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かわいげがないと言われましたので  作者: 柚みつ


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14/24

14.旅の共には花束を

 

 国王陛下の言う通り、それからは毎日が書類の整理で終わった。伯爵家のものとはまた違う、今度は私自身のための書類の処理。

 クローリー伯爵家の存続は、出来なくなった。当然だろう、正式な跡継ぎが私だというのは変えられないのに、その私がこの国を出ると決めたから。

 ただ、家としての名前は、私が生きている間は残してくれると教えてくれた。この国の貴族ではなくなったけれど、今までの功績はなかったことにはしないとも。

 領地やそこに生きる人々の事は、第一王子殿下が引き継いでくれることになった。


「リリアーナ嬢、やっぱり君を手放すのは惜しいな」

「オーリ、何度も言うが……」

「分かっているよ。テオなら安心だからね」


 自分の書類だけなら、そこまで時間はかからなかったと思う。けれど、領地の事を任せてしまうオーレリアン殿下の質問があると、ついつい時間を忘れて話してしまう。

 馬車でのひと時ですら、楽しいと思えたのだから当然なのだけれど。私の考えていることをそのまま伝えてもきちんと理解をしてくれるだけでなく、より深い内容で会話ができる相手は今までいなかったから。

 領地の事を任せるのが、この方でよかったと心の底から思えるほどに、この時間は魅力的だった。


「テオドール様は、オーレリアン殿下と仲がよろしいのですね」

「小さい頃からの仲だからね。そうだ、リリアーナ嬢。小さい頃のテオはね……」

「オーリ!」


 冗談とばかりに肩を竦めたオーレリアン殿下は、まとめた書類を持って部屋を出て行った。領地で試している農作物の育て方を王都でも挑戦してみると言っていたから、きっとその相談に向かったのだろう。

 オーレリアン殿下に呆れたような視線を向けていたテオドール様も、私が書類を取り出したのを見て、考えを切り替えてくれたようだ。

 今、私が書いているのはこの国を出て、隣国の民となるための書類。それには、身元保証人の署名が必要となる。


「ありがとうございます、テオドール様」


 テオドール様は、隣国での身元保証人を何も迷うことなく、受け入れてくれた。むしろ、あのタイミングでこの国にいたのは、それが目的だったと言ってくれたけれど。

 たった一度の交流会で、少し会話をしただけの私にそこまでしてもらえるような価値があるなんて、到底思えない。きっとこれは、私に負担をかけないようにというテオドール様なりの優しさなのだろうと思い、素直に受け取らせてもらうことにした。


「これで君が処理するものは全てだ。国王陛下にお渡しすれば、君はこの国の貴族ではなく、隣国の民となる。

 ……今更だが、本当に良いのか」

「迷いがない、とは言えません。ですが、考えて出した答えです。それに、国の長たる国王陛下の前での言葉を、なかった事にする気もございません」

「失礼な事を言ったな。どうか許してほしい」

「そんな、失礼だなんて! テオドール様が私のみを心配してくださった発言だとは、理解しております。許すもなにも、初めからそんな気持ちはございません」

「ありがとう、リリアーナ嬢」


 家を残せないことは、残念に思う。母がクローリー伯爵家を大切にしていたのを覚えているから。けれど、私は少しだけ思ってしまった。自分のために、これからの時間を使ってもいいのではないかと。そう考えた時に、やりたいことは意外にも簡単に思い浮かんでいた。

 出会ってから短い間だったけれど、この人たちの前でなら自分の気持ちを素直に口にしても、怒られたりしないのだと、分かったから。


「さすがに、不備はないか」

「恐れ入ります」


 私の書いた部分、そしてテオドール様の署名に不備がないことを認めた国王陛下はとても残念そうにそう呟いた。その姿は、先ほどのオーレリアン殿下とよく似ていて。

 こんな時に思う事ではないのに、親子なのだなとしみじみ感じてしまった。私とお父様に、きっとそのようなところはないから。

 あの日、謁見室で別れてからお父様はもちろん、お義母様とロザリーにも会っていない。一度だけ、三人がどうなったのかを尋ねたけれど、明確なお返事を頂くことはなかった。ただ、果ての地で生きていくことになる、とだけ。


「リリアーナ嬢には他にもやる事があるでしょう。ここは任せて」

「ありがとうございます、王妃様」


 私を引き留めようとする国王陛下を止めてくれた王妃様の笑顔は、お淑やかなはずなのになぜだか背中に冷たいものを感じた。

 ここを出てしまえば、国王陛下と王妃様に、直接何かを聞ける機会なんて来ないだろう。それなのに、私は家族の行方を聞こうとは思えなかった。

 それでいいと思ったし、それだからかわいげがないと言われるのだ、とも思った。耳の奥で響いた、お義母様の声をなぜだか少しだけ懐かしいと思いながら、私は国王陛下と王妃様に深く頭を下げた。






 王宮を出たその足で、私は自分の家に向かった。馬車を、と申し出てくれたのを断ってまで、自分の足で歩いたのは、これがこの国で見る最後の光景になるだろうと思ったから。

 おかげで、家に着いた頃にはくたくたになってしまったけれど。でも、疲れているのにとても心地よかった。

 クローリー伯爵家が終わることはすでに連絡が入っていたようで、使用人たちはあちらこちらと慌ただしく動き回っていた。

 私を出迎えてくれたじいやとシンシアの顔を見て、肩から力が抜けたのが分かった。安心した気持ちのまま、ゆっくりと過ごしたかったけれど、やらなければならないことは山のようにある。


「お嬢さ……」

「リリアーナお嬢様、こちらの装飾品はどうなさいますか」


 お義母様が雇い入れた使用人が声をかけようとするたびに、じいやかシンシアのどちらかが遮るように私に質問をする。それがまた不自然ではないのに、何回も続くものだからとうとう使用人たちの方が根負けしたようだ。

 お義母様が雇った使用人には、再就職のために紹介状を書いた。じいやが用意してくれていたから、私は内容を確認して一筆添えただけ。けれど、その添える言葉がどれも同じになってしまったのは、仕方ない。だって、私は彼女らを推薦できるほどの仕事ぶりを、見ていないのだから。

 それでも私がこの国を出るまで、クローリー伯爵家の名前は使えるし、紹介状があれば再就職に困ることはない。


「あとはお義母様のドレスね。ロザリーのものは、もう全て引き取り手が見つかったのよね?」

「はい。ロザリー様のドレスは、デビュタント前のご令嬢が好みやすいデザインでしたので」

「なら良かったわ。処分するにはもったいないもの」


 装飾品は、クローネおば様の伝手を頼らせてもらった。おば様が気に入って一部は手元に残したと言っていたし、それが手数料代わりだと笑って引き受けてくれた。

 お義母様のドレスについては、家に来た当初のクローゼットで眠っていたものはともかく、最近のものについてはなかなか引き取り手が現れなかった。鋏を入れていい、という条件を付けてようやく、手放せたドレスの方が多いくらいだ。

 家の中を空っぽにするための作業に費やすこと、およそひと月。これが早いのか遅いのかは比べようがないけれど、四人分の荷物とそれなりの屋敷の家具を処分したのだから、早い方だろう。

 その頃にはテオドール様から、迎え入れる準備が整っているという手紙も届いていた。


 そして、今日。最後まで残ってくれた使用人、じいやとシンシアと一緒に、屋敷に鍵をかけた。


「リリアーナお嬢様、どうぞこちらを」


 年季の入った小さな鞄一つだけを携えていたじいやが、背中からそっと差し出したのは、両手に収まるほどの小ぶりな花束。色鮮やかな花の中に、私が好んでいた花が添えてあった。

 お母様が生きていた頃に教えてもらった、私の名前の由来となった花だ。これは、シンシアも知らない。私とじいやだけが分かる花を、最後にもらえるなんて。


「素敵な花束だわ。ありがとう、じいや。

 ……家を残せなくて、本当にごめんなさい」

「謝ることはありません。誰かの犠牲の上に成り立つ家など、ない方がよいのでしょう」


 私達の視線は、自然と家の方を向く。大きな家だ。そして、これから無くなる家。外に出ることはほとんどなかった私は、とても大きな家だと思っていた。けれど、王宮や隣国の事を知った今では、家のなかだけで全てを把握していたつもりになっていた自分が、何とも小さな存在に思えてしまう。


「どうぞ、これからはお嬢様ご自身の望む道を歩まれますよう。

 じいやは、共に過ごせて幸せでした」

「ありがとう。アルバート。あなたのこれからも、どうか幸せでありますよう願っています」


 じいやの先は、私も知らない。じいやほどの経験を持っているならば再就職だって容易いだろうに、紹介状はいらないと断られたからだ。自分で行く先を見つけてあるから、私の手を煩わせることなんてない、と頑なに。

 年齢を感じさせないほどの颯爽な動きで、じいやは歩いて行った。迷いのない、真っすぐな足取りで。その背中を見送ってから、隣に立つシンシアに声をかける。


「シンシア、一緒に来てくれてありがとう」

「私はクローリー伯爵家ではなく、リリアーナお嬢様付きですから」


 シンシアも、荷物は少ない。家から支給していた物で普段の生活には困らなかったと言っていたけれど、いくらなんでも少なすぎではないだろうか。

 隣国で私が準備できるものはあまりないかもしれないけれど、少しはシンシアのために用意をしないと気が済まない。残ることだって選べたシンシアが、一緒に行くと譲らなかったと聞いた私の気持ちを、感謝の形として伝えるために。


「すまない、待たせたか」

「いいえ。ちょうどいいお時間です」


 本来なら、国境まで自分たちで向かうはずだったのに、迎えの馬車を出すとこちらも譲らなかったテオドール様。そこまで心配なさらずとも、国境までは治安もいいし、迷うことなどないはずなのに。

 一度、お断りの手紙を送った時にいつもの倍量のお返事が届いてしまい、じいやとの相談の結果、甘えるという事で決めた。

 私の荷物はトランクが二個。これでも少なくしたと思っていたけれど、一緒に馬車に乗るシンシアが私のトランク一個にも満たない荷物だと知ってしまったから、多いのではないかと今更ながらに焦りを感じていると。


「荷物は、これだけか。馬車をあと二台ほど待機させていたが、不要のようだな」

「ご配慮、痛み入ります」

「せっかくのご準備を無駄にしてしまい、申し訳ありません」

「責めているわけではない。ただ、国を出るのだから、手放せない物も多いだろうと」


 シンシアがお手本のような礼を向けたので、私もそれと同じようにテオドール様に頭を下げた。私達の様子に、慌てたようなテオドール様の言葉が響く。

 大切なものを、どれも手放さなくていいようにと手配をしてくれたのだろう。割と事務的に、淡々と処理をした自覚のある私はこんな時ですら、かわいげがないのだと思ってしまう。


「どうしても、という物は持っています」

「なら、いい。トランクの中はこれからでも増やせるからな」


 馬車は、ゆっくりと走り出す。屋敷は小さくなり、とうとう見えなくなった。そうして私達の視界の先には、国境を知らせる大きな石の壁が見えてきた。

 ここを抜ければ、もう戻ってくることはない。私達を気遣ってくれたのか、馬車が速度を落とす。検問で止まった時には、王妃様からの手紙まで頂戴してしまった。

 たかが一貴族の娘には、過ぎたる待遇だろう。けれど、その温もりが嬉しくて、見えるはずもないのに何度も頭を下げてしまった。


 馬車は、速度を上げる。今度は隣国へ向かうため。順調ならば、半日ほどで着くそうだ。目の前いっぱいの草原は、初めて見る。ここだけではない、これからの生活は、新しいものばかりだろう。

 改めて、テオドール様を見る。馬車からの景色は見慣れたものなのだろう、水色の瞳はただぼんやりと、動く景色を眺めている。

 意識が私に向いたタイミングで、ピッと背筋を伸ばして、深く頭を下げる。


「テオドール様。これから、よろしくお願いいたします」

「ああ、こちらこそ」


 短い言葉でも、そこに冷たさはない。だからこれからの生活も、きっと大丈夫だ。

 それを肯定するように、私の手の中にある花束が静かに揺れた。わずかに甘い香りを漂わせながら。





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