役目
エルンストが焚き火に湿った葦をくべた。煙が岩棚の上を低く這い、羽音が遠のいた。
少し戻った場所にあった岩棚だった。戻る道ではテオドラが先頭を歩き、葦を分ける音と羽音しかしなかった。
見張りの順はエルンストが決めた。最初がフェリクスだった。皆が毛布にくるまったころ、テオドラが焚き火の向こうに来て座った。テオドラの番は、まだずっと先のはずだった。
「眠れぬ」
テオドラは鎖帷子の合わせ目から、四つに畳んだ紙を出した。角が擦れて丸くなり、割れた封蝋に帝室の紋が半分残っている。開きはせず、膝の上で指で押さえた。
「任命状だ。姉上の手で私の名が書いてある」
王家の紋の入った任命状なら自分も一枚持っている、父は書類から顔を上げなかった。
「剣は五つのときから、帝国でいちばんの師に習った。鎧は宝物庫から出させた物で、隊の者は良い人材をあてがわれた。いくつかの名の知れたダンジョンを攻略してSランクパーティに認定はされたが、果たして自分の実力と言えるのか、病気で死にかけた際に初めてその疑問を感じた」
テオドラは鞘の擦り切れた所を親指でなぞった。
「貴殿らは四人で、お膳立てがない中でここまで自分達の力で下りてきた。備えなしに下りるべきではない、と貴殿は言ったな。私は今日、勝算を問われて、わからぬとしか言えなかった。わからぬまま、二度もここへ下りてきたのだ」
フェリクスは咳払いをしかけて、やめた。あれは八割、十割がた見栄で言ったことだった。初めは直接二層に行かなかったエルンストに憤慨していた。知識と経験は別のものなのだ。
「前にここで引き返したのは私だ。咳をするようになり、足元の亡骸が増えて、これ以上は進めないのは明らかだった。皆には隊を生かすためだと言った」
焚き火の中で、葦の節がはぜた。
「だが、あのとき真っ先に浮かんだのは、咳をしている者の顔ではなかった。落胆した姉上の顔だった。私が失敗して無様に死んだ報せが姉上の机に届く、それが恐ろしかったのだとようやくわかった」
テオドラは任命状を膝の上で一度だけ握った。紙が鳴った。
「仲間のために退いたのでも、死ぬのが怖くて退いたのでもない。望まれた役目を果たせぬのが怖くて退いた。隊の者が生きて戻ったのは、そのついでだ。人の情のある者の退き方ではない。個人的な見栄のために退いたのだ」
フェリクスは火に目を落とした。期待されなければしくじっても困る者はいない。父の小切手はそういう額だったが、刺剣の方はどうだったのだろうか、ただの気まぐれだったのかもしれない。この人は逆だ。可能な限りを与えられ、皇女の名を背負って、その重圧から誰にも責められていないのに、退いたことを自分で責めている。理由が何であれ、五人は生きて上へ戻った。帳面に付けるなら、それで足りる。そう言うのは簡単だったが、この人が欲しいのはそのような言葉ではないだろう。
「恐らく私には隊を率いる資格などないのだろう。今日は撤退を諭された時、どこかで安心していた私がいたように思う。歪んだ私の判断ではなく、別の誰かが決断をしてくれたのだから」
何と言ったら良いものか、思案しているうちに焚き火の中で、葦がはぜた。
「どちらを選んでも後悔はします。迷った場合、これからの人生で抱えられるほうの後悔を選べ、と昔聞きました。普通に考えるなら撤退でしょう」
「しかし、それは一般的な話です。私は欲張りなので不完全燃焼は、後悔は良くないと思います。このまま撤退すればあなたはもう立ち上がれません、我々は戦うべきです」
テオドラが顔を上げた。口に出してから、自分で驚いた。層主が倒れれば病は止み、病が止めば薬は売れない。わかっていて言った。
「勝算はわからぬと、申したはずだ」
「私も確実な勝算があるわけではありません。ただ、やってみる価値のある作戦が一つだけあります。病気を治した報酬がいらないと言いましたが、あれは撤回しましょう。報酬として我々と共に戦って、あの竜を倒してください、他の誰でもないあなた自身の証明のために。なぁに、作戦がうまくいかなそうであれば、そのまま仕切り直しということで、別の方法をゆっくり地上で考えましょう」
テオドラの眉が寄った。




