第37話:軍事宰相、未知の概念(同人誌)に直面す
中央諸国連合の一角、大陸随一の軍事力と堅牢なる防衛体制を誇る「鉄鋼の国ヴァトン」。その国力の大半は、四方を囲む魔鉱山から採掘される特殊な鉱石と、それを一糸乱れぬ規律で加工・兵器化する冷徹な軍事組織によって支えられていた。
国家の最高意思決定機関である軍事参謀本部の頂点に立つ男、軍事宰相ガノストローファは、まさにその「鉄の規律」を体現したような人物であった。
整えられた白髪、寸分の狂いもなく着こなされた濃紺の軍服、そして数々の戦場を潜り抜けてきた男だけが持つ、鋭い鷹のような眼光。彼は大陸の勢力図を常に頭の中に描き、ラーグ法国の不穏な動きや、マキア王国の第二王子ヴェルサの動向に神経を尖らせる日々を送っていた。
だが、そんな「鉄の男」ガノストローファであっても、完全に制御下に置けない聖域が一つだけ存在した。
王都の特権階級区画にそびえ立つ、重厚な石造りの宰相邸。その最奥にある私的な食堂である。
「……ガノ、あなた。今日の夕食の給仕、少し急がせていただけますか? 私は夜、非常に重要かつ厳粛な『作業』を控えておりますの」
長い長方形の晩餐机の向こう側で、優雅にスープを口に運びながらそう告げたのは、ガノストローファの最愛の妻、エルザであった。
エルザはヴァトン王国の名門公爵家の出身であり、その気品あふれる容姿と高い教養から、社交界の薔薇と謳われた淑女である。結婚して十数年が経つが、ガノストローファは今でも彼女を深く愛しており、その言葉には常に耳を傾けていた。
しかし、ここ数週間のエルザの様子は、どう考えても奇妙であった。
普段であれば、社交界の噂話や、王宮の夜会で着るドレスの相談、あるいは夫の体調を気遣う言葉をかけてくれるはずの妻が、最近は常に何か「別の深淵」を見つめているような目をしているのだ。その瞳の奥には、戦場での突撃命令を待つ兵士のような、異常な熱量と血走った執念が微かに揺らぎ、かつてないほどに生気が漲っていた。
「エルザ、作業とは何だ? また慈善事業の書類仕事か? あまり根を詰めすぎるなと、いつも言っているだろう。お前の健康が第一だ」
ガノストローファが深い低音で語りかけると、エルザはスープスプーンをピタリと止め、その淑女らしからぬ、どこか怪しげな、しかし熱狂に満ちた笑みを浮かべた。
「違いますわ、あなた。慈善事業などという生ぬるいものではありません。……私は今、この大陸の、いいえ、この世界の『概念の夜明け』に立ち会っているのです。……今、このヴァトンの首都で、何が起きているかご存じないのですか?」
「何が起きている、とは? 軍事参謀本部の報告によれば、国内の治安維持は完璧であり、ラーグの潜入工作員も順調に摘発されているが」
「国境の警備などどうでもよろしいのですわ!!」
バンッ!!! と、エルザが白い手で大理石のテーブルを叩いた。
その凄まじい音量と勢いに、ガノストローファは思わず眉をひそめ、給仕をしていた熟練の老執事も持っていた銀のトレイをガタガタと震わせた。あの温厚で上品だったエルザが、机を叩くなど、これまでの結婚生活で一度たりともなかった暴挙である。
「お聞きなさい、ガノ。今、我がヴァトンの高潔なる貴婦人たち、そして感受性豊かな令嬢たちの間で、ある『奇跡の出版物』が爆発的に流行しているのです。……その名も、『同人誌』……。それも、我が国とは異なる国、『ドラシール竜王国』の誇る屈強な竜人族の騎士たちが、理性を失い、泥泥とした愛憎の果てに互いを貪り合うという、言葉にするのも畏れ多いほどに濃密な男同士の恋愛模様を描いた『聖書』にございます!!」
「……どうじん……し? おとこ、どうしの……れんあい?」
軍事宰相ガノストローファの超高性能な脳細胞が、一瞬にして完全にフリーズした。
戦術論、兵站の計算、魔導兵器の出力管理――あらゆる国家的難題を瞬時に処理してきた彼の思考回路に、人類の歴史上見たこともない悪質なノイズが突入してきたかのような感覚であった。
「待て、エルザ。落ち着くんだ」
ガノストローファは、戦場で敵の奇襲を受けた時と同じ要領で、まずは冷静に状況を分析しようと試みた。彼は軍服の襟元を少し緩め、妻の顔を正面から見据えた。
「お前が言っている言葉の、個々の単語の意味はわかる。だが、それを組み合わせた文章の意味が、私にはさっぱり理解できん。……同人誌とは何だ? 騎士たちが互いを……何だって?」
「ですから! 隣国であるドラシール竜王国の要である竜人族の騎士ガルド隊長と、その部下である若き騎士ルカ君の、公式の歴史書には決して載らない『魂の肉弾戦』を描いた薄い本にございますわ!!」
エルザは立ち上がり、頬を紅潮させながら、懐から一冊の「冊子」を取り出した。
それは、ヴァトンの最高級宿『黒鉄の王座亭』で、昨晩シルフィと、主である大柄なカエル――通称「マスター」との血を吐くような徹夜のレスバ(添削)によって完成し、今朝方、王都の地下印刷所で刷り上がったばかりの『北壁の守護者:薔薇の刻印・温泉地特別編』であった。
表紙には、筋骨隆々とした異国の竜人二人が、温泉の湯気の向こうで、何故か互いの鱗の角度について非常に官能的な、そして苦悶に満ちた表情で睨み合っている絵が、異常なまでの超高画質(網掛けトーンの十層重ね貼り)で描かれていた。
「これをご覧になって、あなた!!」
エルザは晩餐机を横切り、ガノストローファの目の前にその本を叩きつけた。
「この圧倒的な描き込み!! 湯気によってあえて隠された、他国の男たちの『言葉にならない執着』!! 普段は冷徹なドラシールのガルド隊長が、ルカ君の微かに震える肩を見た瞬間に、その抑えきれない独占欲を爆発させる、この112ページの心理描写!! 私は昨晩、これを読んだ瞬間、尊さのあまり肺呼吸が一時的に停止し、実質的に神の領域へ昇天いたしましたわ!!」
「……。……。……」
ガノストローファは、提出された「未知の報告書(同人誌)」を、まるで即死級の呪詛が掛けられた魔導書でも見るかのような目で凝視した。
彼の目が、表紙に描かれたガルド(ドラシール竜王国の最強の武人として我が軍の警戒リストにも載っている硬派な男だ)の、見たこともないような「艶めかしい表情」を捉える。
「……ガ、ガルドか? これは、あのドラシール竜王国の精鋭、ガルドなのか? なぜ異国の高潔なる戦士が、服を着ていない? なぜ、部下のルカとこのような……これは、新手の精神攻撃か? 敵国の諜報機関が、我が国の防衛意識を失墜させるために流した、悪質なプロパガンダ(風評被害)ではないのか!?」
「いいえ違いますわ、これは救済です!!!」
エルザの声が、宰相邸の天井を震わせる。
「これは、公式(現実)という名の退屈な世界に投下された、最大にして唯一の『尊さの光』なのです! ガノ、あなたにはわからないのですか!? ドラシールのガルド隊長がルカ君に向ける、あの厳しさの裏にある『壊れそうなほどの愛おしさ』が!! そして、その本を発行したサークル主、……奥付をご覧くださいまし!!」
エルザは興奮で震える指で、冊子の最終ページ、いわゆる「奥付」と呼ばれる部分を指差した。
そこには、ヴァトンの文字でこう印刷されていた。
【発行】BL研究会
【責任編集】マスター & シルフィ
「ビー、エル……研究会……?」
ガノストローファはその奇妙な響きを口にのせた。ヴァトン、ラーグ、マキア、エルフの国ドルフ、そして件のドラシール竜王国――大陸のあらゆる秘密結社や学術機関、あるいは反政府組織の名前を記憶している彼の脳内データベースに、「BL」などという単語は存在しなかった。
「そうですわ!! この『BL研究会』なる組織の正体、そして『マスター』と『シルフィ』という二人の天才の正体を、ぜひとも探り出していただきたいのです!!」
エルザはガノストローファの軍服の両袖を掴み、潤んだ目で夫を見上げた。
「ガノ……。あなた、私のことを愛していらっしゃるのでしょう? もし、この『BL研究会』の御方を我が家にお招きし、その高潔なる『受け攻めの黄金比率』について、直接お話を伺うことができたなら……私は、今後十年間、あなたが夜遅く帰ってこようが、どれほど軍事予算を浪費しようが、一切文句は言いませんわ。ですから、どうか……軍の諜報網を総動員して、彼らの正体を突き止めてくださいまし!!」
「ま、待て、エルザ……。国家の最高機密を扱う我が軍の隠密部隊を、そのような……他国の男同士の、その、何だ、よくわからん本の作者を探すために動かせるわけが――」
「もし探してくださらなければ、私、明日から実家に帰らせていただきます。そして、社交界のすべての奥方に『軍事宰相は男の絆(BL)を解さない、期待値底割れの冷血漢である』と言いふらしますわ」
「なっ……!?」
軍事宰相ガノストローファ、人生最大の危機であった。
妻の実家は、国内の魔鉱石流通の三分の一を握る超大物公爵家である。そこに帰られるだけでも国家的な政治問題に発展しかねないが、それ以上に、社交界で「BLを解さない期待値底割れ男」などという、意味はさっぱりわからないが致命的にプライドを傷つけそうなレッテルを貼られるのは、あまりにも恐ろしかった。
「……わ、わかった。渋々ではあるが……その、BL、だったか。その組織の正体を、軍の隠密を使って隠密裏に調査させよう。だから、頼むから机を叩くのはやめてくれ……」
「まあ! 嬉しいですわ、あなた!! 流石は私の自慢の夫、流石ですわね!!」
エルザは一瞬にしていつもの上品な薔薇の笑顔に戻ると、ガノストローファの頬に軽い口づけを贈り、嬉々として『温泉地特別編』を抱えて自室へと去っていった。
食堂に残されたのは、冷めきったスープと、生まれて初めて「理解不能な恐怖」に直面し、真っ白な灰のようになっている軍事宰相の姿だけであった。
翌朝。ヴァトン王国軍事参謀本部の最上階、通常であれば国家防衛の重大な作戦が練られる「最高機密会議室」。
そこには、ガノストローファの直属の部下であり、大陸全土に張り巡らされた隠密・諜報網を束ねる隠密部隊『黒梟』の長、バラン大佐が直立不動で控えていた。
「――バラン大佐。……これより、我が国の根幹を揺るがしかねない、極めて特殊かつ深刻な『思想犯』の調査命令を下す」
ガノストローファは、重々しい口調でデスクの上の書類を指差した。その顔は、一晩中「他国の男同士の鱗の摩擦」について考えてしまったせいで、酷い寝不足の隈が浮き出ていた。
「はっ! 我ら『黒梟』、いかなる任務であれ命を賭して遂行いたします! 対象はラーグの暗殺者ですか? あるいは、中央の過激派組織でしょうか!」
「……違う。対象の名は、『BL研究会』。……精度高く情報を集めよ。その主犯である『マスター』、および『シルフィ』なる二名だ」
「……ビー、エル……研究会、ですか?」
流石の凄腕スパイであるバラン大佐も、その気の抜けた単語を聞いた瞬間、一瞬だけ敬礼の腕が微かに震えた。
「閣下、その組織は……どのような破壊活動を? 国際的なテロの計画、あるいは禁忌魔術の横流しでも?」
「……。……彼らは、我が国の王都において、……『同人誌』なる、男の、その、ドラシールの騎士同士の、……濃密な恋愛模様を描いた、極めて破廉恥かつ……いや、妻のエルザに言わせれば『聖書』と呼ばれる出版物をゲリラ的に流通させている」
ガノストローファは、顔をこれ以上ないほどに険しく歪め、苦虫を噛み潰したような声で続けた。
「その内容の破壊力が凄まじく、現在、王都の貴婦人や令嬢たちの脳を次々と腐朽させ、国家の生産性を著しく低下させている(実質的に妻が夕食の時間を削って作業に没頭している)。さらに、発行物の中には、隣国の精鋭であるガルド隊長を勝手にモデルにした、外交問題にも発展しかねない、かつ著しく軍人の威厳を損なう描写が含まれているのだ」
「何と……! ドラシール竜王国の鉄壁のガルド隊長をターゲットにした精神汚染兵器ですか!? 敵の策略、あるいは我が国とドラシールを離間させる卑劣な罠……!!」
バラン大佐は、完全に「国家を狙った未知の魔導精神テロ、もしくは多国間謀略」として解釈し、その目を鋭く光らせた。
「閣下、その『同人誌』なる兵器の、現物はございますか? 敵の魔力特性や、情報汚染のコードを解析せねばなりません」
「……これだ。一晩、私も目を通したが(読まされたが)、……精神的防壁を張っていなければ、脳のキャパシティが狂わされるところだった。……特に、この112ページの『無言の背中』の描写は、私のような戦術家から見ても、不覚にも……いや、何でもない。とにかく、これだ」
ガノストローファは、エルザから一時的に没収してきた『北壁の守護者』の温泉編を、バラン大佐の前に差し出した。
バラン大佐は、細心の注意を払いながらその冊子を手に取り、ページをめくった。
「……。……。……こ、これは……っ!?」
スパイの天才であるバラン大佐の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
彼の脳内でも、謎のカエルと令嬢が昨晩仕掛けた「湯気の向こうの吐息」「読者の妄想力を200%引き出す黄金比率」の罠が、超高速で発動したのだ。
「……何という……圧倒的な情報密度……! 他国の竜人たるガルドの強靭な肉体と、台詞が極限まで削られているにもかかわらず、男たちの『行間』から溢れ出る底なしの執着……! 閣下、これは……並の魔術師に作れるものではありません。……書き手の『情熱』と、それを後ろから冷徹にコントロールする『何者かの強大な意思』を感じます!!」
「だろう。……バラン大佐、正体がわかったか?」
「いえ、我が諜報網の全データに照らし合わせても、『BL』という言語コードは存在しません。しかし、この印刷技術、上質な羊皮紙の大量発注、そして王都の地下印刷所を一夜にしてフル稼働させる資金力……。これは国内の、それもかなりの権力と財力を持つ者が、裏で糸を引いている可能性が極めて高いです!」
バラン大佐は、本をバッと閉じると、力強く敬礼した。
「ただちに、王都の全印刷所の流通経路、および羊皮紙の大量購入記録を逆探知いたします! 一週間、いえ、三日以内に、その『BL研究会』の拠点を突き止め、マスターとシルフィの首を――」
「待て! 首は撥ねるな!!」
ガノストローファが慌てて声を張り上げた。
「首を撥ねたら、妻が実家に帰ってしまう!! 目的は、彼らの正体を隠密裏に特定し、我が家の晩餐会に『国賓』として、丁重にお招きすることだ。……丁重に、だぞ? いいな、バラン大佐。絶対に手荒なことはするな。もし彼らの気分を害して、次の新刊が出なくなったりしたら、我が宰相邸は物理的に崩壊する」
「は、はっ……! 丁重に、お招きする……ですね。承知いたしました、精神汚染の元凶を『生け捕り』にし、最高級の礼を尽くして連行いたします!!」
こうして、鉄鋼の国ヴァトンの最強の諜報機関『黒梟』は、国家の命運ではなく、「一ヶ月で1500ページを描き上げる狂気の令嬢と、黄色いカエル」の足跡を追って、王都の暗黒街へと出撃していくのだった。
数日後。宰相邸の書斎にて、ガノストローファはバラン大佐からの第一報を受け取っていた。
「閣下、報告いたします。……事態は、我々の想像以上に深刻です」
バラン大佐の顔は、数日前よりも明らかにやつれ、その瞳には微かに「腐」の光が伝染しているように見えた。
「何があった。拠点は判明したのか?」
「はっ。まず、王都の地下印刷所の流通を洗ったところ、ここ数日で数万部規模の『薄い本』が、市場に供給されていることが判明しました。それらをすべて買い占めているのは、我が国の高官の妻、公爵家、さらには王宮の侍女たちにまで至る、巨大な『ステルス・ネットワーク』です。彼女たちは自らを『腐女子』と称し、地下の茶会で日々、他国の竜人であるガルド隊長たちの受け攻めの固定(リバース不可)について、血を流すようなレスバ(激論)を交わしている模様です……」
「……腐女子。……リバース不可。……バラン大佐、お前、なぜそんな単語を淀みなく口にできる?」
ガノストローファは、部下の急速な「汚染」に危機感を覚えた。
「も、申し訳ありません! 敵の潜入調査を行うにあたり、彼女たちの隠語(専門用語)を習得せねば、会話の行間が読めなかったのです……! 聞けば、その『BL研究会』のマスターと呼ばれる存在は、かつてラーグ法国の奴隷市場を『言葉の暴力だけで完全崩壊』させ、我がヴァトンの魔鉱山すらも『筋肉のシナジー効果』という独自の概念で買い替えた、恐るべき怪物のような亜人であるとのこと……!」
「ラーグの市場を崩壊させ、我が国の魔鉱山を買い換えた……!? そんな超大物が、なぜ他国の男同士の鱗の摩擦を熱心に描いているのだ……! 目的がわからん、目的が!! 思想の底が浅すぎるのか、それとも深すぎるのか、私の戦術眼では測りきれん!!」
ガノストローファは頭を抱えた。
国家転覆を狙う暗殺者なら、対策の立てようもある。だが、敵(?)の目的はただ一つ、「世界を薔薇色に塗り潰し、期待値をインフレさせること」。これほど防衛しにくいタイムライン(未来)は存在しない。
「さらに、閣下。……その『BL研究会』のもう一人の核心人物、執筆を担当している『シルフィ』という名の女性ですが……。彼女の購入している画材や、印刷所に支払われた金の出処を追跡したところ……驚くべき事実に突き当たりました」
「何だ。どこの大富豪だ?」
「……北の辺境を治める、エドワード辺境伯の公金口座から、直接的な巨額の資金移動が確認されました。……つまり、シルフィなる人物の正体は、エドワード辺境伯の令嬢、……シルフィ・エドワード様ご本人である可能性が極めて高いのです!!」
「なななな、何だとォォォ!!! 」
ガノストローファの口から、ショックのあまり無意識になんJ民特有の鳴き声(の残滓)が漏れた。
「北の、あの堅物で有名なエドワードの娘だと!? あそこの令嬢は、確か重度の引きこもりで、部屋から一歩も出ないと聞いていたが……。なぜそれが、我が国で他国たるドラシールのガルド隊長のエロティシズムを量産しているのだ!?」
「わかりません……! しかし、彼女の傍らには、人間と全く同じサイズを誇る、不気味な亜人が常に寄り添っており、その亜人が放つ呼ばれる謎の呪詛によって、彼女の創作意欲が通常の二百パーセントに引き上げられているとのことです……!」
「人間サイズの、亜人……。マスター、とはその亜人のことか……」
ガノストローファは、いよいよ事態が「世界のバグ」の領域に達していることを確信した。
だが、猶予はない。今夜もまた、エルザが「あなた、調査の進捗はいかが? 私の期待値、もう限界を突破して底割れしそうですわよ」と、美しい笑顔で脅迫(確認)してくるに違いないのだ。
「……バラン大佐。ただちにその者に、我が軍の最高級の馬車を回せ。……そして、シルフィ令嬢と、その……亜人を、我が宰相邸の晩餐会へ、国賓以上の礼を尽くしてお招きするのだ。……鉄鋼の国の命運(と、私の家庭の平和)は、お前の手にかかっている……!」
「はっ!! 『黒梟』の名に懸けて、必ずや、その世界の深淵(BL研究会)を、この邸宅へと連行して見せます!!」
薄暗い書斎の中で、二人の「鉄の男」が、人類史上最も不条理な任務に向けて、固い握手を交わした。
外では、王都の夕闇が静かに広がり、その闇の向こうからは、今日もまた数多の腐女子たちの「尊い……っ!」という、地鳴りのような吐息が風に乗って聞こえてくるようであった。




