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アイツ、今頃何してんだろ……2<リーナ視点>








「ダルムボーグまでは、もうちょい掛かるな」


 夜の山道を脇に逸れたところで、焚火の前に腰かけたレオンが地図を開いている。


 廃都ダルムボーグ。新たにゾンビが出現したという、冒険者たちの狩場だ。


「情報屋の話だと、アードベルの有力クランが幾つか、ネクロマンサーの捜索に乗り出したらしい」


「あぁ。今回は『鋼血の戦乙女』にも、ギルドから声が掛かったという話だ。……俺たちのクランでの賞金総取りは、かなり難しくなったぞ」


 レオンの隣に腰を下ろしているロイドは、渋い顔になって腕を組んだ。


「ゾンビの出没情報に振り回されたのが不味かった……。あちこちに足を向けたはいいものの、貧弱なゾンビ数体を見つけただけだったからな」


「肝心のネクロマンサーは見つからないのに、ゾンビの出現情報だけは頻繁にあったからね~」


 剥き出しになった大木の根に腰掛けたリーナも、苦笑するしかなかった。


 手にしていたコップを傾けてココアを一口飲むと、疲れた体に甘さが沁みる。軽く溜息が漏れた。


 「いろんなトコに足を向けたせいで、だいぶ時間も使ったし」

 

 今回の冒険を続ける途中で、ゾンビの目撃情報は不自然なほどに集まった。各地の狩場、ダンジョン、さらには、山里や小さな町にまで、ゾンビが出ただの見ただのという証言者が現れたのだ。


 ゾンビの発生は、基本的には魔戦争時代の呪詛系統の魔法効果か、そうでなければ、ネクロマンサーの仕業であるというのがほとんどである。


 賞金首のネクロマンサーを追っているリーナ達は、あちこちのダンジョンやら町村やらに出向いて、話を聞き、捜索し、徒労の空振りを繰り返すことになった。


 面倒な作業ではあったが、途中でそれなりの数の魔物も狩り、魔骸石の回収は順調だった。獣系の魔物の毛皮や眼球、肉なども防腐魔法で加工して、アイテムボックスに収納してある。


 これら戦利品をアードベルに持ち帰れば結構な値が付くはずで、悪くない稼ぎだった。いや、それどころか、今までに一番稼いだかもしれない。

 

 だが、ネクロマンサーの賞金に比べれば霞んでしまう。

 

 “死の門”、ギギネリエス=ノーキフ。

 懸賞金は3億、生きて捕らえれば6億だ。

 

 その途方もない額を思い浮かべて、リーナは肩を揺らしてしまった。


「これだけゾンビの目撃情報が増えてくると、アードベルだけじゃなくて、他の都市や市町村を拠点にする冒険者たちも動き出したみたいだね」

 

 ネクロマンサーの超高額懸賞金に惹かれる冒険者が増えるのは、自然な流れではあった。

 

「でも、散発的にゾンビが発見されるというのは改めて考えると妙ではありませんか? 何か、意図的なものを感じるというか……」


 リーナの隣に腰を下ろしているオリビアが、不穏なものを警戒する顔になって声を潜める。


 クランを組んでいる他のパーティも周りで野宿をしているので、彼らに聞こえないよう気を遣ったのかもしれない。


「今までにゾンビが発見された場所や地域は、冒険者が通う狩場やダンジョンの付近だけでなく、近隣町村の人々の生活圏に近いところも少なくありませんでした」


 今回の冒険活動を思い返すように、オリビアは足元に降り積もった落葉に目を落とす。


「発見されることを目的として、ゾンビを配置しているような……。自分の存在を匂わせるためにゾンビを発生させているような印象を受けます」


 オリビアの口振りは、慎重に自分の考えを整理している者のそれだった。


「今の俺達が、ネクロマンサーの罠かかっていると言いたいのか?」


 対して、結論を急いだのはロイドだ。感情的ではない言い方だったが、声音が硬い。賞金首を捕らえてやろうという意気込みに水を差されて、不愉快だったのか。

 

「だが、オリビアの言いたいことは分かる」


 すぐにレオンが間に入った。


「最初に噂が出たときに比べて、話がデカくなり過ぎてるのも事実だ。ネクロマンサーを狙おうっていう冒険者が爆発的に増えてるのを危惧して、ギルドが有力クランを動かすレベルなんだからな」


 普段は皮肉屋なレオンだが、今は魔術士らしい冷静な眼差しでメンバーを見渡した。


「この一連の流れが、ネクロマンサーの罠だって可能性もある」


「じゃあ、ネクロマンサーの目的は? 冒険者の死体?」


 そこでリーナも、横から口を挟んだ。単純なことを言っているのは自分でも理解している。だが、それ以外には思いつかなかった。


「そりゃあ、そうだろ。ネクロマンサーの格ってやつは、所持する死体の数で決まるそうだぜ」


 クランメンバーの連中から聞いた話だけどな。そう断りを入れたレオンは考え込む顔になって、顎を手で撫でた。


「ちょっと前に、エルンとかいう辺境の町にも、ゾンビが押し寄せたっていう情報を買っただろ? あれも間違いなく、ネクロマンサー絡みだろうよ」


「私達も、辺境まで行ってみてもよかったかもね~。町の力になれたかもしれないし」


 夜空を見上げて、リーナは息を吐く。オリビアが緩く首を振った。


「あのときは私達も、ゾンビの出現に怯える村を守ることになりましたから……」


「そもそも、エルンの町に関しては俺たちの出る幕でもなかっただろう。既に『正義の刃』と、領兵の騎士団が町の防衛に入っていたはずだ」


 ロイドが言い終わるのを待っていたレオンが、「取り敢えずだが……」と、この話題の潮時を探るように提案した。


「廃都のダルムボーグを調べ終わったら、この冒険活動にも区切りをつけようぜ。競争相手が激増しちまったら、ネクロマンサーを追い続ける旨味がねぇよ」


 ロイドと並んで野心家ではあるが、それ以上に実益を優先する彼らしい意見だった。


「言えてるかも。もともと、噂が広まる前にネクロマンサーを仕留めちゃおうっていうのが、私達の方針だったわけだし」


 このパーティのリーダー格として、リーナは賛成した。


「クランを解消するかどうかは、廃都の捜索を終わってからにしよう。このクランになってからは私達も調子がいいし、実際、かなりの利益も出てるしさ」


 ネクロマンサーを捕らえられずとも、この冒険活動が決して空振りではないことをリーナは強調する。


 大人数クランを組んだことで、有益な情報交換が進んだだけでなく、これからもリーナ達と一緒に冒険をしようという人脈も広がった。


 リーナ達とのクラン継続のために、他の街からアードベルに拠点を映そうと考えてくれているパーティもいるぐらいだ。

 

 こういった無形の収穫を大事に持ち帰り、クランの規模をどれだけ維持していくのかを考える必要もあるだろう。

 

「この冒険を打ち切る方向で、俺にも異論はない。ネクロマンサー討伐だけが、成り上がる道ではないからな」


 何度か頷いたロイドは、レオンの見解に納得したようだった。既に声の強張りを解いている。


「成り上がらずとも、ロイドは既に成功していますよ」


 ゆったりとした口調で、オリビアが優しく頷く。


「ネクロマンサーを捜索するこの冒険活動のなかで、貴方は多数のゾンビを斬り伏せました。ゾンビの被害に怯える人々の安心に、小さな町や村の平和に、十分以上に貢献してきたではありませんか」


 静かに言い切るオリビアの眼差しには、穏やかな力がある。ロイドに向けた彼女なりの気休めではなく、冒険者の存在意義を信じている神官の言葉だった。


 このときリーナの胸中に蘇って響いてきたのは、ギルドで出会ったアッシュとの遣り取りだった。


 5等級であっても、冒険者として人々の暮らしに貢献することはできる。


 そう迷いなく言い切ったアッシュ自身こそが、あの言葉を切実な想いで信じようとしていたのかもしれない。


 人には其々に役割がある。確かにそれは、リーナも養護院で教わったことだった。


 自分以外の誰かのために、私達は尽くさねばならない。その精神は女神教の本質であり、人間そのものの本質なのだとも教えられた。


 子供なりにリーナは、そんなものは綺麗ごとだと思っていた。


 だが、冒険者として命をかけてきた今のリーナにとっては、不思議な重みを帯びている。


 荒くれ者が多く、野蛮で暴力的というイメージを持たれがちな冒険者業界だが、冒険者という職業が無くなれば、一体どれだけの影響が出るか。


 そのことを理解しているのはギルドや行政関係者以上に、より密接に人々の暮らしと心に関わる神官たちなのかもしれない。


「……あぁ。オリビアにそう言って貰えるなら、今回の冒険もまた、意義深ものだったということだろう。他者に益して己の益も得られるのなら、気分もいい」


 満更でもない笑みを口許に浮かべたロイドに、オリビアも微笑みを返している。リーナもレオンと目を見交わしあって、うなずく。


 リラックスした空気と共に、涼やかで心地よい夜の風が吹いた。


 ほっと肩の力を抜いたリーナは、ほのかに揺れる焚火に目を向ける。その揺らぎの向こうに、何となくアッシュの顔が浮かんだ。


 チクリと胸の奥が痛んだが、それを無視して唇をちょっとだけ尖らせる。


 ……アイツ、今頃何してんだろ。


 ローザさんと達のパーティと冒険してんのかな。


 カルビさんとか、ネージュさんとか、エミリアさんとかとも、仲良くやってんのかな。


 仲良く……。うん。

 うん……。えぇっと……。

 仲良くって、どれぐらい……?

 イチャイチャしてるってことはないだろうけど……。

 でも、ギルドでのネージュさんの様子は、うん……。

 う、う~ん……? 距離感が近かったと言うか……。

 やけに好感度が高かったような……。


 あー、やめやめ。


 アイツのことを考えるのはここまで。とにかく、この冒険の締めくくりになる、廃都ダルムボーグの探索に向けて気持ちを作っておこう。


 いやぁ、でも……。ダルムボーグに行ったら、ローザさん達に同行してる最中のアッシュに会っちゃったりして……。あり得ない話じゃないけどさ~……。


 色々と思い出すとモヤモヤしてきて、リーナは頭の中で膨らもうとする景色を追い払う。溜息を飲み込むついでに、ココアを飲んだ。さっきよりも、ちょっと苦く感じた。


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