クリスタルゴーレム
その晩、エルンストは焚き火から離れた平らな床に、爪先で大きな丸を描いて、奥に石を三つ並べて盤面を眺めながら思索にふけっていた。
リディアによると攻撃の正体は収束された光で、左右の子機による反射を応用しているとのことだ。光を散乱させることができれば威力は減衰し、攻撃は遠くまで届かない。つまり単純な話、煙幕が有効なのだ。充分な煙幕を張れば子機に目があったとしても狙撃はされないはず。
フェリクスがエルンストの脇にしゃがんだ。
「我々の情報と煙茸を別の隊に売る手もあります。ただ、信用されるかは別ですし、煙茸の代金は二束三文でしょう。我々で倒せればSランクパーティを壊滅させた層主の素材が丸ごと手に入ります」
フェリクスは自身の考えと作戦を伝えた、二打で決まらなければ即時撤退だ。
「それなら、やる価値はある」
エルンストから許可が出た。エレナとリディアも賛同した。
◇
通路の入口の手前で、リディアが水を張った桶を二つ並べた。耳の奥がまた詰まった気がした。広間の奥で、赤い光が淡くゆっくり脈打っている。二つに割れた盾も外套の塊も、昨日と同じ所にあった。エレナがクロスボウの先を床に下ろし、弦を引き上げた。太矢を一本載せて、エルンストに渡した。掌の剥けた皮が、もう塞がりかけていた。
リディアは一つ目の桶の水面に両手をかざし、短く何か唱えた。手のひらの下から白いものが噴き出して、床を這うように広間へ流れ込んだ。桶が空になると、二つ目へ。霧は膝から腰、胸へと嵩を増し、赤い光はその奥で輪郭をなくして、薄紅の滲みになった。冷たい湿り気が頬に貼りついた。
エルンストが弓を引いた。矢じりの後ろで煙茸が揺れていた。矢は重たげに弧を描いて霧の奥へ消え、ボフッと鈍い音がした。二本目、三本目。滲んだ淡い赤い光が徐々に薄くなっていく。エルンストは弓を肩に掛け、クロスボウを取った。
霧の奥で、キンと澄んだ音がした。赤い光が滲むように膨らみ、霧の奥でジッと鳴った。光がどこへ抜けたのかは、見えなかった。
「行くぞ」
フェリクスの後でエレナが出た。メイスを両手で握り、霧の中へ。エルンストは左へ、リディアは右へ。入り口から十歩。外套の塊の脇に、根元近くで断たれた剣と死体が落ちていた。跨いだ。
霧の奥で、ときどき薄紅の光がちらついた。また赤いもやが膨み、胸の滲みとは別に、左の高い所にもう一つ、小さな赤がぼうっと灯った。左で弦が鳴った。風を切り裂く弓の音が鳴った後で、左上から甲高い音がして、硬い物が床に落ちて砕けた音がした。左側の子機が片付いたのだろう。
右の方でもリディアの短い声がして、爆発音がした。ここまでは順調だ。
キン、と聞こえた。頭の上で霧が赤く染まり、ジッと鳴った。少しだけ回りが熱くなった気がしたが、走っている影響もあるかもしれない。
霧の中から、水晶の脚が現れた。柱のように太く透き通った脚の上、エレナの頭より少し高い所で、胸の核と目が赤く脈打っていた。フェリクスはエレナの左から前へ出た。脚の正面へ回り込み、刺剣でゴーレムの核を突き刺したが、切っ先が滑って、甲高く鳴った。頭の上で、ゴーレムの顔がこちらへ回り始めた。遅い。盾を上げたまま右へ、また左へと足を運ぶと、顔はそのたびに半歩遅れてついてきた。
その間に、エレナが左足を踏み込んだ。メイスが肩の後ろから大きく弧を描いて、核へ落ちた。ミシッ、と鈍い音がした。核の表に、白い筋が一本走った。一打目。エレナはメイスを引き戻し、もう一度振りかぶった。二度目の音は、一度目より高かった。白い筋が枝分かれして、核の表に広がった。割れなかった。二打目の後、ゴーレムの顔がフェリクスを追うのをやめ、ゆっくりと、エレナのほうへ回っていく。
「時間切れだ、撤退するぞ」
やれるだけの事はやった。事前の打合せ通り煙幕がある内に撤退しよう、ここで命を賭けるほど愚かなことはない。念のため子機は倒したし、煙幕も充分張った。ゴーレムの一閃は我々に届かず霧散する。これ以上張り付けば事故りかねない。
振り返って撤退しようとしたところ、またメイスを振りかぶっているエレナが目に入った。ゴーレムの目の焦点はエレナを向いており、体の奥が赤黒く光っていた。キン、と澄んだ音がした。
「馬鹿ッ」
咄嗟に体が動いてエレナとゴーレムの間に盾を割り込ませた次の瞬間、左腕に熱を感じ、焦げた肉の匂いが鼻を刺した。左腕を襲う痛みに構わず体を翻し、右手の刺剣をひび割れた核に突き刺し切っ先が半ばまで入った、が、体勢も悪く貫くには至らず、刺剣も手から離れた。
ゴーレムが再度充填し赤黒く光り始めた。
もはやここまでか。
「完璧に理解しましたッ!」
体勢を立て直したエレナが渾身の力で刺剣の柄をメイスで叩き……張った氷が割れるような音と共に核を砕いた。
広間が暗くなった。床で燃える盾だけが、低く明かりを灯していた。胸の赤い光は消え、奥で割れた核が黒く曇っていた。刺剣の柄が、核から斜めに突き出ている。エレナは自身の肩口の裂け目に指を入れ、焦げた筋をなぞった。それから、フェリクスの左腕に目を落とした。
「冷やしてください。水袋を、まだ残っていれば!」
エレナが泣きながら何か言っているようだった。エルンストとリディアが駆け寄ってきたが、そこで意識が途切れた。




