7.再会は突然に
テオドール様との手紙での交流が半年ほど続いたころだろうか。
お父様の手紙を見るという行動は習慣になる前になくなって、届く郵便に私もそこまで神経を尖らせなくなった頃。
一通の手紙が、我が家に届いた。
「これは、この印章は王家の……!?」
「まぁ! エドガー様の名前が書かれていますわ!」
「これは大変だ! おい、ペーパーナイフを持ってこい! この家で一番上等なやつだぞ!」
朝食の席で急ぎ、と割って入ってきた使用人を開口一番怒鳴ろうとしたお父様の動きが止まった。信じられないものを見るように差し出された封筒を凝視し、それから厨房にまで届いたのではないかと思うくらいの大声が響く。
宛名を知って驚きはしたものの、そこまで騒ぐようなことだろうかと思ってスープを口に運び、やっぱり驚くよな、と考え直した。冷静であろうとしていても、スープを口に運ぶ手が震えていたからだ。
使用人からペーパーナイフをひったくるように受け取ったお父様が、緊張した面持ちで封筒を開いていく。入っていた手紙は一枚、文字が裏に透けることのない紙の厚さは、やはり上等なものだと分かる。
「来る日、王宮への召集を命ずるだと! はは! やったぞ! 王家からの呼び出しだ!」
「お義父様、王家の方にお呼ばれされているの?」
「ええ、そうよロザリー! エドガー様は王家から必要と思われているから、呼ばれたの」
すごいです、と黄色い声を上げたロザリーに気分を良くしたのか、お父様の顔色は先ほどから一転している。興奮気味の声で早口になったお父様が何を言っているのか、全てを聞き取ることは出来ない。
功績を上げた覚えのない、ただの伯爵家が王家に呼ばれるなんて、何かあったとしか考えられないのだけれど。ここ最近の執務を思い返してみても、何も思い当たることがないのが不安で仕方ないのは私だけなのだろう。
「こうしてはいられないわ! エドガー様が王家へ招かれるにふさわしい服を用意しなくては!」
お義母様はこうしてはいられないとばかりに、重そうな腰を上げた。その体勢を支える腕が震え始めた頃、お父様が再び口を開く。
「そうだな。いや、待て……クローリー伯爵家、全員で来るようにとお達しだ!」
「まぁまぁまぁ! ならばデザイナーを呼ばなくては! マダム・クローネに頼みましょう!」
「ああ。最上級を用意しなくてはな!」
「お義父様、お母様。わたしも王宮へ行けるのですか?」
「もちろんよ、かわいいロザリー! あなたは、お母様がうんと綺麗にしてあげますからね!」
今度こそ立ち上がったお義母様は、自分たちも王宮へ行けるとなったことで満面の笑みを浮かべている。ロザリーだって嬉しそうだ。その様子を見ているお父様も。
本当に、どうして王宮から招集がかかったことでそのように喜べるのだろうか。国に対して貢献できた覚えなど、心当たりすらないのに。
もちろん、王宮へ上がるために最上級のものを用意するというのは間違いではないけれど。急な召集だからそこまで手配できないことは、向こうだって織り込み済みのはずだ。
ドレスとタキシードを二日で作り上げるなら、針子に金貨を積まなければ出来上がるはずもない。それを、三人は理解しようとすら思わない。
「……ほら、さっさと準備に取り掛かりなさい」
三人の盛り上がりを意識から追い出して、規則的に朝食を運んでいた私の前までやってきて、テーブルを叩きつけたお義母様。勢いよく叩かれたおかげで、人肌程度に温められたパンが籠から飛び出した。
それが手に当たったお義母様は熱いと騒いでいたけれど、このくらいで火傷をするようなら朝食どころか、スープや紅茶ですら飲めないだろうに。
「マダムに、打診は致します。お忙しいですし、このような急な日程を受けていただけるかは……」
「お前が小さい頃からの付き合いがあるんだ、受ける以外の返事はいらぬと伝えておけ!」
「……努力は、致します」
じろりと睨みつけてくるお父様の視線に耐えられず、朝食もそこそこに席を立つ。王宮についてどんな場所なのかと盛り上がるロザリーは、私の存在などすっかり頭から抜け落ちているようだ。
かわいいドレスを用意しましょう、誰かと違って、なんてお義母様の言葉が聞こえてくる。こんな時まで律儀なものだと少しだけ笑えてしまった。背中を向けるまで、口元を隠すのを忘れずに。
「お嬢様、便箋はこちらにご用意してございます」
「さすがだわ。ありがとう、シンシア」
「おそれいります」
執務室に向かった私を迎えてくれたのはシンシアと、温かな紅茶の香り。添えられていた焼き菓子はあえて焼き立てを外してくれたようだ。少しだけ固くなった焼き菓子は、手紙の上にこぼす心配がないから。
「二日後、王宮へ参ずるためのコーディネートだったら、お受けしてくださるかしら……」
「書きあがり次第、直接サロンへお届けいたします。ですが、その日程は……」
「もちろん、これで縁を失っても仕方のない行為だと分かっているわ。けれど、お父様たちを納得させるのにはそれしか思いつけないの」
服を新調できるほどの余裕など、もちろんない。家にあるものの組み合わせを新しくするくらいしか、方法を思いつけない。
忙しいマダム、使用人がサロンに手紙を持参するなど、彼女に対しての尊敬がないと言われても仕方のない行為だと分かっている。怒られるなら、誠心誠意謝ろう。そう思いながら手紙を認める。
「シンシア、お願いね」
「もちろんです。まだ紅茶は温かいですね。少しお休みください」
ポットにお湯をさすこともせずに、シンシアは執務室を出て行った。書きあがったばかりの手紙を、大事に抱えて。
きっと手紙を受け取ってもらう事すらないだろうと思っていた私は、シンシアが帰ってきたと聞いて慌てて執務室を飛び出した。
「マダム……」
「ようやく、頼ってくれたわね。リリアーナ、あなたが元気そうで何よりよ」
お父様やお義母様が玄関にたどり着くよりも早く、出迎えた私をマダムはそうやって抱きしめてくれた。
「クローネおばさま」
「……侍女から話は聞いているわ。あとは、任せなさい」
「ありがとう、ございます……っ」
マダムの来訪をたいそう喜んだお義母様とお父様に、マダムはクローゼットへ案内するように声をかけている。
その背中をひな鳥のように追いかけるロザリーがいなくなると、ざわざわしていた玄関には静けさが落ちる。
じいやの指示でひとり、またひとりと使用人が立ち去っていく玄関に残ったのは、私とシンシア。玄関の磨き上げられた床に作った水の跡は、きっとじいやが掃除してくれるはずだ。
バタバタと準備に追われ、あっという間に召集のかかった日がやって来た。
朝一番で向けてくれた馬車に四人で乗り込もうとしたが、あいにくと中に一人、案内役の執事が待っていた。
「もちろん、お前が別の馬車に乗るんだ」
「かしこまりました」
おとなしく従った私に満足そうなお父様は、執事の案内の元、真っ先に馬車に乗り込む。そうしてお義母様が続き、最後のロザリーは無邪気にまたねと告げた。
三人が乗り込んだことを確認した執事が、恭しく頭を下げたことに少しだけ疑問があったけれど、言葉になる前に次の馬車がやって来てエスコートされる。
「こちらの不手際で小さい馬車を用意してしまい、申し訳ございません」
「そんな、頭をお上げください。すぐに次の馬車を準備してくださったじゃないですか」
「寛大なお言葉、おそれいります」
次にやって来た馬車に乗っていた案内役は、先ほどの執事よりも年若く、利発な雰囲気のある青年だった。
万人から好かれそうな笑顔を見て、だんだんと緊張が和らいでいく。王宮まで馬車でどれくらいの時間がかかるかは知らなかったけれど、道中はずっと青年と会話をしていたので退屈することはなかった。
おかげで、王城に着く頃にはむしろ別の馬車で良かったのかもしれないと思うほどに。
「遅い! 汗をかいてせっかくの盛装が乱れたらどうする!」
「申し訳――」
「クローリー卿、申し訳ございません。私がエスコートになれておらず、お嬢様を迷わせてしまいました」
「い、いえっ、貴殿に謝っていただくようなことは……」
「ならば、話はここで。さあ、ご案内いたします」
私と馬車に同乗した青年が声をかけると、お父様はピシッと姿勢を正して言葉遣いさえも変えた。
もしかして、この青年はお父様が知っているくらいの身分をお持ちの方なのだろうか、なんて今更な思いが私に再び緊張を運んでくる。
一列になって歩く最後尾、私が不安を感じていると青年がこちらを向いた。それは、王宮の馬車止めから謁見室へ向かう道のりにある数々の美術品を紹介しているように見えていたけれど、視線だけは真っすぐに私に向かっていた。
「……ありがとう」
青年の声と、お父様の相槌だけが響くこの場所で、私が声を上げるわけにはいかない。そんなことをしてしまえば、青年の心遣いを無駄にしてしまう。
口の動きだけで感謝を伝えれば、しっかりと青年に届いたようでさりげないウインクが飛んできた。思わずパッと視線を逸らしてしまったが、それすら楽しそうな様子に、いつの間にか緊張を感じなくなっていた。
「クローリー伯爵家、到着いたしました!」
「……許可する。扉を開けよ」
重そうな扉の向こうに見えるのは、座っている男女とその方々を囲む何人か。立派な椅子に座っているのがおそらく、国王陛下と王妃様なのだろう。姿絵しか、拝見したことはないが。
一歩ずつ近づいていくたびに顔がはっきりと見えるようになる。そのなかにいる一人が、ゆっくりとこちらに向き直った。
「え、どうしてここに……」
クローネおば様に見繕ってもらったとはいえ、私の希望で簡素なドレスにした。どうしても、王宮に召集されるようなことに心当たりがなかったから。
悪い事態になっても咎められることにならないよう、保身から選んだ礼服のようなドレスでは会いたくなかった。かわいい、と言ってくれた彼には。
王様の椅子の隣に、テオドール様が立っていた。




