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ブレイブメーカー  作者: M.Shah
第一部
4/24

採集

 ギルドの買い取り表で、一層で該当しそうなものは二行しかない。鎧虫の背の殻が一枚銅貨8枚で、盾の裏に張ると軽くて割れにくいので、職人が買う。二行目のマイコニドには、値の欄に横線が引いてあった。人の背丈ほどの茸が根を引きずって歩き、叩けば胞子を吐く。吸った者は半日、指が思うように動かない。麻痺薬の材料にはなるのだろうが、一匹から充分な量が採れるので、ほぼ価値がないのだろう。どの隊も一層では足を止めず、回廊へ急ぐ。


ゴブリンは岩壁の際に転がされていた。右の肘があらぬほうへ折れ、脇腹を庇って体を丸めている。エレナはその足首に縄を巻き、端をテントの杭に結んだ。結び目は二重だった。


小鍋の汁は昼から煮詰まって、焦がした砂糖のような匂いを立てていた。


エレナは木の椀に汁をすくい、ゴブリンの口元へ運んだ。ゴブリンは歯を剥いて顔を背けた。エレナが顎の付け根を親指と中指で挟むと口が開き、流し込まれた汁にむせて半分を吐き、残りを飲み下した。エレナは椀を置き、ゴブリンの首の脇に指を二本当てたまま動かなくなった。


リディアが鍋の上に屈み込んで湯気を嗅いだ。


「これ、道の脇の、傘の裏が紫のやつでしょ。あれ、どれもかじった跡がなかったんだよね。ゴブリンが食べないってことは毒? でも毒なら、ゴブリンは...」


ゴブリンはしばらく、喉の奥で細く鳴いていた。その声が途切れがちになり、やがて止んだ。瞼が半分下り、鼻から長い息が漏れた。エレナは空いた手で折れた脇腹を押した。ゴブリンは目を開けなかった。エレナは首に指を当てたまま待った。次の息は来なかった。


エレナは指を離し、汁を一滴、左の手首の内側に塗ってしばらく見ていた。それから唇の端に触れ、もう一滴を舌に落として、転がしてから吐き出した。


「これはやっぱり毒ですね」


リディアはもうゴブリンの顎をこじ開けて、覗き込んでいた。


「舌、しびれた? こっちは口の中も喉も焼けてない。じゃあ肉を溶かすほうじゃなくて、息を止めるほうだ。どれだけ入れたの?」


「二つです。息が先に止まって、脈はそのあとでした」


「二つで一匹。それも煮詰めて半分吐いてて。ねえ、乾かして粉にしたら、どこまで減らせると思う?」


エルンストが黙って小鍋を取り上げ、中身を空き地の外に捨てた。フェリクスは自分のバッグの口を開けて、堅パンを探した。味見番は、一晩ももたなかった。



◇



 一匹に四突きだったのが、三日目には三突きになり、五日目の朝には二突きで足りた。刺剣を引き抜いたあとの手首に、もう熱は残らなかった。


マイコニドは二日目に出た。突いても切っ先が軸に埋まるだけで、相手は傘を揺すって白い胞子を吐いた。急所のない相手には、勘定の立てようがない。フェリクスが口に布を巻いて下がるあいだに、エルンストが背後へ回り、軸の根元をナイフで断った。倒れた茸はそれきりただの茸だった。別で倒した鎧虫は、エルンストが関節にナイフを入れて殻を剥がした。リディアの小瓶は二日で埋まり、剥がした殻まで器になった。


味見番が死んだ翌朝、エレナの希望でエルンストは縄をかけた新しいゴブリンを空き地へ引いてきて、死ぬたびに補充された。


四日目にエルンストが引いてきた一匹は、背に弓を括りつけていた。鎧虫の脚を何本も束ね、腱で巻き締めたショートボウだった。片方の端が割れて、弦はない。リディアはゴブリンより先に弓に飛びついた。割れ目に爪を差し込み、反対の端を地面について撓めて、耳を寄せる。


「鎧虫の脚だ。向きまで揃えて束ねてある。これ、ゴブリンが作ったの? 割れたとこを継いで、糸で巻けば引けるよ。弦は……マイコニドの軸の、芯に近いとこなら撚れるかな。ねえ、これ誰が引くの」


エルンストは答えず、紫裏茸を一つ、リディアの膝に放った。


「これを、濃くできるか」


リディアは紫裏茸とエルンストの顔を見比べ、それから弓を見た。


「できるよ。でも煮詰めるだけじゃ余計なものが多すぎるから、酢で抜いて、濾して、灰汁を落とすの。効くところだけ底に沈むから、それを集めて……矢の先に塗るだけで数匹分はあると思う。どれくらい要るの」


「小壺に一つ」


「小壺? それだと茸が何十個も要るよ。そんなに生えてたっけ、道の脇にちょっとずつしか見なかったけど」


「ワシのテントの横に、五十ほど積んである。好きなだけ持っていけ」


その晩から、エレナの小鍋の隣に、リディアの鍋と濾し布と酢の瓶が並んだ。


採ってきた茸は、一匹に一種類ずつ汁にして飲ませた。エレナは一晩待ち、症状を確かめたうえで自分の手首の内側、唇、舌の順に試した。六日で五種類が済んだ。フェリクスはエレナの話を帳面に書き留め、名前は自分で付けた。


紫裏茸。傘の裏が紫で、ゴブリンはかじらない。煮出した汁を飲んだゴブリンは、眠るように息が止まった。毒。


白軸茸。腕ほどもある大きな茸で、裂くと白い。味も悪くなく、腹が膨れる。一人一日一本。運ぶ堅パンが減る。


赤斑茸。飲んだゴブリンは涎を垂らし、汗をかいて吐いた。半刻ほどで元に戻った。紫裏茸の汁を傷口に擦り込み、息が細くなったところで赤斑茸の汁を流し込むと、涎を垂らしながら息を吹き返した。


青茸。傘も軸も、裂いた中まで青い。ゴブリンに飲ませても何も起きなかった。味が良いわけでもなく毒でも薬でもないなら、運ぶ意味はない。それでもエレナは、採りに出るたびに青茸で袋を一つ埋めて戻ってきたが、独特の風味が好きなのかもしれない。


金縁茸。傘の縁が金色で、焼くと脂が滲む。試しに分けた一切れで、リディアが黙った。見つかったのは一つきり。味を知っていれば王都の料理屋が言い値で買うだろう。


残る一つは、翌朝にはゴブリンがうずくまって餌を食べなくなった。帳面からは外した。どれも買い取り表にはない。売るなら、ギルドの窓口ではなく、要る者に直接だ。


五日目に引かれてきた一匹は、首から紐で真鍮の札を下げていた。金物が珍しかったのだろうか。ギルドの登録札だった。紐を切って裏を返すと、知らない名前と、登録の日付が刻んであった。自分たちより三日早い。フェリクスは札を指で拭い、財布にしまった。ギルドに返せば、手間賃くらいは出る。財布の中で、自分の札と並んだ。


一歩間違えば自分がこうだったのであろうか? Sランクパーティは今頃四層に到着しているのだろうか? 自分により資金があれば、より人望や才能があれば深い層で稼げたかもしれない。しかし現実はどこへ行っても門前払いされた貴族の三男だ。一層のゴブリンですら四突きで手間取った。愛想のない老人、火力不足の魔術師、頭のおかしい神官、最初は安く利用できそうならそれで良かった。どこか内心、見下していた部分があったと思うが蓋を開けてみれば一番貢献が少ないのは自分だった。


学ばなくては、そして経験を培わなければならない。そうでなければ、いつかどこかで死ぬことになるだろう。


翌日、エルンストは札を下げていたゴブリンの足跡を逆に辿って出ていき、夕方に戻ってきた。腰に、見覚えのない瓶を一本下げていた。蝋で固めた栓に、王都の酒屋の印が押してある。


「寝袋が四つ、食い荒らされとった。残っとったのは、これだけじゃ」


エルンストは瓶をフェリクスに渡した。



◇



 八日目の昼、リディアは水を汲みに出るエルンストについていった。空き地から傘の下を少し行くと、地面が細く裂けて沢になっていた。水の音より先に、冷えた空気が足首に触れた。水の上には小さな羽虫が柱になって舞い、近づくと形を崩して、また寄り集まった。岸の土は削られて、下から白い岩が顔を出していた。濡れた岩肌には煙茸が白く群れて生え、丸い袋の上を灰色の粒のような虫が跳ねている。煙茸のところどころに根元からもがれた跡があり、泥に四本指の足跡が残っていた。ゴブリンも採りに来るらしい。エルンストは水袋を沢に沈めて口を石で押さえると、岩の際で膝をつき、裂けていない袋を一つ選んで根元からもいだ。指で軽く押して張りを確かめてから腰のポーチに入れ、続けてポーチが膨らむまで摘んだ。


リディアは横からしゃがみ込んでポーチの口を覗いた。繕い跡だらけの外套の肘にまで、白い粉がついていた。


「茸? 見せて。中身は胞子? 水に溶けるかな、それとも浮く? 燃やしたら何色になるんだろ。ねえ、何に使うの」


「次の層で使えるかもしれん」


「次って二層? 何に使うの?」


「知らん」


エルンストはポーチの口を縛った。腰のナイフの柄に、擦り切れかけた文字が刻まれているのが見えた。読めなかった。魔導院の書庫にもあんな字はなかった。


「じゃが、下のやつらは、上の連中を嫌う」


リディアは手近な茸を一つもいで、指で押した。口から白い粉が細く吹き出した。それを岸の上の乾いた岩に盛って、人差し指の先に小さな火を熾して寄せた。粉は燃えなかった。火の触れたところから白い煙が湧き、膝の高さに溜まったまま、いつまでも漂っていた。煙の切れたあとの粉を指でこすって、鼻先に寄せた。乾いたカビと、白墨のような匂いがした。指紋の溝に、粉が一筋ずつ同じ細かさで入り込んでいた。


「帰るぞ」


エルンストが水袋を担いでいた。リディアは手の中の茸を、沢の向こうへ投げ捨てた。ボフッと音がして、白い煙があたりを包んだ。


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