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夜は囁く

 


 夜の闇が支配する、辺境の森の中。


 エルンの町から、2日ほど歩いた距離にある、打ち捨てられた小さな廃集落。疎らに残った廃屋に、少女の舌打ちが響く。


「……クソが。思い出してもムカつくぜ」


「そろそろ気持ちを切り替えましょう、ナテマ。私達にも次の仕事があります」


 温みのある男の声が、少女を宥める。二人はどちらもフードを間深く被り、その指には複数の指輪が嵌っていた。


「うるせぇ!」


 凶暴な声で言い返す少女は廃屋の壁を蹴飛ばし、再び舌打ちをした。


「エルンの町を落とせなかったのは、あの女冒険者共の所為だ……! 魔導具使いの、あの……!」


 少女は憤怒の声を吐き出し、奥歯をゴリゴリと噛み締める。


「確かに、魔導具使いの女冒険者は健闘していましたね。マジックキャンセラーと魔導銃を併用した戦闘は見事でした。あの魔力消費は、常人では耐えらないでしょう。怪物的な魔力量と言っていい」


 一方、男の声は穏やかなまま、揺るがずに暗がりに響く。


「……ただ私としては、あの少年の方が気になりますが」


「そうだ! それと、あのガキだ! あの灰色の髪の……!」


「えぇ。所感としては、 “剣聖”以上でしょう」


 男は興味深そうに何度か頷き、分析する口振りになる。


「あの少年は治癒術士のようでしたが、双剣術、棒術、刀術までも体得している……。それも、常人の成長曲線では到達できないような領域で」


「それがどうした? 何が言いてぇんだよ?」


「あの少年も、“見た目通りの人間ではないかもしれない”……、ということです」


「お前が調整した“器”のゾンビも、あのガキには呆気なく壊されちまったからな。“剣聖”を追い込むほどの仕上がりだったってのによ」


「えぇ。せっかく、私のお気に入りの装備を持たせてあげて、洒落た鬼の面まで用意してあげたというのに」


 そこで男は軽く笑った。他者の尊厳になど一切の関心を払わないような、むしろ、他者の尊厳を踏みにじることこそを楽しむような、酷薄な笑い方だった。


「私が思うに、彼も“器”なのでしょう。あの灰色の髪は、ある意味で魔人シリーズ初期の特徴ですから。最初期の頃のプロトタイプの、その生き残りだったりして」


「あのガキが? 初期版は廃棄されたって聞いたが……。いや、まぁそういうことなら、あの馬鹿げた強さにも納得できる。だが、人間社会に紛れ込んでる説明にはならねぇ」


「いえ。初期の“器”は、可能な限り人間に近付けることを目指したそうですから。くくく……。あの少年も、人間というカテゴリに入るのでしょう。“一応は”」


「生体反応が人間のものなら、生命保全のキャンペーンを利用する資格があるってことか。……下らねぇ。人権もセットでお得ってワケかよ」


 少女が舌打ちをして俯く。男が廃屋の外を見遣った。夜の気配が満ちた静けさの中で、木々の揺れる音だけが響いてきている。


「……案外、王族に取り入った方が、私達の待遇は良くなったりしてな」


 拗ねるような少女の軽口に、男はワザとらしく溜息を溢して見せる。


「王族の方々は、不老不死の研究に夢中ですからね。私達の死霊魔術を解析するために、私たち自身が解剖されてしまいますよ、きっと」


 疲れた言い方をする男は、少女が鼻を鳴らす。


「くだらねぇな。マジで。不老不死の研究ってのは、そんなに金になるのかよ」


「そりゃあそうでしょう。不死魔法が技術を以って一般化、応用して福祉ビジネスとして確立すれば、とんでもない巨益を生む市場になるのは間違いありません。世界がひっくり返りますよ」


「ウチの“教団”は、その金儲けの手伝いをしてるってワケだ」


「世界に変化を齎す、その第一歩ですよ」


「壮大な話だな。儲けた金で100年の時間でも買うつもりか?」


「十分ありえます。“魔王復活”なんて幼稚で陳腐な目的を果たすために、我が“教団”はどこまでも誠実ですから」


 男の声には何の感慨も無く、小馬鹿にしたような言い草だった。


「或いはギギネリエスも、“教団”の愚直さに愛想を尽かしたのかもしれません」


「……あのクソ野郎、しょぼいゾンビ騒ぎで噂を流してやがるのは知ってるが、何が目的なんだ? 冒険者を集めるためってのは分かるがよ」


 むっつりとした少女の声には警戒があった。


「だが、冒険者を集める意味なんざあるのか? あのクソ野郎が死体を欲しがるとも思えねぇ。既にアイツが所持してる死体の数なんざ、ネクロマンサーの中でもトップクラスだろ」


「彼は貴族の方々からも、随分と評価されているようですから。私達とは違って、もっと大きな仕事を任されているのでしょう。その準備に忙しいのですよ」


「けっ。大掛かりな準備だな。そろそろギルドが黙ってねぇぞ」


「それが目的なのかもしれません。力のあるクランを幾つか動かされても、彼なら全て叩き潰してみせるでしょうし。あぁ……、なるほど……」


 少女との会話の中で、男は何らかの閃きを得たのか。フードの奥で顎を摘まんだ男は、くつくつと喉の奥を鳴らす。


「彼がゾンビを発生させたダンジョン……、狩場、街道、山道……、流れる噂の規模……、ギルドが打てる手も限られる……、あとは大量の冒険者を誘い出せる場所と言えば……」


「一人でぶつぶつ言いやがって。何か分かったのかよ?」


 気持ち悪がるように少女が声を尖らせるが、それには応じず、男はひとりで納得したように呟いた。


「位置的に考えれば……、廃都のダルムボーグあたりでしょうかねぇ」



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