第163話 『料理人の本音』
ここは、深夜食堂しのぶ。
暖簾が揺れ、夜風が少し冷たくなってきた頃。
常連たちが帰り、店内は静かだった。
忍が湯呑みを片付けながら言う。
「今日は珍しい夜だったわね」
マサはカウンターを拭きながら頷いた。
「八恵子が来るとはなぁ…」
忍がふっと笑う。
「料理人って、不思議よね」
「どういう意味だ?」
「毎日料理してるのに、
ふと“誰かの料理を食べたい”ってなるでしょ?」
マサは腕を組んだ。
「まぁな…」
少し考えてから続ける。
「料理人ってのはよ、
だいたい外食すると勉強モードになる」
忍が笑う。
「確かに」
「味はどうだ、火加減はどうだ、
出汁は何使ってる…とか」
「純粋に楽しめないのね」
「そういうこった」
暖簾が揺れる
その時だった。
「こんばんはー」
常連の礒野さんが入ってきた。
「おっ、まだやってる?」
忍が笑顔で迎える。
「もちろんですよ」
「なんか作ってもらおうかなぁ」
マサが言う。
「今日は何が食いたい?」
礒野はカウンターに座ると笑った。
「いやぁ…
今日はマサさんの“賄い”が食べたい」
「賄い?」
「料理人が自分のために作る飯って
一番うまい気がするんだよな」
マサは少し考えた。
「……なるほどな」
賄い料理
マサが取り出したのは、
残っていた鶏肉と玉ねぎ。
フライパンで炒める。
醤油、酒、砂糖。
そこへ溶き卵。
丼ごはんに乗せる。
「ほい」
礒野が目を丸くする。
「親子丼?」
「賄い仕様だ」
一口食べた瞬間。
「うまっ!」
忍が笑う。
「でしょう?」
礒野が言う。
「なんかこう…
店の料理と違う旨さだな」
マサが肩をすくめる。
「そりゃそうだ」
「どう違うの?」
「賄いはな…」
少し考えて言った。
「誰の評価も気にしてねぇ」
忍が頷く。
「なるほどね」
「料理人の本音が出る飯だ」
礒野が箸を止める。
「料理人って大変だな」
マサは笑った。
「まぁな」
そして続ける。
「でもよ」
「旨いって顔見ると、
全部どうでもよくなるんだよ」
忍が微笑む。
「それが料理人よ」
賄い親子丼(簡単レシピ)
材料(1人分)
鶏もも肉 100g
玉ねぎ 1/4個
卵 2個
ご飯 1杯
【割り下】
醤油 大さじ1.5
みりん 大さじ1
酒 大さじ1
砂糖 小さじ1
だし 50ml
作り方
① フライパンに割り下を入れ、玉ねぎを煮る
② 鶏肉を加え火を通す
③ 溶き卵を2回に分けて流す
④ 半熟で火を止めご飯に乗せる
ポイント
卵は完全に火を通さない。
マサの一言
「料理ってのはよ、
技術も大事だが…
最後は“誰に食わせたいか”だ。」




