第五章 満月の地下
校舎の「心臓部」がどこか、愛子には直感でわかった。
地下の旧体育用具室。改築前の校舎から残された、今は使われていない空間。普段は南京錠がかかっているが——
「また合鍵があるの?」と愛子は聞いた。
「ない」とケンジは言った。「だから、これを使う」
彼が取り出したのは、細い針金だった。
「……ピッキング?」
「図書室で調べた」
「研究熱心すぎる」
愛子は思わず吹き出した。ケンジは真顔のまま、慣れない手つきで錠前に針金を差し込んだ。三分後、カチャリと音がした。
扉を開けると、黴と埃の匂いがした。ケンジがスマートフォンのライトをつけた。
古い跳び箱、巻き上げられたマット、錆びた鉄棒——その奥の壁に、愛子は気づいた。
「あそこ」
壁の中央に、石が嵌め込まれていた。丸く磨かれた、赤みがかった石。夢のなかで見た、あの星座の中心と同じ色だった。
愛子は近づいた。石に手を置いた。
光が走った。壁全体に、星座の線が浮かび上がった。青白い光の網が、石から放射状に広がって、天井まで届いた。
「……綺麗だ」ケンジが静かに言った。
普段感情を表に出さない彼が、そう言った。愛子はなぜかそれが嬉しかった。
文字が浮かんだ。愛子は読んだ。声に出して。
「——この場所は記憶の庫。町が忘れた星の歌を、ここに封じた。星詠みよ、歌を解き放て。記録者よ、言葉を書き留めよ。ふたりの力が合わさるとき、星の歌は再び世界に還る——」
ケンジはすでにノートを開いていた。ペンを構えていた。
「続けて」
愛子は読んだ。ケンジは書いた。
どれくらいの時間が経ったかわからなかった。気がつくと、壁の光がゆっくりと薄れていった。石の赤い色だけが、温かく残った。
部屋の空気が、少し変わった気がした。重さが抜けたような、窓を開けたばかりの朝のような。
「終わった、の?」愛子は囁いた。
「記録は終わった」ケンジはノートを閉じた。「意味はこれから調べる」
愛子は石から手を離した。もう光らなかった。でも冷たくもなかった。石はただ、そこにあった。
「ねえ、ケンジ」
「なに」
「さっきの文書、ふたりの力が合わさる、って書いてあった」愛子はケンジを見た。「私ひとりじゃ無理だったよ。あなたがいなかったら、読んでも誰も書き留めてくれなかった」
ケンジは少しの間、黙っていた。
「……俺も、おまえがいなければ光らせられなかった」
「だよね」愛子は笑った。「なんか、最初から決まってたのかもね。私たちがここに来ること」
「そういう言い方は科学的じゃない」
「わかってる。でも、ロマンから始まることもあるって言ったでしょ」
ケンジは答えなかった。でも、今度ははっきりと、口の端が上がった。




