13.かわいげがないと言われましたので
私の答えを聞いた国王陛下と王妃様は、微笑んで頷いただけで言葉を発することはなかった。代わりに、これから昨日と同じ謁見室に行くのだと教えてくれた。そこには、家族もまた揃うのだと。
一人で考えをまとめた今日は、家族に会うのが少しだけ怖い。伯爵家の書類を処理してたのは、家のためにとの思いもあったけれど、家族の中に居場所を作りたいという気持ちが強かった。
国王陛下と王妃様の話を聞いた今では、もしかしたら居場所を別のところに作れるかもしれないと思えるようになったから。
気持ちは、揺らぐだろう。ロザリーでもお義母様でもない、お父様の言葉を無視することは難しいだろうから。
私だけでは、きっとその言葉に首を振ることは出来ない。けれど、今日は背中を押してくれる方々がいる。その存在が、どれだけ心強いことか。
これからどうなろうと、その存在と言葉があったということで、胸を張っていける。
「リリアーナ! お前がいるから! お前のせいで……!」
「口を閉じろ。発言を許してはいない」
「国王陛下に許しを得るほどの話ではありません。これは、家族のやり取りです!」
「そのやり取りも、許していないと言わねば伝わらぬか」
謁見室には、すでに家族は揃っていた。昨日と同じ服装なのに、くたびれて見えるのはいつも通りの身支度を整えることが出来なかっただろうか。
家では、お義母様の身支度に一番時間を使っていたから。ロザリーはだいたい毎日似たような整え方なので、思ったよりも時間がかからない。お父様は、どれくらいの時間を使っているのかを正直把握はしていない。知らない間に家に帰ってきたと思ったら、あっという間にいなくなっていたりしていたから。
「国王とはいえ、たかが伯爵家の事情に口を挟まれるとは。よほど、耳が良いのですね」
「ああ。耳と目には恵まれていてな。貴殿にも一度、貸し与えてやろうか」
目の前の光景から逃避するように考えに耽ってしまったが、気を取り直して玉座の国王陛下の言葉に耳を傾ける。
私の姿を見た瞬間にお父様から飛んできたのは、心配でも様子を窺う言葉でもなかった。ただ、私を責めることだけ。
期待をしていなかったと言うのは嘘になる。今までの言動を見れば、こう言われるのだって想像は出来た。
けれど、伯爵家の正式な跡継ぎではないという自身の立場を知った今では、違った言葉が出てくるのではないかという思いもあった。
「まあ、上手く使いこなせるとは思えないがな」
国王陛下の言葉に怒るお父様からは、あれ以上私に対する言葉が出てこない。その様子を見ているのは国王陛下だけではないのに、怒りで顔を真っ赤にしているお父様は気づいていない。
王妃様とテオドール様がずっと見つめているのにようやく気がついたお父様は、声のボリュームを下げる。
お父様に同意するように騒いでいたお義母様は、肩を縮こまらせた。おおかた、王妃様の視線の強さに負けたのだろう。伯爵家では、誰もお義母様にそんな視線を送ることなどなかったから。
「さて、リリアーナ嬢からはすでに答えを聞いているが、改めて問おうではないか。
我が国に残り、伯爵家の当主として立つか。それとも、イングライト卿と共に隣国へ行き、その才を活かすか」
びくり、とお父様が肩を揺らす。人を威嚇するように鳴らしていた扇子がないお義母様は、私とお父様の顔を交互に見ているだけ。
ロザリーだけは、普段の様子と変わらない。家にいる時と全く同じように、かわいらしく座っている。このような雰囲気でもいつもの自分でいられるロザリーが、少しどころかとても羨ましい。
「答えを」
短い問いかけ。そこに、ひどく重いものがのっかっているような声がした。私が言葉を発してしまえば、もう取り消すことは出来ない。
一晩しか、時間はなかった。一晩、ゆっくりと考えることが出来た。だから、私はこの言葉を震えた声で伝えるわけにはいかないのだ。
「私は、隣国へ行きます。この国に、戻るつもりはございません」
テオドール様が表情を変えた。私が、この答えを選ぶとは思っていなかったと態度に出してしまったことに気づいて、すぐに口元をきゅっと引き結んでいたけれど。
緊張していたのに、その様子がおかしくて少しだけ笑ってしまった。それを見たテオドール様も、わずかに目元を和ませる。
「リリアーナ、お前……! 俺たちを、家族を捨てるのか!」
「あなたのためと思って、エドガー様は書類を任せていたのに! その気持ちを考える事も出来ないの!?」
「俺が外で顔を繋いでやったから、あいつが死んでからも伯爵家は存続できたんだからな!」
「そうよ、今まで暮らしてこれたのは誰のおかげ!?」
私の答えに納得がいかないのは、お父様とお義母様。当然だ。私がテオドール様について隣国へ行ってしまえば、伯爵家の仕事は全部自分たちに回ってくるのだから。
だからだろう。家の書類を任せていたことを自分たちの都合のいい言葉で飾っているのは。
「間違いなく、リリアーナ嬢のおかげだな」
わざわざ私の隣に移動して、お父様とお義母様が叫んでいる姿を遮るような位置に立ってくれたテオドール様。庇われた私を見て、ますますヒートアップしていくお父様と比べるまでもない。
家族、だけど。家族じゃないテオドール様が私を守ってくれるのに。私の居場所を作ってくれるのは、家族ではなかったのだ。
「他国の令息だか知らんが、偉そうに! リリアーナはうちの仕事を任せているんだ! 誰にもやらん!」
国王陛下がそっと手を上げる。それが合図だったのだろう。お父様とお義母様を取り囲むように、護衛の騎士たちが静かに動き出す。
この状況だったら、確かにいつ手が出てもおかしくない。足元が覚束ないほどのお酒を飲んだお父様だったら、感情に任せて拳をふるっていただろう。
「リリアーナ嬢」
「私は……戻りません」
自分の意見を言うのは、怖い。それがお父様やお義母様の求めている答えではなかったときに、怒られた記憶はまだ新しい。
食事を抜かれたり、使用人を使って嫌がらせをされたりだってした。自分の意見を最後に誰かに伝えたのは、いつだったか。それくらい前から、私は諦めていた。
けれど、今はお父様にお酒は入っていない。そして、背に庇ってくれるテオドール様がいる。何を言っても近いうちに隣国へ行けるのだと思えば、少しだけ強くあれる。
お母様が繋いだあの家を守れないのは、悲しいけれど。
「家には感謝しています。けれど、誰も私に感謝してはくれなかった」
「子供が親のために働くのは当然よ! 感謝を求めるなんて、そんな理由で出て行くと言うの?」
「私にとっては、そんなではありません。クローリー伯爵家のためにずっと、書類と向き合っていたのですから」
「伯爵家の子が家のことをやるのに、何が不満だと言うんだ!」
「だからあんたはかわいげがないのよ!」
お義母様からその言葉が出た瞬間、私のなかでずっと溜め込んでいた感情を抑えられなくなった。
「ええ。仰る通りです。かわいげがないと言われましたので、私は家を出るんです」
ハッとしたようにお義母様が口を押さえたが、一度出た言葉を取り消すことは出来ない。そしてこの場には、国の最高権力者たるお二方に、隣国の貴族であるテオドール様もいる。
発言の撤回など、不可能だ。
がっくりと肩を落としたお義母様と、悔しそうに歯ぎしりしているお父様は待機していた騎士たちが連れて行った。
「お義姉様」
「ロザリー、あなたはどうするの」
「私は、お母様についていきます。だって、それがかわいい娘なんでしょう?」
ロザリーは勉強することがあまり好きでないから、言葉遣いが年齢よりも幼い。だけど、それだけだ。お義母様がかわいいと言ったことはずっと覚えているし、次に役立てることもできる。頭が悪いわけではないのは、この場で普段通りの立ち振る舞いをしていたその姿が、証明になるだろう。
「ねぇ、お義姉様?」
「……何かしら」
「手紙を送ってもいいかしら。わたし、お義姉様と仲良くなりたかったの!」
隣国へ向かう私は、簡単に許可を出すことが出来ない。無事に手紙が届く保証だってできないから。
そっとテオドール様を見たら、仕方ないとばかりに頷いてくれた。それはロザリーにも通じたようで、お義母様からかわいいと褒められた笑顔を見せる。表情を崩さないテオドール様にぷっくりと頬を膨らませたロザリーは、そのまま振り返ることなく謁見室を出て行った。
「リリアーナ嬢ほどの実務能力を持つなら、王宮でも引く手あまただがな」
「彼女自身が、この国を出ると決めたのです。それを覆そうなどと、職権乱用ですよ」
「分かっている。さて、たくさんの手続きがあるが、その前にひとまず休憩だ。昨夜と同じ部屋を使えるようにしてある」
「ありがとうございます。御前、失礼いたします」
手は震えているし足をどう動かして歩いて行ったのか、思い出せない。それでも自分の意見を言えたこと、認めてもらえたこと、そして私の行きたいところを私が決められたこと。
もちろんそれだけではないし、伯爵家がどうなるかの不安だってある。でも、今は初めて書類をお父様に褒めてもらえた時のような気持ちで、胸がいっぱいだ。




