第6話 対話
父兄参観ベイビー。
その言葉は呪文のごとく俺たちの精神を混乱させ、身体の自由をも奪った。
一同ぽかーん、である。
「あの……ユーヤさん……。
いや……長篠さん……というか、壇ノ浦のお父さん……。
それは……いったいどういう……」
年の功というべきか、最初に麻痺から解けた上田先生が説明を求める。
「OK。説明しようか。
つまりさ、ふつー、父兄参観って、子供が授業うけてるとこ、見るわけじゃん。
それのロック版? 俺、ミュージシャンだし。
あ、知ってる?『ブラウヘルツ』ってバンド。昔そこそこ売れてたんだけど」
「私の世代でブラウヘルツを知らない者はいませんよ。バンドマンなら特に。
かく言う私自身も長年のファンで、SNSもしょっちゅう拝見させていただいております……」
上田先生が少し傷ついたような顔をしている。
さっき名前を当てただろうに。
さらに、後から聞いたところによると、ここのOBであるユーヤさんは、何度か「講習会」にも来てくれており、上田とも初対面ではなかった……そうだ。
「あ、そう。でさ、別れたカミさんから、最近、しのぎが急に楽器はじめたって聞いて」
そんな上田の心情など無視してユーヤさんが続ける。
「俺、今まで娘の学校行事なんかイッコも参加したことなかったけどさ。
音楽だったら得意分野じゃん。
今更っちゃ今更だけど、一発、パパっぽいことブッかましてやっか、みたいな」
「……つまり……部活見学、ということでしょうか……。
しかし、当校にそういう行事は……」
「カタイこと言うなって! せっかく病院抜けてきたんだからサ」
明るく、不穏なことを言っている。
そんな父親に、壇ノ浦は怒ったような困ったような顔を向けた。
「抜けてきたって……ダメじゃないか……! 入院中なのに……」
「病院に居たってギター弾けるわけでもねえし。すっげえ退屈なんだよナ」
「だからって……寝てなくちゃ……病気が……」
「わかったわかった。お前がベース弾いてるとこ見たらすぐ帰るって。
向こう、スタジオだろ? ちょうど空いてるじゃん。アンプつないで音出せよ。
なあ、ちょっと使わせてもらっていいかな、センセー」
傍若無人なロックスターの言いように、上田先生は難しい表情で応じた。
しかし、それも一瞬だけのこと。
隠しようもない歓喜に、教師としての仮面がポロリとはずれる。
「30分だけ……。プロミュージシャンの模範演奏……ということでしたら」
「フフン。OK、OK。ついでにドラマーも借りていいかい」
先生は部室を見回し、残った部員のなかにドラマーがいないことを確認すると、俺のほうへ視線を向けた。
「小牧。お前、ドラムもやれたよな」
ごくりとつばを飲みこみ、俺は応えた。
「ええ。中途半端に」
そんなわけで、いきなり壇ノ浦親子と俺とでセッションをやることになった。
壇ノ浦は恥ずかしそうにうつむいてはいるが、拒否るでもなくゴネるでもなく、
「30分だけだ。済んだらすぐタクシーで病院まで送っていく」
静かに宣言してチューニングを始めた。
ベースを撲殺専用鈍器としか思ってないようなやつがチューニングなどという純音楽的行為を知っていた、その一点にも驚いたが――。
何より、この頑固で意固地なサムライが、いきなり現れて授業参観だとのたまうイカレた父親の言うことに従う、というのが実に意外だ。
「で、何やる。俺の曲、何か知ってる?」
「……『デザイアローズ』とか……『カンパチOK』とか」
「へ~。知ってんだ」
「なんだよ!? ニヤニヤすんな!」
「そっちのショーネン、えーっと」
「小牧タケシです」
「OKタケシ。『デザイアローズ』、知ってる?」
「もちろん。でも、ドラムでやったことは……」
「テキトーに8ビート叩いてりゃいいから。イントロだけスローで。
Aメロからテンポアップな。
いくぜ。ワン……トゥー……スリー……フォー……」
演奏がはじまる。
俺は必死にたどたどしく。
ユーヤさんは楽しげに。それでいて激しく、奔放に。
壇ノ浦も頑張っていた。夜通し猛練習したらしい。
俺は正直おどろいている。ベースを買った翌日にこれだけ弾けるようになった人間を初めて見た。
ミスして悔しげに顔をしかめることも多いけど。
時折ユーヤさんと目が合って、恥ずかしげに微笑むさまがたいそう愛らしい。
「ヘイヘイヘイ! ずいぶんぬるいドラムだなぁ、ええ!?」
などと、ユーヤさんは演奏中、頻繁にからんできた。
ミスを恐れてひたすら基本リズムを刻んでいると、バスドラに足をかけ、こっちの顔を覗きこみながら煽るのだ。
こんちくしょう。と難しいフィルインに挑む。当然のように失敗する。
それでもユーヤさんは「OK! OK!」と上機嫌で笑ってくれた。
壇ノ浦にも容赦なくからむ。「ウォンチュ!」と肩をぶつけ、演奏のじゃまをした。
壇ノ浦は、怒り、困惑していたが――。
しまいに笑い出した。
笑いながら父親を見、俺を見る。
俺もヘタクソなドラムを叩きながら笑いかえした。
(なるほど……)
セッションも対話、なんだな。
俺はこの日はじめて壇ノ浦しのぎと「対話」をした。
「ギター、ぐっつぐつにハードでかっこよかったです!
きっとブラウヘルツの音源買います!
ていうかタケちゃんズルイ。ヘタクソのくせにプロとセッションなんて羨ましすぎる。
あ、そうだ、サインしてもらっていいですか?」
バンドメンバー、本能寺ナギからの通報を受けダッシュで戻ってきた沙耶がノートを差し出す。
「ブラウヘルツなんて昔のバンドでテクもたいしたことないと思ってたけど。
やっぱさすがプロだね! 乱暴なようでいてアドリブが多彩だったり。
なんていうか……イキオイが凄いよ! ボク、断然おじさんのファンになっちゃったな。
いっしょに写真撮ろうよ」
「本能寺さん、近い。あと口のききかたよ。
後も押すなっ! 並べっ! みんな一列に並べ!」
セッションのあと、ユーヤさんは、演奏に感動した部員たちに取り囲まれてしまい、しかたなく俺がマネージャーよろしく場を取り仕切るはめになった。
ユーヤさんは机の上に座り、機嫌良くサインや握手に応じている。
「5分だけだ」
と、壇ノ浦は仏頂面でユーヤさんの隣に立ち、スマホを覗いている。タクシーを手配しているらしい。
皆との記念撮影に応じた後、
「やっぱさ、ロックって最高だよな」
誰にともなく、ユーヤさんはぽつりと言った。
傍にいた俺と壇ノ浦が言葉の先を待つようにその顔を覗きこむ。
しかし、ユーヤさんは急に話題を変えた。
「しのぎはさ、リズムが正確だよナ。そこは自信持っていいぜ」
急に褒められ、娘は顔を真っ赤にして何かむにゃむにゃ言う。
「タケシもさ。お前のドラム、悪くないぜ。ヘタクソなりにイキオイあってさ」
「えっ……本当ですか。俺、ドラムに向いてますかね?
ベースやギターも一通りやってるけど、どれも中途半端で。
自分が何の楽器に向いてるか、ずっと悩んでるんですよ」
ここぞとばかりに悩みをぶちまける高校生バンドマンに対し、
「あっちゃ。ダッセぇw」
何がおかしいのか、ユーヤさんはゲラゲラ笑いだした
「向いてるとか向いてねえとか、ダッセぇなそういうの。
ちょうダッセぇ」
「……?」
向いてる向いてないで楽器を選ぶのはダサイ。
正直、よくわからない感覚だった。
壇ノ浦も頭の上に「?」を乗せている。
「大事なのはさ、何ができるかじゃねえ。
何をやりてえか、だ。
俺たちがやってるの、ロックだぜ」
続く言葉は、わからないなりに、なぜだか無性に心へ染みた。




