第181話 素材の味を生かす
夜も更けた頃。
ここは——
深夜食堂「しのぶ」。
カラン。
暖簾をくぐる音とともに、
潮の香りをまとった男が入ってくる。
「こんばんは」
魚徳だ。
忍が柔らかく迎える。
「いらっしゃい。今日も釣りだったの?」
「ええ、まぁ……それしか取り柄がないもんで」
少し照れた笑い。
マサが鼻で笑う。
「十分すぎる取り柄だろ」
八恵子も頷く。
「こんな新鮮なお魚、なかなか食べられないもの」
魚徳がクーラーボックスを開ける。
冷気と一緒に現れたのは——
厚みのある、美しい切り身。
マサの目が変わる。
「……メカジキか」
手に取る。
ずしりとした重み。
「いい身だ」
魚徳が静かに言う。
「よかったら……食べてもらえませんか」
マサが即答する。
「もちろんだ」
包丁を手に取る。
その瞬間——
店の空気が、料理人のものに変わる。
---
まな板の上で、
メカジキが音もなく整えられていく。
トン、トン……
無駄のないリズム。
忍と八恵子が、自然と見入る。
マサが一切れを手に取る。
「まずはフライだ」
塩、コショウ。
そして——
マヨネーズ。
指でさっと塗り広げる。
「これでコクとつなぎが出る」
パン粉をつける音。
ザッ……ザッ……
油へ。
ジュワァァァ……
一気に広がる音と香り。
衣が色づき、
泡が弾ける。
その横で——
別の切り身。
フライパンにオリーブオイル。
ジュッ……
表面が焼ける音。
じっくり、動かさない。
焼き目をつける。
ひっくり返すと——
こんがりとした色。
一度取り出す。
残った油にニンニク。
チリチリ……
香りが立つ。
火を止めて——
醤油をひと回し。
ジュッ!!
一瞬で立ち上る、
焦がし醤油の香り。
店の空気が変わる。
忍が小さく息をのむ。
「いい香り……」
---
皿に並ぶ二皿。
メカジキのフライ。
そして——
メカジキのソテー。
「ほらよ」
---
魚徳がまず箸を伸ばす。
フライを一口。
サクッ。
衣が軽く割れる。
中から、ふわりと蒸気。
ゆっくり噛む。
「……」
言葉が出ない。
もう一口。
そしてようやく——
「……うまい」
忍も続く。
小さくかじる。
サクッ……
そして、とろり。
「やわらかい……」
「優しい味……」
八恵子はじっくりと。
「衣が軽いわね……」
「魚の味が消えてない」
マサは何も言わない。
ただ腕を組む。
---
次にソテー。
魚徳が一口。
じわっと広がる旨み。
香ばしさと、
魚の甘み。
思わず目を閉じる。
「……これ……」
ゆっくりと息を吐く。
「魚そのままの味だ」
忍も一口。
「……全然違うわね」
八恵子が続く。
「シンプルなのに、深い」
マサがぽつりと言う。
「いじってねぇからな」
少し間を置いて。
「いい魚は、それでいい」
魚徳が箸を置く。
しみじみと。
「……釣ってきてよかった」
その一言に、
全てが詰まっていた。
---
静かな夜。
油の香りと、焦がし醤油。
そして——
素材そのものの味。
深夜食堂には今夜も、
余計なものを削ぎ落とした“旨さ”が
静かに残っていた。
---マサ流レシピ
【メカジキのフライ(サクふわ仕上げ)】
■材料(2人分)
・メカジキ切り身 2切れ
・塩 ひとつまみ
・コショウ 少々
・マヨネーズ 大さじ1〜2
・パン粉(粗め推奨) 適量
・揚げ油 適量
■作り方
①下処理
メカジキの水気をキッチンペーパーでしっかり拭く。
(※これをやらないとベチャつく)
②下味
両面に軽く塩・コショウ。
③マヨネーズを塗る
薄く均一に塗る。
(衣の接着+コク出しの役割)
④パン粉をつける
押し付けず、**ふんわりまぶす**のがコツ。
(サクサク感を残す)
⑤揚げる
170〜180℃の油で揚げる。
・最初は触らない
・片面約2分ずつ
・表面がきつね色になったらOK
⑥油切り
立てかけるようにして余分な油を落とす。
■仕上げ
・ソース
・醤油
・塩
好みでOK。
---
【ポイント】
・マヨネーズで卵いらず
・粗めパン粉で軽い食感
・揚げすぎない(中がパサつく)
---
――――――――――
【メカジキのソテー(焦がし醤油仕立て)】
■材料(2人分)
・メカジキ 2切れ
・塩 やや強め
・コショウ しっかり
・オリーブオイル 大さじ1
・にんにく 1片(潰す)
・醤油 小さじ1〜2(減塩推奨)
■作り方
①下処理
水気を拭く。
②下味
塩・コショウは**やや強めに**。
(ソースに頼らないため)
③焼き
フライパンにオリーブオイル。
中火で加熱し、メカジキを入れる。
・動かさない
・しっかり焼き目をつける(約2〜3分)
裏返して同様に焼く。
④取り出す
焼きすぎ防止のため、一度皿へ。
⑤ソース作り
同じフライパンににんにく投入。
弱火で香り出し。
火を止めて——
醤油をひと回し。
**ジュッ!!**と一瞬で香りが立つ。
⑥仕上げ
メカジキにかける。
---
【ポイント】
・焼きすぎない(固くなる)
・醤油は火を止めてから
・にんにくは焦がさない
---
忍のひと言
「シンプルなのに、ちゃんと満足できる味ね」
---
マサのひと言
「素材がいい時はな——」
少しだけ間を置いて。
「**足すより、引け**」




