第165話 『マサの修行時代』
ここは、深夜食堂しのぶ。
夜も更け、店の外には静かな風が流れていた。
カウンターには
忍とマサ、そして八恵子。
先ほどの塩むすびの余韻が、まだ店に残っていた。
八恵子がぽつりと呟く。
「マサさんって…」
「いつから料理人なんですか?」
忍も興味深そうに顔を向ける。
「そういえば聞いたことないわね」
マサは少し困ったように笑う。
「大した話じゃねぇよ」
八恵子が笑う。
「料理人はみんなそう言うのよ」
マサは湯呑みを持ち、少し遠くを見る。
「俺が最初に入った店はな」
「町の小さなレストランだった」
忍が言う。
「洋食屋さん?」
「まぁ、そんな感じだな」
マサは続ける。
「入った理由なんて単純だ」
「飯が好きだったから」
三人が笑う。
「でもよ…」
マサの声が少し低くなる。
「料理人の世界ってのは」
「そんな甘くねぇ」
八恵子が静かに頷く。
「最初の一年はな」
「包丁なんて握らせてもらえねぇ」
忍が驚く。
「え?」
「皿洗い」
「掃除」
「ゴミ出し」
「仕込みの手伝い」
「それだけだ」
八恵子が笑う。
「あるあるね」
マサは続ける。
「それでも必死だった」
「いつか料理作れるって思ってな」
少し沈黙が流れる。
「でもある日」
「事件が起きた」
忍が身を乗り出す。
「事件?」
マサは少し笑った。
「俺がな」
「シェフの仕込みのソース」
「全部焦がした」
忍が思わず声を上げる。
「ええ!?」
八恵子は顔を覆う。
「それは…やばい」
マサは笑う。
「そりゃ怒鳴られた」
「厨房中に響くくらいな」
忍が聞く。
「辞めなかったの?」
マサは首を振る。
「辞めようと思った」
「でもよ」
「シェフがな」
少し間を置く。
「こう言ったんだ」
マサはゆっくり言った。
「料理は失敗して覚えるもんだ」
「でもな」
「同じ失敗は二度するな」
忍が微笑む。
八恵子も静かに頷く。
マサは続けた。
「その日からだ」
「俺が本気で料理やろうって思ったのは」
忍が言う。
「いいシェフだったのね」
「まぁな」
マサは少し照れたように笑う。
「怖かったけどな」
八恵子が笑う。
「料理人ってみんな怖いわよ」
その時、マサが立ち上がる。
「せっかくだ」
「昔作ってた料理、作るか」
忍が聞く。
「何?」
マサが言う。
「修行時代の賄いだ」
修行時代の賄い
ガーリックバターライス
料理人の修行中、
よく作られる簡単で力のつく一皿。
ガーリックバターライス
材料(1人分)
ご飯 1膳
にんにく 1片
バター 10g
醤油 小さじ1
塩胡椒 少々
卵 1個
刻みネギ 少々
作り方
① フライパンにバターを入れ弱火で溶かす
② みじん切りのにんにくを入れ
香りが出るまで炒める
③ ご飯を入れて強火で炒める
④ 醤油を鍋肌から入れる
⑤ 塩胡椒で味を整える
⑥ 最後に目玉焼きを乗せる
八恵子が一口食べる。
「……美味しい」
忍も頷く。
「シンプルだけど、すごくいいわね」
マサが笑う。
「料理ってのはな」
「結局ここに戻る」
忍が聞く。
「どこ?」
マサが答える。
「腹減ったやつに、旨い飯」
夜はまだ静かに続いていた。
マサの一言
「料理人ってのはな
旨いもん食わせたいって
それだけで続けてるんだよ」




