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第3話 エレキ示現流

 陽が沈みかけている。

 薄暗く人気のないシャッター通りを、俺たちは駅に向かって歩いた。

 壇ノ浦はサービスでもらったソフトケースに入ったベースを担ぎ、俺は練習用ミニアンプを抱えて。

 

「いやー。いい買い物をした。ありがとう小牧。

 君の案内のおかげで、これぞと思える名刀に巡り会えた」


 足取り軽く先を行きながら壇ノ浦は言った。いつもの寡黙さからは想像も出来ないほど上機嫌な声で。

 ベースが巨大すぎて少女の姿はほとんど見えない。ベースに手足が生えてるみたいで可愛い。

 可愛いがしかし、ここはやはり音楽の先達として一言あるべきだろう。


「あのなあ、楽器っていうのは……」


「武士の魂」


「……音を奏でるためのものだ。

 いくら頑丈だからって、あんなふうに振り回すのはどうかと思うぜ」


 壇ノ浦は返事もしない。

 無視されて、俺は少々いらっときてしまった。

 上から目線であれこれ言うのはコンプライアンス的によろしくない、と解ってはいるが、


「だいたい、おまえ、本当に音楽やる気あるのか?

 試し弾きもせずにベース決めちまって……」


 つい、ぶちぶちと小言を言ってしまった。

 中途半端なりに音楽を愛し、自分は何をやるべきか日々真剣に悩んでいる俺にとって、壇ノ浦の態度は、


(面白半分にやっている……)


 ように思え、正直、ちょっと気にくわない。


「何があったかしらないけどさ。

 やる気もないのに軽音部なんかに入ったら、剣道部には戻りづらく――」


「本気だ」


 立ち止まり、壇ノ浦は低くつぶやいた。


「……えっ?」


 と聞き返した俺のほうへ振り返り、


「本気だと言っている。

 私は、本気で、楽器を弾けるようになりたいんだ」


 少女は真剣な眼差しでそう言った。


(無礼なことを申すとこの場で仏陀斬(ぶったぎ)るぞ)


 そんな眼だ。

 ちょっとちびりそうになる。

 ……どうやら本気(ガチ)らしい。

 とはいえ、疑問は残る。


「……なんで……なんだよ。

 全国優勝したような有名選手が、剣道やめて……楽器なんて……」


「まあ、噂に聞いてるとおり、剣道部でいろいろあったのさ」


 と、「上級生十人殺し」の噂がある女は自嘲気味に嗤う。


「それに……。

 祖父方が古流剣術の宗家で、そっち(・・・)に打ち込んできたから。

 スポーツとしての剣道というものには、常々疑念を抱いてた。加えて……」


「……?」


「……思うところ、あって」


 そこのところを聞きたいのだが。

 肝心な部分は語らないまま、


「楽器を……ベースを弾けるようになりたいと、心からそう願った」


 壇ノ浦はそう続けた。


「……ベースを選んだ理由……。

 さっきは、特にないって言ってたけど……」


 そこのところも大いに気になる。


「すまない。嘘だ。ベースを選んだのには必然的な理由がある」


「それは、いったい……」


「それは……」


 答えようとした壇ノ浦の唇が閉じ、鋭い視線が俺の背後へと向けられる。


「んっ?」


 と振り向くと、そこに――。


「はろー天使たん!」


 ピッチピチの革パンツに上半身裸、両手にスタンガンを持った金髪碧眼の巨デブが立っていた。


「お……おおぉ!?」


 たじろいで、一歩後ろへ下がる。

 そいつの身長は2メートル近く。筋肉ムキムキで、腕の太さなんか女子のウエストほどもあった。


「あっれ~? おっかしいなぁ。

 キミみたいなショーガクセーのロリっこ天使たんが、どうしてJKの制服なんて着てるでゴザル?」


 語尾はともかく流暢な日本語。

 内容的にはちょっとなに言ってるかわからない。

 ただ、ヤツの言う「ショーガクセーのロリっこ天使たん」が壇ノ浦を指していることだけは理解できる。


「ちょっとそのへん、くわしくセッシャに教えてほしいでゴザルなハァハァ」


 荒い息を吐きつつ、そいつはゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 やばい。

 治安がよろしくないことで有名な根尾彩多摩でも、これだけやばいヤツはそういない。

 ランキング上位ってかんじだ。

 SNSで話題沸騰中のあいつ(・・・)にちがいない。

 上田先生はもしものときのために俺を同行させたのだろうけど。

 平凡な高校生が、こんなサイバーパンクなバケモノ相手に何ができるわけもない。


「逃げろ壇ノ浦! 俺が食い止めるから、駅中の交番まで走るんだ! はやくっ!」


 それでもオトコギを振り絞り、俺は叫んだ。

 平凡な高校生とはいえ男子のはしくれ。

 タックルして足止めを……。

 止まるかな……。

 スタンガンを喰らうんだろうなぁ。

 顔面を蹴られるかもしれない。

 とガクブルしている俺の肩を、小さな手がポンと叩いた。


「小学生(・・・)と申したか」


 不快気に吐き捨て、壇ノ浦は一歩前に出た。

 小学生よばわりがよほど腹立たしいらしい。殺気で空気がぐにゃっている。


「言ったよ~。

 だって、こんなに小っちゃくて愛らしい天使たんが、醜くて汚いクソビッチJKのはずないでゴザルよ。

 でも……ほんとのことは、詳しく調べてみないとわかんないよねぇ。

 着てるものを脱がせてさぁ~ぶひひひひ……」


 目がイっている。

 こういう危険人物を野放しにしているから「根尾彩多摩警察は仕事をしない」と言われるのだ。

 とにかく、一刻も早く逃げるべき。

 だが、


「その言葉、宣戦布告と判断する」


 まったく怯むことなく少女は言い放ち、担いだベースを下ろした。

 手早くソフトケースを脱がし、中身――ドイツ製重ベース『ヘルムベルデ』を取り出す。

 例によってネックを両手で握り、中段に構えた。


「オー! チャンバラ!? イイネ! セッシャそういうのダイスキ!

 OK、OK、遊んであげるでゴザルよ~。

 ちなみにセッシャのリューハわ~……」


 バチバチバチバチ!


 巨デブの両手先でスタンガンの火花が散る。


「スタンガン二刀流~! 天使たんのリューハは何かなぁ~?」


「……エレキ……示現流……!」


 ニヤリと笑う壇ノ浦。

 手にしたベースを高々と頭上に突き上げた。

 剣道でいう上段の構えを少し横へずらした、野球のバッティングフォームにも似た独特の構え。

 そして、


「ちぃぃぃぃぃぃ……」


 独特の気合いを発しつつ、駆けだした。

 なんの迷いもなく真っ直ぐに。

 凄まじい速さで。

 スタンガンを両手に構えた変質者に向かって。


「ぃぃぃぃいいいえすとぉっっ!!」


「What!? so fast……!」


 上段からの横面。

 イナズマのような速さに驚愕しつつ、それでも巨デブは咄嗟にスタンガンでこれを受けようとした。

 しかし――。


 ぐっ……しゃ……!


 ベースとは名ばかりの鉄塊、その巨大な質量とおそるべき速度とが掛け合わされた横撃によって、すべてが打ち砕かれた。

 スタンガンも、手指の骨も。

 そしておそるべき衝撃が巨デブの横っ面へ叩きつけられる。


「ぶへぁっ!?」


 首がもげるんじゃないかというほどの、強烈なインパクト。

 巨デブはぐらりと地に崩れ落ちた。


「……う……ぐ……ぐ……」


 巨デブは失神しているらしく、俯せに倒れたまま動かない。

 そして、俺もまた動けずにいた。

 女子高生が、ベースで変質者をブン殴って失神KO……?

 なに……なんなのこの状況……!?

 そんな俺の混乱とは無関係に、


「つまり、これだ」


 壇ノ浦は、自分の愛刀(・・)をうっとり眺めながらつぶやいた。


「私がベースを選んだ理由。すなわち……」


「……すなわち?」


「圧倒的な殺傷力」


「……なっ……!!」


 なんなの……。

 なんなのこの女っ!?

 まさかこんなイカレた女と、その後長年にわたってバンドを組むことになろうとは……。

 そのときの俺は1ミリも想像してはいなかった。


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