6.密かに続く
その日、私はどうやってホールから出て自室に戻ったのか、思い出せない。
それほどまでにテオドール様の言葉は強烈だった。かわいげがないと言われ続ける私に、真正面からぶつけられた好意。
「お義姉様ばかりずるいわ! せっかくお義父様が招待状を手に入れてくださったのに!」
「リリアーナ、お前は公衆の面前でロザリーに恥をかかせたそうだな」
「かわいそうに。ロザリーは自室にこもって泣いていますわ、エドガー様」
「二度と交流会に出られると思うなよ! お前宛の招待状など、見つけたらすぐに燃やしてくれる!」
隣国との交流会は、三か月に一度。それも、それぞれの国で交互に開催される。次回は隣国の学校にあるというホールでの開催を予定していると聞いていたけれど、この様子だと私が行くことは叶わないだろう。
あれだけ怒ったお父様を見るのは久しぶりだけど、私がなにかやろうとすれば全てが怒りに油を注ぐだけになるというのは、経験済み。
これからしばらくの間、すべての郵便はお父様の目を通してから私に届くことになるはずだ。
「嬉しいお言葉を頂いたお礼も、伝えられなかったわ……」
「お嬢様、どうかなさいましたか」
「いいえ、何でもないの。今日の書類はこれだけかしら」
いつもよりもかなり少ない書類の量に、思わずシンシアに聞いてしまった。彼女はただ、お父様の名前で届く書類を、私のところへと運んでいるだけだ。
やる事は変わっていないはずなのに、書類の量が減っている。書き損じなどではないならば、領地からの連絡関係が減っているのだろうか。それとも、ただ今日が少ないだけで明日からはまた、いつものような書類の山を作るほど届くのかしら。
それも嫌だけれど、書類の量を見て不安に思ってしまったからか、その方が少し安心するかも、なんて考えてしまった。
「間違いございません。アルバートさんと確認いたしました。それから、こちらを」
こちら、とシンシアが大切そうに差し出してきたのは、見覚えのない印章で封をされた手紙。一目見て上等な紙を使っていると分かる封筒の宛名には、来るはずのない人物の名前が記されている。
「シンシア……どうして、これがここに」
受け取る手が震えている。確かに、家名を名乗った。彼だったら、そこから私に繋がる手段を得ていてもおかしくはない。わずかに残る冷静な部分はそうやって判断できるのに、どうして、と思ってしまう。
私は、あの日の続きを夢見てもいいのだろうか、と。
「私は詳しいことは存じません。ただ、お嬢様の手に確実に渡すように、と厳命されております」
「じいやね……ありがとう。あとでお礼を伝えに行くわ」
「それでしたら、軽食を庭のガゼボに運びますので、その際に寄り道されてはいかがでしょうか」
今、私の手元に届く手紙は全て、お父様が目を通している。家の仕事を全て私に任せているお父様だったら、三日もすれば飽きるだろうと踏んでいたのに。
交流会から一か月が過ぎてから届いた手紙、封は切られていなかった。使用人のほとんどはお義母様が選んでいる。だから、この家で私の味方になってくれる使用人は少ない。そのなかで、お父様の目を盗める人物を、私は一人しか知らない。
「ご当主様と奥様、妹様はパーティーに招かれておりますので、これから外出なさいます。夕食は外で済ませると聞いております」
ガゼボ、と聞いて曇った私の表情をよく見ている。シンシアは、にっこりと笑って家族の予定を教えてくれた。
スケジュールは聞いていたけれど、いつごろ出かけるのかまでは把握していなかったから、その情報はとてもありがたい。同じくらい、残念だとも思うけれど。
「マダム・クローネの新作発表会ね。マダムにもご挨拶差し上げたかったのだけれど……」
「リリアーナお嬢様のお気持ちは、きっとマダムにも届いております」
「そうだと嬉しいわ」
小物を扱うセンスが抜群なマダムが立ち上げた、コーディネートのお店。お母様の友人だったから、小さい頃から細々とした交流はあった。その頃からドレスに似合うアクセサリーを見繕ってもらっていたけれど、まさかこんなにも淑女の心をつかんで離さない存在になってしまうなんて。
毎回お招きしてくださる発表会を断り続けるのも、そろそろ心苦しくなってきた。ぜひとも参加したいという気持ちを抑え込んで、手紙を書くのにも。
「本日は処理していただく書類はこちらの束で終わりです。手紙を読む時間は、ゆっくり取っていただけます」
「分かったわ。この書類の確認が終わったらガゼボで休憩します。それでいいかしら?」
「かしこまりました。手配いたします」
普段よりも押しの強いシンシアに苦笑いして、降参の意を示す。満足そうに笑ったシンシアは、宣言した通りに私の休憩の準備に向かうのだろう。一礼してから、執務室を出て行った。
しん、と静まり返った執務室に、あの頃と違うインクの香りが満ちる。お父様が使っていたインクは少々値が張るので、私が執務を担うようになってから種類を変えた。紙の上を滑るようなさらさらとした書き心地が気に入っている。もちろん、お父様は気付いていない。
「テオドール様、まさかお手紙を頂けるなんて」
印章を使ってくれたのは、きっとテオドール様なりの気遣いだ。見知らぬ名前だと家の者から警戒される場合があるけれど、印章があれば差出人の身元は保証される。
隣国の貴族といっても、ロザリーのような例もある。万が一にでも、手紙がわたしに届く前に処分されてしまわないように、と考えてくださったのだろう。
「揃って外出するなんて、そうそうないはずだわ。今お返事を書いてしまわないと」
慌ててペーパーナイフを手に取ってから、胸に手を当てて深呼吸をする。勢いに任せて開封していい手紙ではない。気持ちを落ち着けてから、ゆっくりとペーパーナイフを滑らせていく。
手紙には、あの時どうしてテオドール様が私に声をかけてくださったのか、その理由が書いてあった。
令息との話が少しだけ耳に届き、興味を引かれたこと。令嬢と実務的な話であそこまで盛り上がれたのは初めてだったこと、よければ、今後も交流を続けていきたいこと。
そんな内容が、テオドール様らしい硬い言葉遣いで並んでいた。
「……じいや、シンシア。本当にありがとう」
返事は、一週間ごとに届くようになった。
ガゼボで書いた返事には、簡単な家の事情も添えた。家の私宛だと、家族が誤って空けてしまう可能性があること、週に一度は街の郵便屋に寄るので、よければそこで留めておいて欲しいこと。
隣国の貴族であるテオドール様へ、あまり使わない手段を提案したことで気分を害されるかと思っていたのに、すんなりと了承されたことにまず驚いた。
どうしてなのかを次の手紙で尋ねた時の返事はこうだ。
『君の義妹を見るに、庶民の生活にも精通しているようだから』
あれからロザリーは交流会に参加していない。というか、参加できなくなった、という方が正しい。
招待状を無理やり入手したお父様は王家からそれとなく注意を受け、一時は肩身の狭い思いをされたそうだから。お義母様は私の招待状を使えばいいと主張していたけれど、三か月後も、その次も。クローリー伯爵家に交流会の招待状が届くことはなかった。
私も、交流会に参加する意欲はない。だって、そこに参加しなくとも、私には同じ話題で盛り上がることのできるテオドール様との交流があるのだから。
話題の歌劇でもなく、スイーツやレストランの話でもなく、帳簿の書き方のコツや使用人への仕事の振り方。
同年代の令息令嬢とは上手く続けられなかった会話が、弾んでいる。それが週に一度の手紙のやり取りだったとしても、私にとってはかけがえのない大切なものへとなっていくのに、そう時間はかからなかった。




