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第5話 父兄参観ベイビー

「なに言ってんだ1年のブンザ……」


 尻餅をついたまま喚く3年の脳天に、奪った竹刀で容赦ない面(めん)。


「こいつ!」


 多勢で打ちかかってきた上級生たちを右に左に躱しつつ、面、胴、面、面、面と――。 


「すごかったよ。壇ノ浦さん。上級生五人を瞬殺だもん。

 防具無しだから……面打たれた先輩とか気絶して泡ふいてたし。

 胴を抜かれた先輩はアバラ折れてた……」


 それはもう、すさまじいまでの剣豪っぷりだったらしい。


「俺の聞いた話だと、相手は十人で男子もいたってことになってたが……」


「それ、だいぶ盛ってる。

 ほとんどの先輩はそんな下らないイジメはやってなかったし。

 男子と女子じゃ練習場所ちがうもん」


「なるほど。噂に尾鰭がついたってやつか。

 でも、それにしたって大事件だよな。

 じゃあ、壇ノ浦は処分を受けてクビってことか」


「ううん。下級生にやられたなんて恥ずかしくて言えないから、先輩たちは泣き寝入り。

 監督も、薄々事情はわかってるけど、不祥事ってことになると責任問題になるし。

 何より壇ノ浦さんを手放したくないから、見て見ぬふり。

 ぜんぶ稽古中の事故ってことになっちゃった。

 でも、壇ノ浦さんのほうから退部するって……」




 壇ノ浦が剣道部に見切りをつけた理由については納得できた。

 ただし、急にベースをはじめた理由についてはやはりわからないままだ。


 放課後の軽音部室。

 机の上には古式ゆかしい振り子式のメトロノーム。


 キッ……コッ……コッ……コッ……


メトロノームに合わせ、ギターのカッティングでリズム練習をしている。

 が、どうにも身が入らない。

 ありていに言って壇ノ浦のことが気になってしかたなかった。

 もしかしてこれは……恋?

 ではないな、多分。


(エレキ示現流の使い手の美少女ベーシスト……)


 などという異物(・・)、誰でも気になるに決まってる。


「あら、タケちゃん、今日もギターのリズム練? 熱心ねぇ」


 と声をかけてきたのはスタジオから出てきた沙耶だ。

 後には例によってモメまくっているギターボーカルの本能寺さんとベースの沼田さん。


「ああ、まあな……。沙耶は、もうあがり? ずいぶん早いけど」


 大時計を見るとまだ5時半にもなってない。

 終了時刻まで30分も余っている。もったいない。


「二人とも、喧嘩するばっかで練習になんないから……」


 沙耶は乾いた笑みを浮かべ、


「つきあってらんない。帰る」


 荷物をまとめて行ってしまった。

 バンドを組むって、やっぱりなにかとたいへんだ。

 だからこそ、高校生の部活(・・)になり得るのだと上田先生は言っていた。

 実社会に出て必要になることの多くが、バンド活動には含まれている、と。

 だけどなぁ……。


 ブンッ……! ブンッ……! ブンッ……!


  沙耶の苦労を見ていると……。 


ブンッ……! ブンッ……! ブンッ……!


 うっさいな。

 開け放たれた窓の向こうから聞こえてくる「異音」の方へ目を向ける。


「六十八、六十九、七十っ! 七十一、七十二……」


 外――壁一枚を隔てたすぐ向こうで、壇ノ浦が熱心に素振り(・・・)をしている。

 手にしているのは、もちろん、昨日買ったばかりの愛刀、旧西ドイツ製の重エレキベース『ドラッヘンイェーガー』。

 外で汗だくになってベース素振りをしている壇ノ浦を、部員の皆はくすくす笑いつつ、しかし決して目を合わせないよう注意しながら眺めている。


「……あのさあ壇ノ浦。そういうのは、ネックが歪むからよしたほうがいいと思うぞ」


「七十八、問題、ないっ、八十一っ」


 控えめな常識論を、壇ノ浦は「問題ない」の一言で斬って捨てた。

 なんたる理不尽……。

 そこへ上田先生がやってきた。俺の横から外を覗く。


「なんとか言ってくださいよ先生」


「ワーロック『ヘルムベルデ』……。

 あまりにも重く、音質の悪さもあいまって、あっという間に製造中止になったが。

 ネックには鉄芯。接合部やボディ、至る所に鉄材が仕込んであり、“乱闘用”とまで言われるほどの堅牢さは一部で伝説に……」


「そういうことでなく」


「生徒の自主性と独創性を尊重するのがうちの校風だから……」


 などと、顧問までもが理不尽なことを言う。

 ベースで素振りとか独創的にもほどがあるだろ。


「それにしても……見事なものだ。さすが。血筋ってやつかもしれん」


 さらに、なんだかわからない褒め方をしだした。


「親も剣道の有名選手だった、ってことですか」


「いや……。

 壇ノ浦家は由緒正しい剣術道場で、お爺さんは日本剣道界の重鎮だが。

 ご両親はたぶん無縁だな。剣道とは」


「じゃあ、血筋がどうのっていうのは?」


「……それは、だな。なんというか……まあ、置いておいて、だ」


 生徒の個人情報について喋りすぎたと思ったのだろう。上田先生はやや強引に話題を変えた。


「壇ノ浦の見事なところ。なんだか、わかるか」


「あんな重いベースを軽々と振り回すのが凄いことだってのはわかりますよ」


「そういうことじゃなくてだな……」


 つぶやいて、上田先生は机の上のメトロノームを指した。

 テンポ130で振り子が左右に振れている。


「よく聴いてみろ。壇ノ浦の素振りの音」


「え……?」


 ブン! ブン! ブン! ブン!


 キッ……コッ……コッ……コッ……


「……こっ……これはっ……!!」


「テンポ130。ジャストのタイミングだ」


 なんと――。

 壇ノ浦の素振りは、メトロノームのテンポと完全に一致していた。

「ブン」という重い風切り音で、拍の頭のアクセントが「消える」ほどに。


「九十七、九十八、九十九、百っ!」


 百回を振り切り、壇ノ浦しのぎはさわやかな笑顔で一息ついた。


「ふう~。やっぱり、愛刀(・・)でやる素振りは格別だなっ!」


 などと、きらきら輝く目で俺を見る。

 同意を求められても困るのだが……。 


「血筋……。

 先生……壇ノ浦の両親って、どういう人たちなんですか?」


「生徒のプライバシーに関わることだ。俺の口からは言えんよ。

 お前が仲良くなって、あいつ自身の口から……」


 言いかけた上田の口が、開いたままふさがらない。

 その視線は、ガラッと開いた入り口に向けられている。


「おっ。やってるなぁ、ロックンロール!」


 コンニチハの呼吸でロックンロールと言いつつ入ってきたその人は――。

 真っ白な長髪に革ジャン。痩せて血色の悪い、しかしなんともワイルドで不敵なツラガマエ。

 白髪のせいで老人のようにも見える。けれど、たぶん40~50歳。

 どこかで見た顔だ。


「……ユーヤさん……?」


 上田が呆然とつぶやいたその名前は、俺もよく知るものだった。


「OK。アタリ。オレ、長篠遊矢。

 名字はちがうけど、そこの……」


「ちょっ! パパ!?」


 驚きの声を上げ、窓から上半身を突き出したのは壇ノ浦だ。


「壇ノ浦しのぎのパパです。ヨロシク」


 動画やジャケ写で知ってる若い頃の顔とずいぶん変わっていたからわからなかったけれど……。

 そのワイルドな目つきとシニカルな笑みには覚えがあった。

 80年代にブレイクした伝説のロックバンド『ブラウヘルツ』。

 俺の大好きなバンドの名物ギタリストやないかい!

 ていうか、壇ノ浦の……パパ……だと!?


「どういうこと? いったいなにしに来たのパパ」


「なにって、アレだよ。アレ」


 窓枠を乗り越え詰め寄った娘に、父は言った。


「父兄参観ベイベぇぇぇっっ!」

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