第2話 鋼鉄のヘルムベルデ
ミシッ……
「痛っ!」
凄まじい握力の強さに俺は思わず声をあげた。
なぜだか壇ノ浦のほうが驚いたような顔になって手を離す。
「なんなんだよ、いきなり……」
恨み言を言うと、彼女は詫びるでもなく、俺が手に持っていた譜面を指さした。
「それ……。本物か」
「は? 本物って……ああ、サインのこと?」
どうやら、譜面の表紙に書かれたブラウヘルツのサインが気になるらしい。
「本物だろ。ギターのユーヤがここのOBだから。
昔はちょいちょい特別講習とかあったって……」
手渡すと、壇ノ浦は譜面を受け取り、なぜだか怒ったような顔でサインを眺め、中身を開いて、
「……ぜんぜんわからん……」
小さくつぶやいた。
その場でめっちゃタブ譜の読みかた教えた。
根尾駅と彩多摩駅とが交叉する、この街の中心。
再開発によって綺麗で新しめのビルや店舗が建ち並ぶ南側とちがい、昔の商店街だった北側は、ごちゃごちゃとしたカオスな活気に満ちている。
駅前には、小籠包、トッポギ、ビリヤニ、ケバブといった多国籍に美味いものの屋台がひしめき、様々な言語が飛び交う。
日本じゃないみたいと余所から来た人は言うけど、まあ、俺が子供のころからこの街はこんなかんじだ。
さらに進むと、シャッターの目立つゴーストタウンめいたアーケード街。
破れたままの屋根の下を、俺は壇ノ浦しのぎと二人で歩いている。
二人とも無言のまま。
「……壇ノ浦は……剣道部、だったんだよな。
それが、なんでまた急に音楽やろうって気になったんだ?」
先に話しかけたのは俺だった。
こいつが極端に無口で無愛想なのは知っている。クラスで誰かと談笑しているところなど見たことがない。
「なんとなく」
「ベース希望、なんだよな」
「そう」
「ベースを選んだ理由とか……」
「フィーリング」
「……そうか」
「そう」
終始ぞんざいな受け答え。
壇ノ浦は、こちらを無視するようなことはなかったが、話を広げる気もなさそうだった。
性格上、この種の沈黙が、俺はあまり得意ではない。
それに、剣道一筋のスポーツ馬鹿かと思っていたらいきなり軽音部に転部してきた、壇ノ浦しのぎという人間に対する興味もある。
「……音楽、どういうの聞くんだ?」
めげずに話しかけると、少女は一瞬こちらを見た。
大好きなバンドがあるのだろうか。なにか言いかけて、
「……古いタイプのロックンロール」
結局、ぶっきらぼうにそう答えた。
「ビートルズとかツェッペリンとか?」
「だいたい合ってる」
意外にも。
壇ノ浦の趣味は俺のそれと合致していた。
以前はなんでも聞くほうだったが、楽器をやるようになると、
(自分でもやれそうなジャンルで、なおかつかっこいい……)
バンドに傾倒していったのだ。
「俺もそういうの好きなんだ。
シンプルでコテコテのロックンロール。ブラウヘルツとか」
にわかに勢いづいた俺の顔をじっと見つめ、
「小牧」
少女はつぶやいた。
「へっ?」
「ここじゃないのか。猫目楽器」
いつの間にか店の前まで来ていた。
猫目楽器は、このあたりで唯一のスタジオ付き楽器店だ。
入店すると、店員さんが応対してくれた。
「なにかお探しですか?」
「小柄な女の子向けのベースを……」
「あ、お連れ様の……。これなんてどうでしょう」
店員はネックの短いSGベースをすすめてくれた。
「こちら、ミディアムスケールとなっておりまして。女性でも扱いやすいかと」
「ふうん……」
手渡されたベースを掲げ、壇ノ浦はしげしげと眺めた。
そしてやおら両手でネックを握り、中段に構える。
まるでブロードソードかバトルアックスを扱うかのように。
「……ってそれベースの持ち方とちがうし!
向き、逆だから。ベースは撲殺用の鈍器じゃないから」
迷った末に「ボケた」のだと判断し、礼儀正しくツッコミを入れる。
「わかってる。ベースは武士の魂」
つぶやいた壇ノ浦はまったくの真顔。
まさか……正気?
「ちょっと短いのが気に入らない」
少女はぶつぶつ言いつつ店員にベースを返した。
「で……でしたら、こちらの……。
ディンキーシェイプのものはいかがでしょう。
ネックは通常のロングスケールですが、ボディーが小型でたいへん扱いやすく……」
壇ノ浦はすすめられたベースのネックを両手で握り、今度はブンと上から下へ振った。
「……軽い」
素振り!? ベースで素振り!?
いかん。ネックが歪む。なにより人として正しくない。
上田先生から頼まれたことだし、ここは音楽のパイセンとして注意をするべきか。
悩む俺を無視して、
「もっとでかくて重いのがいい。たとえば……あれ」
壇ノ浦は、「ベースの林」の奥にそそり立つ、いわくありげな巨大ベースを指さした。
「あれは……中古品でして……。
ドイツのワーロックというメーカーが、頑丈さだけを追求して造った『ヘルムベルデ』という……」
それはベースと言うにはあまりにも巨大すぎた。
分厚くでかいボディーに太く長大なネック。
指板もピックガードも鉄板剥き出しで、ところどころ赤黒く錆びている。
楽器というより使い込まれた長柄戦斧のように見えた。
「至る所に鉄製の補強材が使われていて、尋常じゃなく重いので……。
男性でも……扱い……づらく……よいしょっと……」
店員が苦労してスタンドから持ち上げたそいつを受け取ると、
「うん……。いいな」
壇ノ浦はにたりと笑った。
そして、例によって素振りをくれる。
ブオオンッ!
音が重い。
風圧がはんぱない。
全金属製なんじゃないのかこのベース。
「これなら、殺れる」
なんとも不穏な理由で、壇ノ浦しのぎは己の相棒を決めた。




