第180話 時の旅人、再び
第180話
時の旅人、再び
夜も更け——
店がひと息ついた頃。
ここは、深夜食堂「しのぶ」。
ふっと——
空気が変わる。
時計の針が、わずかに鈍くなる。
忍が顔を上げる。
「……来るわ」
マサが小さく笑う。
「久しぶりだな」
八恵子が戸惑う。
「えっ?なに何……?」
その時——
カラン。
暖簾が揺れ、ドアが開く。
フードを被った男女が、二組。
静かに店に入ってくる。
「お久しぶりです」
忍が微笑む。
「いらっしゃい」
マサが頷く。
「元気そうだな」
旅人の一人が視線を向ける。
「……そして」
少し間を置く。
「こちらの方は?」
マサが言う。
「八恵子だ」
八恵子が軽く頭を下げる。
「はじめまして」
旅人たちも丁寧に返す。
「八恵子さん、はじめまして」
そして——
「今回は、特別ゲストがいまして」
もう二人が前に出る。
ゆっくりとフードを外す。
現れたのは——
若い男女。
どこか面影のある顔。
その二人が、少し照れながら言った。
「……ヒイヒイじいちゃん、ばあちゃん」
一瞬、空気が止まる。
「はじめまして」
忍が固まる。
「……え?」
マサも言葉を失う。
「……な、なんだって……?」
若い二人が笑う。
「じいちゃん、ばあちゃん」
その言葉に——
ようやく理解が追いつく。
「……俺と、しのぶの……」
マサが呟く。
「未来の……孫?」
旅人の一人が静かに頷く。
「未来で、あなた達は繋がっていまして」
もう一人が続ける。
「この子達は——」
優しく言う。
「未来で、深夜食堂を開いています」
八恵子が目を見開く。
「すごい話ね……」
孫たちがカウンターに座る。
少し緊張した様子で。
「じいちゃん、ばあちゃん」
「お願いがあって来ました」
忍が優しく聞く。
「なにかしら?」
二人が顔を見合わせる。
そして——
「懐かしい味が……食べてみたくて」
マサが少し笑う。
「懐かしい?」
孫が頷く。
「未来でも出してるんです」
「でも——」
少しだけ照れながら。
「やっぱり、本物を食べてみたくて」
忍が微笑む。
「何がいいの?」
二人は同時に言った。
「カレーライス」
静かな空気。
マサが立ち上がる。
「……あいよ」
鍋に火を入れる。
じっくり炒めた玉ねぎ。
肉の旨み。
スパイスの香り。
店に、ゆっくりと広がる。
忍がそっと呟く。
「不思議ね」
八恵子が頷く。
「未来の人が、過去の味を食べに来るなんて」
しばらくして——
カレーが出来上がる。
「ほらよ」
二人がスプーンを持つ。
一口。
そして——
目を見開く。
「……これ……」
「これだ……」
その顔は、どこか懐かしさに満ちていた。
「やっぱり違う……」
「同じはずなのに……」
マサが静かに言う。
「同じじゃねぇよ」
忍が続ける。
「ここで作ってるんだもの」
孫たちが笑う。
少し涙ぐみながら。
「……ごちそうさまでした」
「また、来てもいいですか?」
忍が頷く。
「いつでもいらっしゃい」
マサも短く言う。
「待ってるぜ」
帰る時間が近づく。
旅人たちが時計を見る。
「そろそろですね」
孫たちが立ち上がる。
「じいちゃん、ばあちゃん」
深く頭を下げる。
「ありがとう」
暖簾が揺れる。
ドアが閉まる。
そして——
ふっと、時が戻る。
八恵子がぽつりと。
「……すごい夜ね」
忍が静かに微笑む。
「ええ」
マサはカウンターを見つめる。
そこには——
見慣れない硬貨と、
小さな包み。
未来のサプリメント。
そして、何かの“証”のように。
マサが呟く。
「……未来でも」
少しだけ笑う。
「ちゃんとやってるみてぇだな」
深夜食堂には今夜も、
時間を越えた“味”が
静かに残っていた。
暖簾が静かに揺れ、
時の旅人と、二人の孫の気配が消えた後——
店には、いつもの静けさが戻っていた。
しばらく、誰も口を開かない。
湯気の立つカウンター。
その空気を破ったのは——
八恵子だった。
くすっと笑いながら、
しのぶとマサに視線を向ける。
「あらあら……」
少し意味深に。
「お二人さんは、そういう関係だったのかしらぁ……?」
一瞬——
空気が固まる。
忍の頬が、みるみる赤くなる。
「えっ……ちょっ……」
言葉にならない。
マサも珍しく動揺する。
「な、なに言ってやがる……」
八恵子は楽しそうに続ける。
「だって——」
「未来で繋がってるって、言ってたじゃない」
忍がさらに赤くなる。
「そ、それは……その……」
言葉が続かない。
マサは視線を逸らしながら、
無理やり話を変える。
「お、おい八恵子」
少し強めに。
「賄い、いらねぇのか?」
完全に話題そらしだ。
八恵子がニヤリとする。
「いただくわ」
少し間を置いて——
「“仲良しな二人”のご飯をね」
忍が「もう……!」と小さく抗議する。
マサは頭をかきながら、
コンロに向き直る。
「ったく……」
小さく呟く。
その背中を見ながら、
忍は少しだけ微笑んだ。
さっきまでの出来事が、
夢じゃなかった証のように。
深夜食堂には今夜も、
ほんの少しの照れと、
確かな温もりが残っていた。
――――――――――
マサのひと言
「未来の話はな——
聞くだけで十分だ」
深夜食堂 しのぶ
お約束のレシピ
マサ流 懐かしいカレーライス
カレーってのはな——
凝ろうと思えば、いくらでも凝れる。
でもな、
「懐かしい味」ってのは
だいたい、シンプルなもんだ。
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【材料(2〜3人分)】
・玉ねぎ 1個
・にんじん 1/2本
・じゃがいも 1個
・豚こま肉 or 鶏もも肉 200g
・市販カレールウ 1/2箱
・水 500ml
(隠し味)
・醤油 小さじ1
・砂糖 ひとつまみ
・バター 少々
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【作り方】
①玉ねぎをじっくり炒める
これが一番大事だ。
弱めの中火で
**しっかり色が変わるまで炒める。**
甘みの元になる。
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②肉を入れて炒める
玉ねぎの甘みと一緒に
旨味を引き出す。
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③野菜を入れる
にんじん、じゃがいもを入れて
軽く炒める。
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④水を入れて煮る
アクを取りながら
**弱火でコトコト。**
焦らない。
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⑤ルウを入れる
火を止めてから入れる。
しっかり溶かして
再び弱火へ。
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⑥仕上げ
ここでマサ流。
・醤油を少し
・砂糖をほんのひとつまみ
・最後にバター
これでコクと懐かしさが出る。
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【ポイント】
・玉ねぎを手抜きしない
・強火で煮込まない
・味を足しすぎない
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忍が一言
「どこかで食べたことある味って、安心するのよね」
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マサのひと言
「懐かしい味ってのはな——
特別なもんじゃねぇ」
「**誰かの記憶に残ってる味のことだ**」




