第4話 上級生十人殺し
荒廃した街で、壇ノ浦は群がるゾンビどもを次々と打ち倒してゆく。
その手には、巨大な戦斧じみた重ベース『ヘルムベルデ』。
「ちぃぃぃえすとうっ!」
独特の気合いとともに放たれる斬撃が、ゾンビどもの頭をカチ割り、胴を薙ぎ払い、肉も骨も微塵に砕く。
俺だ。壇ノ浦。小牧タケシだ。
よろよろと近づく俺を一瞥し、少女は痛みに耐えるような顔をした。
「……今、楽にしてやる……」
つぶやいて、示現流独特の「蜻蛉の構え」をとった壇ノ浦の姿が、一瞬のうちに眼前へ迫り――。
ぐっしゃっ……!
そんな素敵な夢を見た。
「お、おはよう壇ノ浦」
「おはよう」
教室で顔を合わせても、挨拶くらいで特に話すこともなく。
昨日の出来事それ自体が夢じゃないかと思えてくる。
しかし、教室に入ってきた壇ノ浦の肩には、竹刀入れでなく、ベースのソフトケース。
やはり、あれは夢じゃなかった……。
あの後――。
「峰打ちだ。起きろ」
壇ノ浦に頭を蹴飛ばされ、巨デブはすぐに息を吹き返した。
そして巨脱兎のごとく逃走。
「ひぎぃぃぃぃぃぃ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! I won't do it again!」
ベースの「峰」がどこにあるのかわからないけれど。ともかく元気そうで何よりだ。
いや、まて、このまま見逃していいのか?
「警察に通報とか……」
スマホを取りだしつぶやいた俺に、
「無用だ。色々面倒くさい」
さっぱりとした顔で言い、壇ノ浦はベースをケースにしまった。
まあ、ヘンタイの返り討ちとはいえ、ベースで人を殴ったとなれば事情聴取だの親や学校に連絡だの、面倒なことになりそうではある。
万事仕事の遅い根尾彩多摩警察が現場にやってくるまで待つのもだるい。
ということで、我々は何事も無かったかのように駅まで歩いて解散したのだった。
アレで……殴ったんだよなぁ……。ヘンタイの横っ面を。
昨日見た衝撃の光景を思い出しながら、壇ノ浦がロッカー脇に例の巨大ベースを立てかけるのを眺めやる。
あの寡黙なサムライが楽器を担いできたことに興味を抱いたのだろう。女子数名がおそるおそる壇ノ浦に話しかけた。
「これ、楽器だよね? ギター?」
「ベース」
「剣道部辞めて軽音に入ったって……ほんとうなんだ……?」
「ほんとう」
壇ノ浦はいつものごとく塩対応。
女子たちは顔を見合わせ、そっと離れてひそひそやっている。
気にするでもなく、壇ノ浦は自席につき、鞄から分厚い楽譜本をとりだして眺めはじめた。
首を伸ばして観察してみれば、どうやらブラウヘルツのスコア集のようだ。私物だろうか。
さすが文武両道を自慢するだけあってタブ譜の読み方も自力で覚えたらしい。
それにしても――。
ブラウヘルツとは良い趣味をしている。
俺も大好きだ。
何十年も前に流行ったバンドだから、若い世代のファンというのはごく少数派だろう。
「ねえねえ、小牧くん。壇ノ浦さん、なんで軽音部に入ったの? 何か聞いてる?」
当人があんなだから女子たちが俺に事情を聞きに来る。
「いや……よく知らんけど……」
「剣道部でいろいろあったのはわかってるのよ」
「問題は、どうして軽音部かってこと」
「同じ部活ならなんか聞いてるでしょ? ねえ。ねえ」
壇ノ浦しのぎというクラスの異物に対し、みんな興味津々なのだろう。女子たちの追求は厳しい。
(思うところあって)
と、壇ノ浦は、ベースを始めた動機については、俺にも詳しく語らなかった。
まあ知っていたとしてもペラペラ喋らんけども。
俺が終始曖昧な態度でへらへらしていると、女子たちはがっかりして散っていった。
壇ノ浦は一心不乱に楽譜集のページをめくっている。
よく見ると、その小さな指先は絆創膏でぐるぐる巻きだ。
剣道のタコとベースのタコとは、できる場所がちがうらしい。
まったく――。
俺の方が知りたいよ。
剣をベースに持ち替えた、その理由を。
昼休み。
「ねえ、壇ノ浦さん……。軽音部に入ったって、本当?」
またかと思いつつ視線を向けると、よそのクラスの女子と壇ノ浦がベランダで話しこんでいた。
「本気で剣道部を辞めちゃうつもりなの? そんなの……嫌だよ。もとはと言えば私が……」
「久国のせいじゃない。
最初から、気に食わなかった。
技量も人格も未熟な輩が、一つ二つ年が上だというだけで大きな顔してるの」
「だけど……」
「とにかく、気にしないで。スポーツ競技としての剣道に未練はないから」
すげなく言って、壇ノ浦はさっさと立ち去ってしまった。
久国と呼ばれた女子は、一瞬追いかけようとして、立ち止まった。
切なげな眼差しを伏せ、溜息をついて手すりにもたれかかる。
話の内容から察するに、剣道部員なのだろう。
しかも、壇ノ浦が剣道部を辞めた事件に関係がある様子。
話を聞いてみたいが――。
知らない女子に話しかけるのは一寸恥ずかしい。
しかし結局、壇ノ浦に対する興味が羞恥心を上回った。
「あの……もしかして、剣道部の人?」
「……そうだけど……?」
「あーっと。俺、軽音部の小牧。壇ノ浦のことで、ちょっと……」
「壇ノ浦さん、どうして軽音部なんかに入っちゃったの? 何か聞いてる?」
こちらが訪ねる前に質問されてしまった。軽音部なんかと申したか。
なにげに失礼な奴だな。まあいい。
「思うところあり……とかなんとか。歴然と、はぐらかされてる」
「そう……なんだ……。壇ノ浦さん、なに考えてるんだろう……」
わからないよな。俺も知りたい。
そこで、提案だ。
「なんで軽音部に入ったかについては、おいおい、俺のほうで探ってみるとして……」
「ほんと? わかったら私にも教えてよ」
「ああ。その代わりと言っちゃなんだけど。
俺にも教えてくれないか。壇ノ浦が剣道部を辞めた理由」
「それは……」
一瞬口ごもったが、久国は、
「誰にも言っちゃだめだよ」
そう前置きしてから話してくれた。
「自分で言うのもアレだけど。うちの剣道部って、昔から全国レベルの強豪で、名門なんだ。
あたしもそうだけど、剣道の推薦とか特待生も大勢いるし。
ガチ体育会っていうのかな……とにかく、上下関係厳しくて。
三年は神様で、一年はドレイ、みたいなとこあるんだ」
言われてみれば。ほかの運動部も上下関係厳しいが、剣道部は特に。
荷物持たされたりパシらされたり、頭を張られたり。部活以外でもそういう光景をよく見る。
「けど、個人競技って結局、強さが全てだったりもするから。
最初から微妙な立ち位置だったわけ。中学時代に全国優勝してる人だから。壇ノ浦さん」
なるほど。そういうものなのか。個人競技って。
中高一貫して文化系の俺にはわからん話だ。
まあ、市でベスト16止まりの3年生が全国優勝の1年生にアイス買って来いと命令するのは確かに、
(微妙……)
という気もする。
俺だって自分より下手な上級生に技術的なことあれこれ言われたらムッとするものな。
「壇ノ浦さんのほうは、ああいう……サツバツとした……中身は野武士みたいな人だから。
稽古でも全然遠慮なんてしない。2年だろうと3年だろうと散々に打ちのめして……。
けど、自分より強いからって怒るわけにもいかないから……」
一部の上級生グループが、1年生全員に対する指導、という名目で、壇ノ浦への陰湿な報復をはじめたらしい。
2、3年生あわせて六人の、
「剣道はそれほど強くないくせに超いばってる性格悪ぅ~い」
連中が、【反省会】と証し、稽古後、壇ノ浦を含めた一年全員を正座させて、気合いが小さいとか、礼儀がなってないとか、細かいことをあげつらったのだという。
最初は小突くくらいだった暴力もたちまちエスカレート。
「壇ノ浦さんは正座させられるだけだったんだけど。
あたしらは防具なしの頭を竹刀で叩かれたりしてて。
あの日も、私、3年からパンパン叩かれてた。
そしたら、隣に座ってた壇ノ浦さんが……」
いきなり竹刀を掴み、何をどうしたのか、どういうワザかしらないが、その3年生をヒョイと投げ飛ばしてしまったんだそうだ。
そして、何するんだと怒り喚くその3年に答えた。
「ご存じないようだから教えてさしあげよう。
防具無しで打たれる痛みというものを」




