討伐隊
ボルクは竜の顎に片足を掛けて、牙を一本ずつ揺すっていった。どれも黒く腐った歯茎に根元まで埋まっていて、揺するたびに濃い汁が滲んだ。エルンストがナイフを抜いて屈み込み、いちばん太い一本のまわりを刃先で丸く切り回した。ボルクがもう一度揺すると、牙は湿った音を立てて抜けた。
前腕ほどの長さがあった。根に近いほうは黄ばんでいたが、先は白く滑らかだった。
夫婦は亡骸の脇に槍を立てていた。イルゼが荷の底から畳んだ布を出して、穂先の下に括りつけた。帝室の紋を白く染め抜いた細長い旗で、風のない泥の上では槍に沿って垂れたままだった。
「全部は運べぬな」
テオドラが竜の背の岩を見上げた。長剣はもう鞘に収まっていたが、柄に掛けた籠手は泥にまみれたままだった。
「牙を一本、証に持って上がりましょう。残りは、ギルドに報酬を付けて回収の依頼を出せばよいでしょう。旗があれば、誰の獲物かで揉めることもありませんし、あの旗であれば盗みを働くものもいないでしょう」
「討伐者の名は」
「テオドラで」
テオドラが振り返った。
「忘れたんですか? 私の依頼はあなたに竜を倒してもらうことだったんですよ」
テオドラは何か言いかけて口を閉じ、泥の上に転がった竜の頭を見た。首の切り口は、もう黒く乾き始めていた。
「……では、素材の上がりはすべて貴殿らに渡そう」
すべて、竜の素材の金がすべて懐に入る。それは非常に魅力的だが、自分の、腐っても貴族の三男であるという見栄がそれを邪魔してくる。どうすれば良いのだろうか、向こうで聞き耳を立てていたエルンストが承諾しろと圧をかけてきているように見える。後ろのエレナとリディアはというと……視線が痛い。欲しいのは山々だが、皇女の前で財布の中身を見る自分というのは、どうにも見栄えが悪い。
「回収の報酬とギルドの取り分を引いた残りを折半で。対等な探索者どうし、そのようにいたしましょう」
テオドラの指が籠手の留め具に掛かったまま止まった。外して、留め直してから、また外した。
「……それでよい」
咄嗟に後ろを向き、籠手を脇に挟んで泥で汚れた指を外套の裾で拭った。指が綺麗になっても、裾を握ったままだった。
オスカーが牙に布を幾重にも巻いて、ボルクの背に括りつけた。臭いは布を抜けてきた。
◇
上りには四日かかった。二層の広間で一晩、一層の茸の傘の下で一晩眠り、すれ違った三組の隊はどれも道の端へ避けて距離を取った。
ダンジョンを出ると、昼の光が目に刺さった。中州の砂利の上に、王国の兵の天幕が二つ張ってあった。槍を持った兵が二人、入口の前に立っていて、先頭のテオドラの鎖帷子を見て背を伸ばし、それから風下に回った臭いに顔をしかめた。
「三層の層主を討った、証を検めてもらいたい」
ボルクが背の包みを下ろして布を解いた。兵は袖で鼻を押さえて牙を覗き込み、天幕へ声をかけた。出てきた書記は紐で牙の長さを測り、テオドラの名を訊きもせずに帳簿に書きつけた。
四人の名を訊く者はなく、荷を開けろとも誰も言わなかった。
王国の検問の帳簿に、三層の層主の討伐が帝国の隊の名で載った。
砂利道の先に、王都行きの乗合馬車が三台並んでいた。フェリクスが近づくと、一台目の御者は手綱を握ったまま、馬ごと半歩下がった。
「勘弁してくれ、旦那。その臭いが馬車に移ったら、ひと月は客が乗らねえ」
二台目の御者はフェリクスが口を開く前に首を振り、三台目はもう車輪を回し始めていた。
リディアが自分の袖を鼻に当てた。
「そんなにかな」
「そうみたいですね」
エレナは画帳を抱えたまま、袖を嗅ぎもしなかった。
砂利を踏む蹄の音がして、テオドラが帝国の天幕のほうから戻ってきた。後ろで、帝国の荷運びの男が鞍を置いた馬を四頭引いていた。男は手綱をフェリクスに渡すと、息を止めた顔のまま天幕へ駆け戻っていった。
「恩人を歩かせて帰したとあっては、帝国の名折れだ。王都に着いたら、ギルドの厩に預けてくれればよい」
「照れていらっしゃるんですね♪」
「照れてなどおらぬ」
テオドラは馬の腹帯に手を伸ばして、締まっているのを確かめた。締まっていた。
リディアは馬に乗れないと言って、エレナの後ろに引き上げられた。空いた一頭には四人の荷を積んだ。エルンストは手綱を短く持ち、一度で跨がった。
フェリクスが鐙に足を掛けると、馬は耳を伏せて鼻を鳴らした。それから首を一度振って、歩き出した。
◇
川沿いの道は乾いていて、蹄が踏むたびに白い埃が立った。湾のほうから吹く風が背を押して、潮の匂いがした。
馬に揺られながら考えていた、今回も散々な冒険だった。自分が昔、子供のころに憧れていた、想像していた冒険はもっと単純で心が躍るものだったはずだ。盾で竜のブレスを受け止め、死闘の末に竜を倒し、財宝を手に入れお姫様を助ける、そんなものだった。現実はお金がなく四苦八苦し、稼ぐために沼でドロドロになり、きつい、汚い、臭い中、爪楊枝程度の攻撃力しかない刺剣でなんとかやりくりし、命を張ったにしては割に合わない報酬しか得られない。あの竜にしたってそうで、物語の中であれば威厳のある竜だが、実際は病に侵され、長い間苦しい思いをしつつ、持ち合わせた回復力により死ぬに死にきれず、惨めな竜生を送っていた気がする。どこも現実は上手くいかないものである。
前を行く馬の上で、リディアがエレナの背に額をつけて眠っていた。風が止むと、自分の袖の臭いが戻ってきてため息が出た。




