第31話:素敵なすれ違い
中央諸国連合の西端、鬼人族の国家マキアから放たれた数筋の影。
第二王子ヴェルサ・トゥーレム・ゲルムド直属、武闘派組織「一刻」の少数精鋭討伐部隊は、峻烈な殺気を抑え込みながら、白人族の国、ラーグ法国へと続く街道を急いでいた。
ヴェルサ王子の脳裏には、まだ見ぬ標的「なんJ民」の姿が描かれていた。
それは既存の魔法体系(第10位階)を嘲笑う知性を持ち、竜王を物理的にではなく概念的に破壊する、漆黒の法衣を纏った傲慢な魔導士。あるいは、古の神話に語られる、あらゆる攻撃を透過させる幻影の巨神。
「殿下、ココネ殿の合流はラーグの聖域付近でよろしいですかな?」
副官の重戦士が問いかける。
「ああ。彼女は別ルートだ。ラーグ法国の国境付近で観測された『色』を特定するため、先んじて動いている。……あの千里眼があれば、その邪悪な魔人がどこに潜もうと逃げ場はない」
ヴェルサたちは、ラーグへと続く街道沿いのさびれた宿場町ロスト・ヘブンへと足を踏み入れた。
その街の広場、噴水の跡地にそれはいた。
「アチチッ!! www ほーら見てみろローズさん!! www 誰かが落とした揚げ芋や!! www まだ熱いぞ!! 期待値、爆上がりやあああ!! www」
ヴェルサたちの視界に入ったのは地面に落ちて泥と馬の糞が混じったような石畳の上から、ホクホクとした湯気を立てるジャガイモの欠片を必死に拾い上げている黄色の、小汚いカエルだった。
カエルはそのぬめった手でポテトを掴むとふーふーと息を吹きかけ、あろうことか服の裾(それも相当に汚れている)で泥を雑に拭い、そのまま口の中へ放り込んだ。
「んおっ!? www 旨い!! www 下界のポテト、塩分が五臓六腑に染み渡るわ!! www 落ちてる食糧、原価ゼロやから実質利益率無限大やぞ!! www 労働はゴミ!! 拾い食いこそが至高のライフハックや!! www」
そのカエルの隣には、明らかにその場に不釣り合いな、凛とした佇まいの魔法使いが立っていた。
茨の魔女、ローズである。彼女は手にした杖を握りしめ、天を仰いで深い溜息を吐いた。
「……あんた。本当に、一国の都を焼いた男なの? 泥のついたポテトを食べて利益率無限大とか、聞いてるこっちが恥ずかしくなる。……少しは魔女の同伴者としてのプライドを持ちなさい」
「プライドで腹は膨れんわ!! www 見てみ、ローズさん。あそこに立派な馬に乗った成金そうな奴らがおるぞwww ああいういかにも強そうなモブがうっかり財布でも落としてくれたら、ワイの期待値は更なる高みへ到達するんや!! www」
ヴェルサ王子一行の馬列が、そのカエルの真横を通り過ぎる。
一刻の精鋭たちは、一瞬だけ、その小汚いカエルに視線を向けた。
だが、その視線には何の警戒も何の疑惑も含まれていなかった。あるのは、ただの汚物を見るような、あるいは家畜以下の野生動物を見るような、純粋な蔑みだけであった。
(……フン、薄汚い亜人か。連合の没落も極まれりだな。路傍のゴミを拾うようなカエルまで闊歩しているとは)
ヴェルサは鼻を鳴らし、一瞥すら与えずに馬を進めた。
彼らが追っている「なんJ民」の正体は、マキアの諜報網でも詳細な外見までは掴めていなかった。
それゆえ、王子の頭の中にある「なんJ民」のイメージは、あまりにも格好良すぎたのだ。
まさか、最強の竜王をレスバで泣かせ、聖遺物グングニルを孫の手にした後に馬車代として投げ捨てた怪物が目の前でポテトの泥を袖で拭っているカエルであるはずがない。
「殿下、今のカエル、不快な声で鳴いておりましたな。……一太刀浴びせて黙らせますか?」
副官の重戦士が、忌々しそうに唾を吐く。
「構うな。我々の目的は世界の理を破壊する知的な脅威だ。あのような、知性のかけらも感じられぬ下等生物に構う時間は、我々には一秒たりともない」
一刻の精鋭たちは、風のように街を駆け抜けていった。
彼らが全力で追っている因果の破壊者がまさに今、背後でポテトの皮の隙間に挟まった塩分を必死に舐めとっているとは、夢にも思わなかったのである。
「……ヒエッ!! www ローズさん、今の奴ら見たか!? www めっちゃ怖い顔して通り過ぎていったぞ!! www 期待値、マイナス100万点や!! www」
ワイは、口の中にポテトを詰め込んだまま、去りゆく鬼人たちの背中を見送った。
「あんた、あいつらから漂ってた殺気に気づかなかったの? あの赤い髪の男、相当な使い手。おそらくマキアの一刻かもしれない」
「一刻? www 何それ、即席ラーメンの名前か? www あんな殺気プンプンさせて馬走らせるとか、絶対パチンコで大負けした帰りやぞ!! www 怖い怖い、関わらんとこ!! www」
ワイは、地面に残った最後のポテトの皮を拾い上げると、それを大事そうに懐にしまった。
「よし、ローズさん!! www あのピリピリした奴らが行った方向は避けて、ワイらはもっとゆるふわな期待値が漂う街へ行こうや!! www ここは信心深い奴らばっかりやからな!! wwwなんならワイが神になったるで!!www」
「……あんたを神と崇める宗教があるなら、私はその日に神を信じるのをやめるわ」
一刻の精鋭たちが、ラーグ法国の入り口で、必死に最強の魔人の足跡を探している頃。
その魔人本人は、聖歌が流れる美しい大聖堂の床で、「ここの床、めっちゃ滑りやすそうやんけwww ワックスがけの期待値MAXやあああ!! www」と、歴史的な破壊工作(掃除)の準備を始めていた。
最強の討伐部隊と、最強の煽りカス。
その決定的なすれ違いこそが、中央諸国連合をさらなる混乱と、未曾有のぬめりへと誘う序曲であった。




