精算
貨幣価値概算
銅貨1枚: 約1千円
銀貨1枚: 約1万円
金貨1枚: 約20万円
裏口の戸が、背中で閉まった。
通りに出てから、フェリクスは外套の内から小切手を出して、もう一度額面を見た。金貨235枚。壺あたり47枚で5壺売った。フェリクスはため息を吐いた。何とか有利に交渉を進めたかったが、資金繰りが苦しいのは誰が見ても一目瞭然だ。足元を見られながら、なんとか粘って一壺47枚にしたが、内心は負けた気分だった。
十七日潜って、下から持ち帰った素材は全部で大体金貨10枚になった。エルンストがギルドを通さずに売り歩いて、それだった。食べた糧食と燃やした灯油の分を引いて四人で割ると、一人一日に銀貨2枚強、合計で言えば一人当たり金貨1枚と銀貨16枚強となった。勝算があったとはいえ、命を懸けて層主の前に立った値としては安い。
しかし我々には小壺で得た金貨235枚がある。パーティを苦労して編成した功績、今回死にかけた迷惑料も加味して自分は金貨61枚で良いのでは?下々と公平に等分しておおらかさを見せてやるのも良いかもしれない。それと比べると素材の稼ぎの安いこと! いっそ紫裏茸専門の採取業者にでもなりたいが、流動性の問題があるので上手く行かないだろう。
ただ、それだけではない。我々にはゴーレム素材もある。あれで作った武器があれば10層ぐらいまで無双できるのでは?トントン拍子で出世して自分もBランク、ゆくゆくはAランクパーティ入りだ。もしくは王国に功績を称えられてゴーレム素材と引き換えに爵位と領地を貰えるかもしれない。エルンストは執事、エレナとリディアはメイドとして雇ってやろう。どう転んでも安泰だ。
鼻歌を歌いながらリディアの工房の扉を叩いた。返事はないだろうから扉を開けてそのまま中に入る。
「リディア! そこにいたのか! 今まですっかり忘れていたが、ゴーレムの素材はどうなった、武器にしたのか? エルンストが売ったのか?」
リディアの目が泳いだ。
「あ~……、エルンストから何か聞いてない……?」
リディアはレーザーカッターの試運転を兼ねて、そして罪悪感から作っていた盾に話題を逸らすことにした。
「それより見て、盾を作ったんだよ。ベースに鋼鉄のハニカムの骨組みを作って、間を乾燥して固めたマイコニドの傘で埋めて、裏は鎧虫の殻で裏打ちして……」
フェリクスは盾をリディアの手から取って脇へ置いた。
「武具を作るのは嫌いだって言ってたじゃないか、嫌いなことをやるのはよくない。これからは好きなことに集中しよう。紫裏茸の毒の小壺あっただろ? あれ5つでいくらになったと思う? 金貨235枚、ダンジョン様々だ。ゴーレムの素材もさぞかし値段が付くだろう、Sランクパーティが全滅した未知の層主の素材だぞ!」
リディアがしどろもどろしていると戸が開いて、エルンストが入ってきた。脇に矢柄の束を抱えていた。フェリクスの背中を見て、戸口で足を止めた。
「エルンスト!」
リディアが椅子の上で伸び上がった。エルンストは矢柄の束を抱え直し、戸の外へ半歩戻りかけた。
「ちょうどよかった、ゴーレムの素材はどうなりました。伝手か何かで売ろうとしていて時間が掛かっている感じですか」
エルンストは後ろ手に戸を閉めた。矢柄の束を壁際の樽に立てかけ、一本ずつ向きを揃え始めた。もともと揃っている束だった。
「……リディアに預けた」
「つまり、武器にしたんですね! どのようなものに?」
エルンストはリディアを見た。リディアは作業台へ目を落とした。
作業台の端には、木を組んだ台が楔で締めつけてあった。上の枠に親指ほどの赤い結晶が挟まり、横に乳白色の石のかけら、先に丸い硝子が一枚。この前ここへ来たとき、鉄の板を丸く切り抜いていた道具だった。ん、赤い結晶……?
「これ」
リディアは枠の脇から板切れを取り上げた。黒い焦げの線が一本、端から端までまっすぐ通っていた。
「切る道具。木でも鉄でも切れるよ。その盾の骨格だって、全部これで切ったんだから。ほんとは遠くまで届く武器を作りたかったんだけど、ゴーレムの目の結晶がたわんで焦点を合わせ直してたの、あれが作れないんだもん。だから手の先の物しか切れそうになかった……」
フェリクスは赤い結晶に顔を寄せた。焦げた木の匂いがした。親指ほどの大きさしかなかった。Sランクの隊を七人まとめて消した層主の素材が、板切れに焦げ目を付けている。
「層主の素材を、自分のおもちゃにしたのか」
リディアは板切れを胸の前に抱えて、エルンストのほうを見た。
「欲しがる者ならいくらでもいたはずだ。これ一つで金貨235枚どころでは」
「ワシが預けたんじゃ」
エルンストは矢柄から手を離し、フェリクスが脇へ置いた盾を取り上げた。リディアのほうは見なかった。
「言うなら、ワシに言え」
盾を裏返し、六角の枡の鉄を爪で弾いた。乾いた音がした。
「鉄の帯を、ここまでまっすぐ切れる者が、王都にほかにおるか。継ぎ目に一つも隙がない」
リディアがエルンストを見上げて、口を開けたまま止まった。
「それにリディアの言うようにあのゴーレムが特別じゃったんじゃ。あのゴーレムだったからこそあの運用ができた。いくつものダンジョンと層主を見てきたワシだからわかる。あのゴーレムは規格外じゃった。それにの、そいつを売り歩いてみい。買い手は、広間で何を拾うたか必ず聞く」
フェリクスは片眉を上げた。エルンストの腰に目をやった。ナイフが二本下がっていた。片方の柄は握り込まれて黒く光り、もう片方の鞘はまだ革の色が白かった。先日ナイフを届けた際にエルンストの口元が吊り上がっていたのを思い出した。
「大丈夫、刀身、割れた刀身部分だけじゃ! どちらにせよ壊れておったから向こうも問題にはするまい。何も言わなければゴーレムが壊して失われたと思われて誰も気づかん」
エルンストのとんでもない自白を聞いた。
「……そうですか」
フェリクスは手近な木箱に腰を下ろした。外套の内で、小切手の角が胸に当たった。ゴーレム素材はおもちゃになり、王家の宝剣を横領して現場から逃亡した事実だけが残った。我々が倒したとは知られてはいけない……あの場所にいたことも出来る限り隠す必要がある。
リディアが板切れを作業台に戻し、エルンストの手から盾を取って、フェリクスの膝に載せた。
「持ってみて。前のより軽いんだよ」
ぐいっと渡されて持ってみたが、前の盾より重く感じた。もう少し長い間、夢を見ていたかった。
第一部 完




