走ってきたグリゼルダはいきなりグリフめがけて飛びかかった。

 その尋常ならざる力を込めた飛び込みを、さらに常識を越える身軽さを見せてグリフは平然とかわした。いや、それどころかなんと彼女の長い髪を掴んでみせるとそれを振りまわすようにして放り出したのである。

 再び、2人は正面の位置へともどるが。さすがに今のグリフの曲芸のごとき技でグリゼルダも警戒してか、すぐにまた飛び込もうというそぶりは見せなかった。 

 その間にグリフが指示を叫ぶ

「ティカ!そこにいろ。ウ-テはこちらへ」

 そしてちら、と一度だけ後ろに視線を送ると

「フィン、レバーだ。今なら扉が開くぞ」

 その言葉を受けてフィンはレバーに飛びつく。すると言われた通り、今度はすっと動くと勢いよく扉は開いた。

 その間に、グリゼルダを挟んだ向こう側でティカがウ-テに何事かを囁くとひとつ頷いて、背中の矢筒から一本だけ矢を引き抜いた。

「お、おい。フィン、あのお嬢さま。まずいんじゃ……」

 実物を前にしてファーギーが驚きと恐怖の混じった感想を思わず口走るが、フィンはそれを一切頭に入ってこないよう耳から叩きだすと

「集中しろっ!ウ-テが来たら奥へいくぞ。目標はぶち殺せる幽霊だ。そいつをやったらお宝があってもすぐに逃げろよっ。時間が立つごとに、僕達がここで死ぬ可能性は高くなる!」

 その言葉を聞いてファーギーは一瞬だけ押し黙ると、にやりと笑って言った。

「フィン。お宝は高そうなものだけ拾っても別にいいだろ?」

 それをフンと鼻で笑うとフィンは肩にかけていた兜がわりの面頬を頭につけ、盾を握りなおす。

「よしっ、ウ-テ。こっちだ。フィンに従え!」

 後ろでグリフの声が上がるのと矢が風を切る音、そして獣のうなり声が同時に聞こえたがフィンは振り返ることなく開いた扉の中へと駆けこんでいった。

 そこにファーギーが続くと、グリゼルダの横を駆け抜けてきたウ-テがヨニーの頭を小突きながら一緒に飛び込んでいく。



 ティカは驚きでそれを見ていた。

 ウ-テが矢を放ち走り出した瞬間だった。獣となったグリゼルダが再びグリフに飛びかかると、彼はそれを先ほどのように少女の腕で再び振りまわすと放り投げた。

 だが、今度は前と同じようにはいかなかった。

 着地したグリゼルダはさかんに左の爪を口に持っていくと、喜びの声をもらしながら音を立ててしゃぶり、舐め上げ始めた。

「主殿!?}

 それがなにをしているのか、すぐに理解するとティカは思わず声を上げていた。

いつの間にそこに手を伸ばしたのか、グリフの頬に一本の線を引くようにごっそりと肉が削られている。

 それに気がついてグリフが傷口を手でなぞると、ゆっくりとそがれた肉から血があふれてくるのを感じた。なんという力であろうか、それでも不敵な笑みを浮かべると

「やれやれ、高い高いはもう十分だって?女って言うのは、すぐに飽きたとか嫌だとか言い出すから頭にくる」

 そんな軽口をたたきながら、腰に下がった小剣を”さや”がついたまま引き抜いた。

 やはり、この男の力をもってしても素手ではどうにもならないということか。

(フィン。急いでくれよ。面倒くさくなって、俺が彼女を殺す前に終わらせてくれ)

 心の中でそこにはもういない弟にグリフがそっと声をかけていると、グリゼルダは再び猛然と突進してきた。

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