8.王宮にて
国王陛下と親しげな雰囲気で言葉を交わしていたテオドール様は、私達が控えたのを見て、すっと横にそれた。
国王陛下の隣には先ほどの青年と、初めに馬車を用意してくれた男性が控える。
そうしてしんと静まり返った空間で、最初に口を開いたのは国王陛下だった。
「貴殿は、そちらの令嬢と面識が?」
「ええ。先の交流会で――」
「テオドール様! わたしに会いに来てくれたんですね!」
ぴょんと跳ね上がったロザリーを見て、王妃様の表情が少しだけ揺れた。それもわずかな時間だけで、うっすらとした微笑みに戻ってしまったけれど。
何を思われたか、なんて考えるまでもない。公式の、国王陛下の前でそのような振舞いをしたロザリー、そしてそれを咎めようとしないことにご立腹されたのだろう。
立場的に違うけれど、ひとまず謝罪を。そう思った私の前で、お父様が動く。さすがに、ロザリーを注意するのかしら。
「ああ、なるほど。わざわざ王宮に呼び出したのも、この話をするためですね」
「……話、とな?」
今度は、国王陛下の表情が変わった。周りに控える方々も動揺したのだろう、ひそひそと言葉を交わす様子が見受けられた。それを気にしていないのは、お父様。
むしろ、その様子を見て自分の考えが正しいとなぜか確信を持ってしまったらしい。胸を張って、声のトーンを上げた。
「陛下も人が悪い。うちのかわいいロザリーを、テオドール様がお迎えしたいと言っているのでは?」
きゃあと黄色い声を上げてお義母様と手を握り合うロザリー。はしゃぐ二人を見て満足そうに目を細めるお父様。
場の誰もが物珍しいものを見る視線を向けているというのに、三人だけは気付かずに盛り上がっている。
ああ、本当に。簡素な装いで挑んでよかった。この場で何をされても、誰からも非難の声はでない振舞いをし続ける家族のために、領民たちのお金を使わせることにならなくて。
このまま彫刻となってしまいたい、その願いは他ならぬテオドール様によって砕かれた。
ずっと礼を取っていた私の肩に軽く触れ、手を取ってから楽な姿勢へと促してくれる。
「なんでロザリーには触れないのよ!」
「遠慮なんていいんですよ、さあ!」
両親からぐいと押し出されたロザリーは、自分にもテオドール様が触れてくれることを疑ってもいない。私と違って誰かに促される前に姿勢を崩し、声を上げた三人を擁護するような人は、この場にはきっといないのに。
「……この場にいる皆に話を聞いてもらいたいところだが、貴殿らの振舞いは少々、自由が過ぎる。
公式な場での言動は、いずれ自らを追い込むことを忘れるな」
「ひっ……! し、失礼いたしました!」
お父様の隣に、私と一緒に馬車に乗ってくれた青年が控える。にこにこと笑う青年を見て、顔色をさらに悪くしたお父様は、やはり彼が誰だか分かっているのだろう。
貴族名鑑に載っている顔と名前は一致させているはずだけれど、どうしても彼の顔は記憶の中の誰とも一致しない。テオドール様の様子をちらりと窺っても、内緒だとばかりにそっと指を口元に添えるだけ。
「さて、話を進めようか。今回、このようにクローリー伯爵家を呼び出したのは他でもない。
家の今後についてだ」
空気を変えるように咳ばらいを一つ、そうして国王陛下が続けた言葉は、衝撃だった。いい話ではないと思った時から、最悪の事態として考えていたことではあったのに。
けれど、国の最高権力者から、こうして改めて言葉にされるとその重さが、ずしりとのしかかってくるような感覚があって。
何を言われても、受け入れるしかない。そう思って国王陛下の言葉を待った。
「結論から先に言おう。
本来、クローリー伯爵家を継ぐのは君だよ。リリアーナ」
言葉を漏らさなかった私を、誰か褒めてくれないだろうか。
家を継ぐのは私だなんて、今まで誰からも何も聞いたことはなかったのに。
全てを知っているだろうお父様を見ても、呆然としていて、その視線は定まっていない。そんなお父様の姿を見たお義母様とロザリーの様子など、言うまでもないだろう。
「順を追って、説明します。そうね……少し長くなるけれど、いいかしら」
「もちろんです。よろしくお願いいたします」
立っているのもやっとという様子のお父様に、困惑の表情を浮かべたお義母様、そしていまいち状況を飲み込めていないロザリーには、簡素な椅子が用意された。
誰から見ても、三人がそのまま立ち続けているのは難しいと判断されたのだろう。
私の隣にはテオドール様がいてくださるが、彼はもしかして話を聞いているのかもしれない。伯爵家の跡継ぎが私だと聞いても、水色の瞳は揺らがなかったから。
「まずはお座りなさい。そうね、まずは現状を確認しておきたいの。それぞれの言葉で、聞かせてちょうだい」
王妃様に促されてから、私にも椅子を用意してくれていたことに気付く。お父様たちに用意されたものよりも上等に見えるのは、クッションの厚みが違うからだろうか。
とはいえ、慣れていないヒールを履いていることによって足から悲鳴が上がり始めていたので、ありがたく座らせてもらうことにする。
当然とばかりにテオドール様が隣に腰掛けたのは、いささか不思議ではあるのだけれど。国王陛下も王妃様も、テオドール様の行動に何かを言う様子もないし。
「エドガー・クローリー伯爵に問おう。貴殿の領地の特産として今、力を入れているのはなにか」
「え、特産……ですか。ええっと、そのー……や、野菜です!」
「具体的には」
向かい合うように配置されたから、お父様が焦っている様子が良く分かる。私に、手助けをするような視線を向けているのにも気づいている。
けれど、この場で言葉を発することが出来るのは、国王陛下から指名されたお父様だけ。それに、私が口を挟んでしまえばそれこそ、お父様が領地の事を何も知らないと告げてしまうようなものだ。
「それは、まあ、あの……秘密です。まだ試作なので、この場にいる方々にお聞かせできるほどのもんが出来てませんので」
「そうか。では、三年前の水害についてはどうだ?」
「それは私にも聞かせていただきたい! 我が領地も不作だったのですよ」
「あの年はひどかった。どこも苦しかったはずなのに、貴殿の領地はさほど不満がなかったそうじゃないか」
国王陛下の言葉に、我もと声を上げたのは後ろに控えていた数名。あの年はたくさんの被害が重なってしまって、農作物を主軸として生計を立てている領地はどこも、厳しかったと聞いている。
そのなかでもうちの領地が飢えることなくやり過ごせたのは、領民たちの努力の結果だ。
けれど、もちろんと言っていいのかは分からないけれど、お父様は当然その話に関わっていない。だから、どう答えても正解にはならないはずだ。そして、口先だけで逃れられるような案件でもない。
「そ、そんな前の事は覚えておりませんなあ! 目の前の事に、夢中だったもので!」
「……分かった。前置きが長くなってしまい、すまないな。だがこれではっきりと理解できた」
ぱあっとお父様の顔色が変わる。ここまでの受け答えでどうしてそのように都合のいい解釈が出来るのか、私には疑問しかないのに。
お父様の隣にいる青年も、テオドール様も。ただ黙ってお父様の言動を見ていたけれど、その瞳には何の感情も映っていない。いっそ笑ってくれた方が良かったと思えるくらいで、少しだけ怖くなった。
「やはり、あなたには伯爵家を継ぐ資格はない」




