足音
二層への回廊の入口は前に通ったときと同じく空いていた。地面は下りていった隊の足で踏み固められ、黒く跡を残していた。一行はその上を通り、そのまま回廊へ入った。
回廊を抜けると、空気が冷えて、濡れた白墨の匂いがした。エレナの杖が床を突く音が硬くなった。少し進んで手近に水があり、安全そうな場所をエルンストが探してその日のキャンプ地とした。見張りの順は取り決め通りにして、フェリクスは寝袋に足を入れ、ランタンの火を細くした。遠くで水の滴る音がしていた。
二日目は、急がなかった。エルンストは道の脇の柱を大きく避けて歩き、ときどき足を止めては天井を見上げた。昼前に、頭の上で石の擦れる音がした。影が柱を離れてリディアのほうへ落ちていく、フェリクスは荷物を肩から振り落とし、二歩踏み込んで盾を上げた。爪が六角の枡の一つを引っ搔いて逸れ、石の翼が鼻先をかすめて風が頬を打った。すれ違いざまに、翼の付け根の継ぎ目へ切っ先を送った。手応えがあった。前に来たときは石の肩を滑って火花を散らすだけだった刃が、継ぎ目の奥へ入って止まった。翼が傾いた。そこへエレナのメイスが落ち、瓶の割れるような音がして、首が床を転がった。死体の石の塊は粉にするからとリディアに言われて回収したが、持つことになったのは自分だった。重量で泣きたくなったが、一層での見事な手際を見た後ではその価値はあると自分に言い聞かせた。
夕方までに、翼のある岩を二つ、石の蜘蛛を一匹片づけた。蜘蛛の脚はリディアのバッグに入った。突くたびに、刺剣は前より深く入るような感じがした。
夕方には小型のゴーレムを見かけたところリディアが興奮しだした。
「あれ欲しい! 何とか手足をもいで生け捕りにできないかな」
当たれば骨が折れる打撃を与えてくる魔物の生け捕り……盾の扱いを誤れば自分も無事では済まない。気は進まないがリディアにも何か考えがあるのかもしれないと思ったが、クリスタルゴーレムの件を思い出してため息が出た。おもちゃを欲しがるような子供の潤んだ目でこちらを見てくる。しょうがない、ここはなんとかしてやろう。
「一個だけだぞ」
持つことになったのはまた自分だった。生け捕りにした背中のゴーレムがガタゴト揺れていたが、最早そんなことはどうでも良かった。エルンストが一番恐ろしいのは人間と言っていたがその通りだ。おおらかな自分がここまで殺意を持ったことが今までにあっただろうか。
広間の手前に着いたのは、二日目の晩だった。柱のあいだの踏み均された床に、焚き火の跡が複数、前と同じ場所に残っていた。その日は重量で押しつぶされそうな疲労困憊の一日だったので崩れるように寝た。
◇
三日目は広間の手前から動かなかった。エルンストは朝のうちに広間の入口まで一人で行って戻り、それからは焚き火の脇でナイフを研いでいた。リディアは柱の根元の白い岩を叩いて欠片を集めたり、鹵獲したゴーレムで遊んだりしていた。エレナはリディアの拾った蜘蛛の脚を借りて、画帳に書き込んでいた。フェリクスは堅パンを割り、残りの数を数える以外では、ガーゴイルの死体を粉末にする作業をリディアから与えられた。
昼を過ぎたころ、エルンストの手が止まった。
広間のほうから足音がした。一人ではない、石の床を擦る、引きずるような足音がいくつか重なっていた。間に、湿った咳が混じった。
エルンストが立ち上がり、ナイフを鞘に戻した。フェリクスも腰を上げた。
「三層から上がってきた隊です。下の様子を聞けます」
情報は金で買えばいい、と言ったのはエルンストだった。フェリクスは革袋を外套の内に入れ、広間の入口のほうへ歩き出した。
通路の出口から、ランタンの明かりが一つ出てきた。五人だった。先頭の女が掲げた明かりが揺れて、後ろの者たちの姿を順に照らした。二人目は三人目の肩を担いでいて、担がれたほうの足は床を擦っているだけだった。皆、口と鼻を布で覆っていた。先頭の女の布が咳のたびにずれた。頬の皮が濡れた紙のように白く剥けて垂れていた。首の脇が拳ほどに腫れ上がり、黒ずんでいた。ランタンを持つ手の指先も黒かった。生臭い膿の匂いが、通路の冷たい空気に乗って流れてきた。
先頭の女がこちらに気づき、明かりを上げた。
「すまぬ……水を、分けてもらえぬか」
フェリクスが一歩踏み出したところで、肩をつかまれた。指が外套の上から骨に食い込んだ。
「近づくな」
エルンストは上がってきた五人から目を離さず、矢をつがえた。




