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第8話 忘れ物

 放課後の軽音部室。

 俺は今日もひたすらドラムのリズム練をやっている。


あの夜(・・・)から三日。

 今朝、壇ノ浦は何事もなかったかのように登校してきた。

 ユーヤさんの「父兄参観」と訃報については噂話が全校に広まっていたから、何人かの女子が気遣わしげに声をかけていた。

 壇ノ浦は、無愛想に、しかしきちんと一人一人に応じていた。

 ぶっきらぼうな態度は相変わらずだが、近づく奴は全て斬る、と言わんがばかりの闇雲な殺気は薄れた気がする。

 ただ――。

 俺と目を合わさない。

 不自然に、ぎこちなく、あからさまに。

 あらゆる局面で視線をそらせる。

 あのサムライが泣き顔を見られたのだ。照れくさいのはわかるけど。

 そこまでしなくても、さ……。


 俺にも内心忸怩たるものはある。

 大好きな父親を亡くし、途方に暮れていた少女に、心からの慰めも、気の利いた台詞のひとつも、かけてやることができなかった。

 まったくもって、


(未熟……!)


 という他はない。

 とはいえ。実際問題、ああいう場合なんと声をかければよかったのだろう。

 元気出せよ。

 気を落とすな。

 思いつくのはそういう毒にも薬にもならないありきたりな言葉だけで。

 どうにも薄っぺらい。

 俺って、やれば出来る子だと思ってたのに。


「駄目じゃん。全然ダメじゃんっ!」


「なにがダメだって?」


 いきなり、上田先生に声をかけられた。


「えっ……俺、今……」


「おもいっきり声に出してたぞ。

 モノローグっていうレベルじゃなく」


「んほーっ」


 変な声出た。

 恥ずかしいにもほどがある。


「……ええっと、まあ、スティックコントロールが全然ダメだっていうことで……」


 武士の情けか、上田先生は話題を変えてくれた。


「ここんとこずっと、ギターでなくドラムの練習をやってるな」


「ユーヤさんが……褒めてくれましたから。悪くない、って」


「先生も悪くないと思うぞ。おまえと壇ノ浦のリズム隊。

 いきなりにしては息が合ってた。

 だけどな……」


「だけど……なんですか?」


「壇ノ浦に、部へ顔出すよう、再三、声をかけてるんだが。

 黙って俯いたまま、目を合わせようともしない。

 ……やっぱり辛いのかもな。今は、音楽に触れるのが」


「……あいつ……辞める気……なんですかね」


「はっきりとは言わんが……あるいは」


 ――あんなの、もうどうでもいい――


 あの夜の、壇ノ浦のつぶやきが頭にひびく。

 たぶん、壇ノ浦にとって、音楽は父親との絆そのものだ。

 だから、ユーヤさんがいなくなった今、もう音楽なんてやる意味はない。

 悲しいことなんて思い出したくない。

 そういうことなのだろうか。


 わからなくもないが……。

 なんだか、腑に落ちない気がした。

 もやもやしたものが横隔膜のあたりにわだかまってゆく。


「もうやってらんねえし!

 なんで2年のお前にそこまで言われなきゃいけないかわかんねえし!」

 解散だ解散!」

 

 防音室の扉を荒々しく開け、3年の沼田さんが飛び出して来た。


「ちょっと、先輩、落ち着いて……本能寺さんも……」


 後から沙耶がとりなすが、


「ご勝手に。どうぞご勝手に。

 ボクもいいかげん疲れたよ。キミのようなドヘタクソに付き合うのは」


 トラブルメーカーの本能寺さんは一切の妥協を拒むようにきっぱり言い切った。


「なんだと本能寺ぃ……! もう一回言ってみろ!」


「あー何度でも言ってやるこのピッチ狂いまくりのクソピッチ野郎!

 しかもそのうえ同じミス何度もくりかえして。

 ふつう絶望して死んじゃうレベルだぞ。

 自覚がないというなら一度病院で精密検査してもらえ。きっと脳に重大な問題が――」


「お前の性格こそ大問題なんじゃこの人格破綻者が~っ!」


「触るな! ヘタクソがうつったらどうしてくれるんだ!」


 物理的な乱闘になりそうだったので、放任主義の上田先生もさすがに割って入らざるを得なかった。


「またお前らか。もういっそ、本当に解散してそれぞれに別バンド組んだほうがいいと思うぞ」


 先生がそう言うと、沼田さんは即座に同意した。


「そのつもりっす。俺、ソロでやりますから」


「あ、ちょっと、待っ……」


 沙耶が引き留める間もなく、沼田さんは荷物をまとめて出て行った。


「ああ、もう……。歌のピッチはゆるいけどベースはそこそこの人だったのに……」


 恨みがましい目で沙耶は本能寺さんを睨んだ。

 バンド内の人間関係についてわりと投げやりな態度だったと思うのだが。実はそれなりに愛着があったらしい。


「あの程度のベース。部内にいくらでもいる」


 沙耶から目を逸らし、本能寺さんは腕を組んでそうのたまった。

 いくらでもいるけどあんたと組むのは死んでも嫌だろ。

 とその場にいた全員が思ったが口には出さない。


「でも、みんなほかのバンドに入ってるし……」


「カケモチでいいじゃないか。

 いや……待てよ、それより、ブラウヘルツのユーヤの娘……。

 あの剣道少女もベースだったな。そうだベースはあいつにやらせよう。それがいい!」


 逃げて! 壇ノ浦、逃げてーっ!


「悪くない考えだとは思うけど……壇ノ浦さんは……今……」


「……あ……そうか……」


 沙耶のつぶやきに応じたきり、本能寺ナギはバツが悪そうに黙りこんだ。

 人格破綻者といわれるような女だが、それなりに人のきもちを思いやるということはできるらしい。


「部活においでよって、声かけてみたんだけど……。

 壇ノ浦さん、あたしと目も合わせてくれないんだよね」


 おまえもか……。

 俺たちはなんとなく押し黙ったまま、部室の隅へ目をやった。

 そこには、あの日のセッション以来置き去りにされた壇ノ浦の愛刀(・・)が立てかけてあり、異常な存在感をはなっている。


 ソフトケースに押し込まれ、窮屈そうに佇むその巨大ベースを眺めているうち――。

 ふと、ユーヤさんの言葉を思い出した。


 大事なのはさ、何ができるかじゃねえ。

 何をやりてえか、だ。


 胸の内でわだかまっていたもやもやしたものが、不意に渦を巻く。


「忘れ物、届けてきます」


 俺はその地獄みたいに重いベースを担ぎ、先生に言った。




 バスを下り、一面広がる麦畑を突っ切って、壇ノ浦邸表門へ。

 門柱の表札には、


 壇ノ浦 刀八郎

     ツル

     峰子

     しのぎ

 

 と四人の名前。

 その隣に、


【風摩示現流(かざまじげんりゅう) 肝練館(かんれんかん)】


 の立て看板。

「たのもう」と庭へ入ると、壇ノ浦のお母さんがクルマに荷物を積み込んでいる最中だった。

 おそらく峰子さんというのだろう。ユーヤさんのことを調べたときネットで見た気もする。


「あら、キミ、しのぎのクラスメイトの」


「小牧です。壇ノ浦さんが部室に忘れていったベースを届けに来ました」


「まあ、わざわざありがとう。しのぎなら道場にいると思うわ。

 私、演奏会の準備で忙しいからおかまいできないけど。ゆっくりしていってね」


 と言って、峰子さんはタイコだかツボだか仏像だかわからないなにかのカタマリをクルマに押しみはじめた。

 売れっ子のプロパーカッショニストだというから、あれも打楽器の一種なのだろうきっと。


 道場のほうへ向かうと、開け放たれた掃き出し窓から、道衣姿の壇ノ浦が見えた。

 独り、木刀を手に型稽古をやっている。

 無駄のない、しかし荒々しくも殺伐としたキレのある動き。

 俺はベースを担いだまま立ちつくし、しばらく壇ノ浦の動きに見とれていた。


「何の用だ」


 動きを止め、神前に一礼してから、壇ノ浦がこっちを見ずに言う。

 俺は靴を脱ぎ、中学校の授業で習った動作で一礼して道場に上がった。

 ソフトケースから巨ベースを抜き出し、奴に掲げて見せる。


「そんなもの……もう、どうでもいいと言ったはずだが。

 なにはともあれ、御苦労。そこらに置いて帰ってくれ」


「………」


「なんだ。もう用はすんだろう。

 もうすぐ少年部の稽古がはじまる。邪魔だからさっさと――」


「……そんなもの、と言ったか」


 自分でも驚くほど剣呑な声が出た。

 思わず、といったふうに壇ノ浦がこちらを向く。

 ようやく目が合った。

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