第179話 ネギの豚バラ焼き
夜も更けた頃。
ここは——
深夜食堂「しのぶ」。
暖簾が揺れ、ひとりの男が入ってくる。
「こんばんは」
「いらっしゃい」
忍が笑顔で迎える。
入ってきたのは、ネギ農家の平沢さんだった。
手には大きな紙袋。
「しのぶさん、マサさん、八恵子さん……」
少し照れながら差し出す。
「こんなんで申し訳ないですけど……食べてください」
袋の中から現れたのは——
太く、まっすぐ伸びた立派なネギ。
忍が目を見開く。
「わぁ!立派なネギねぇ!」
八恵子も思わず声を上げる。
「すごい……太さが違うわ」
マサが一本手に取る。
ずっしりとした重み。
「すげぇなぁ……甘そうだぜ」
平沢さんが少し嬉しそうに笑う。
「よかったら、お礼に何かご馳走するよ」
マサが忍を見る。
「なっ?しのぶ」
忍はすぐに頷く。
「もちろんよ」
マサがネギを眺めながら考える。
「ネギが主役なやつ……か」
八恵子が笑う。
「マサさんなら大丈夫よね?」
マサはニヤリとする。
「よし、任せろ」
振り返って言う。
「しのぶ、八恵子も食うだろ?」
忍が笑う。
「まだ賄い食べてないものね」
マサは包丁を握る。
「決まりだな——」
「ネギの豚バラ焼きだ」
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ネギに軽く**隠し包丁**を入れる。
繊維を断ち、火の通りをよくする。
そこに豚バラ肉を巻いていく。
フライパンに並べると、
じゅわっ……と音が広がる。
油はひかない。
豚バラから出る脂だけ。
じっくり焼く。
ネギは徐々に透き通り、
とろりと柔らかくなっていく。
仕上げに——
塩、コショウ。
そしてポン酢をひと回し。
レモンを軽く絞る。
皿に盛り付ける。
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「ほらよ」
まずは平沢さん。
一口。
じゅわっ……。
思わず目を閉じる。
「……甘い」
驚いたように言う。
「ネギって、こんなに甘いんですね……」
忍も一口。
ふわっと笑顔になる。
「とろとろ……」
「お出汁じゃないのに、優しい味」
八恵子はゆっくり噛みしめる。
「ネギが主役って、こういうことね」
「脂と合うと、こんなに引き立つのね」
マサは腕を組む。
「いいネギだからな」
少しだけ誇らしげに。
「火を通すだけで、旨くなる」
平沢さんがぽつりと。
「こんな食べ方……初めてです」
マサが笑う。
「素材がいいと、シンプルでいいんだよ」
忍が湯呑みを差し出す。
「いい差し入れね」
八恵子も頷く。
「本当に」
平沢さんが少し照れながら言う。
「また持ってきます」
マサがすぐに返す。
「待ってるぜ」
暖簾の向こう、
静かな夜。
ネギの甘い香りが、
ゆっくりと店に残っていた。
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深夜食堂 しのぶ
お約束のレシピ
マサ流 ネギの豚バラ焼き
①ネギに軽く隠し包丁を入れる
②豚バラ肉を巻く
③油をひかずフライパンで焼く
④弱〜中火でじっくり火を通す
⑤塩・コショウで味付け
⑥仕上げにポン酢 or レモン
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マサのひと言
「いい食材はな——
手をかけすぎない方が旨い」




