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かわいげがないと言われましたので  作者: 柚みつ


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11.選んだ未来


 にこにこと同じ笑顔を向けながら告げた王妃様に、間違いなくこの人は国を背負って生きているのだと場違いな感想を抱いてしまう。

 私に差し出された手、どちらかしか選べない、未来。


「伯爵家を継ぐか、隣国へ行くか……」


 言葉にするなら簡単だ。けれど、これは簡単に決めていい事柄ではない。私にこの提案をするから、テオドール様を呼んだのだろう。私のために、お忙しいテオドール様を振り回してしまったのではないかと申し訳なくなる。


「ええ、そうよ。隣国に行くなら留学でもいいのではと提案したの。今日は、その相談もあったのよ」


 私のためだけにテオドール様が来たわけではない、と直接は言わない王妃様の心遣いに答えるように、少しだけ頭を下げる。名前を出されたテオドール様が涼しい顔をしてお茶を飲んでいるのだから、この配慮に大げさな感謝を見せるのは逆に失礼だ。

 僅かな音すら立てずにカップをソーサーに戻したテオドール様が、真っすぐ私を見る。流れる水のような色の瞳に見え隠れするのは、怒りだろうか。


「戻って、また同じ環境になっているとも限らない。それほど、あの人らは君を迫害していたんだよ、リリアーナ嬢」

「私達も同じ見解よ。それならば、いっそのこと手を出すことのできない距離を取ってしまおうという話になったの」


 迫害。そう言われて私への周りの態度を思い出す。お母様が亡くなってから変わった使用人、お義母様の態度の違い、お父様の変化。どれも名前をつけてしまえば、そう見えるのだろう。

 知ってしまったから、見て見ぬふりは出来ないのだろう。国の上に立つ者として、貴族という制度を運用している長として、一つを見逃してしまったら次はそれを悪用しようとする人が必ず現れるから。


「でも……」


 かわいげのない私が家のために出来ること、と思って執務をしていたのは自分の意志。これだけは、誰から何を言われても譲りたくない。


「家族のため、家のために頑張っているのはこれまでを見れば良く分かるわ。だって、エドガーは馬車での道中、何も答えられなかったんですから」


 ほろり、私の中で固く結んでいたものが解けていくのが分かった。何を言わなくても、理解してくれていた。頑張っていたことは、届いていたのだと。それが分かったことが嬉しい。

 静かに差し出されたお茶は、緊張で冷えた指先にじんわりとした温もりを与えてくれる。そっと口に運んで、体も満たしてから王妃様の言葉を思い返した。


「やはり、馬車の中では話があったのですね」

「もちろんよ。リリアーナ、あなたはあの子と話が弾んだでしょう?」

「ええ、とても……楽しいひと時でした」


 王妃様があの子、と称するには少々年齢が合わないけれど。馬車を回してくれた青年は、私の話にも嫌な顔をすることなく、むしろ生き生きとしていた。馬車がもっとゆっくりと走ってくれたらいいのに、と願うくらいに充実した会話が出来たのは、テオドール様に続いて二人目だ。

 王宮についてからのお父様の態度は気になるけれど、彼が後ろに控えていることに、あの場にいる誰からも指摘はなかった。


「あの話を楽しいと言えるリリアーナ嬢には、ぜひともうちに来てもらいたいのだが」

「そうだと分かった以上、私達だって簡単に手放す気はなくてよ?」


 にこにこと笑う王妃様に、表情を崩さないテオドール様が、なぜだかバチバチと見えない火花を散らしているような気がする。それも、どうやら私の事で。

 そこまでは分かったのに、どうして私の事でお二人がけん制し合っているのかが分からない。さっきまで、伯爵家を継ぐか隣国へ行くかという話をしていたはずなのに、その時の重い空気はどこかへ消え去ってしまったようだ。


「第一王子殿下が相手だと、少々こちらの分が悪いか。だからといって譲るつもりもない」

「だ、第一王子殿下!? 私、大変なご無礼を……」


 王妃様が愛おし気にあの子、と呼ぶ人物など限られていると、どうして気づけなかったのだろう。馬車をご一緒して盛り上がったあの青年は、第一王子殿下だったなんて。あれほど間近で会話をしたというのに、国の権力者であると認識できなかったなど、失礼という言葉で片付けていいはずがない。


「いいのよ。あの子、それを楽しんでいるのだから。王妃という立場からは、あまり褒められないのでしょうけれどね」

「父は、第一王子殿下をご存じだったのですね」

「知っていても、それだけだ。知らなかったとしても気に病むことではない」


 どうしてお父様が第一王子殿下の顔を知っていたのかは疑問だけれど、それを聞いたところで答えはないだろう。

 私は、今日知れた。ならば次の機会には、相応の対応を出来るようにすればいいのだから。


「リリアーナ」


 真剣な声をした王妃様に、自然と背筋が伸びる。何を言われるのだろうと、きゅっと口を引き結ぶ。膝に置いた手は、微かに震えている。

 そんな私を見て、王妃様はふっとわずかに笑みを漏らすと、口を開いた。


「急な話で、自分の中で整理をつけるのも時間がかかるでしょう。でもね、申し訳ないけれどそこまで時間をあげられるわけじゃないの」


 知ってしまったから、なかったことにはならない。先ほどの会話が頭の中でぐるぐる回る。貴族としてそこまでの力があるわけではない伯爵家だから、一度流れた噂を消すのは難しい。

 当主が正しく継げていなかっただけでも十分な傷になるのに、お父様やお義母様が自分たちに都合のいい話を振りまいてしまったらどうなるか、なんて想像するまでもない。

 話がこの王宮内で留まっている今だったら、どうにだってできるのだろう。それができるのが王家なのだから。


「明日よ。明日の、同じ時間に答えを聞くわ。

 ……今日はこのまま、ここに泊まりなさい」

「また明日、会いに来る。私としては、君が来てくれることを願っている」


 お父様たちがどうなるのか、そんな話を一切出すことなく二人は部屋を出て行った。同じような話を国王陛下からされているのであれば、お父様たち三人も今日は王宮に留まるのだろう。あることないことを吹聴されてしまっても困るから。


 大きな窓からは夕焼けに染まった空が良く見える。青とオレンジが混ざっていく時間は、お母様の温もりを思い出して少しだけ、切なくなる。

 伯爵家はお母様の血筋で、お父様は入り婿だから家の主でいられるのは、私が成人するまでの間だけ。その私は、とっくに成人を迎えているから本来だったらクローリー伯爵家の当主になっているはずだった。

 こんなたくさんの情報を、半日で受け入れられるはずはない。けれど、決めなくてはならない。私の決めた道が、あの三人の行く先をも決めるのだとしても。


「せっかくの料理なのに、味を覚えていられそうにないわ」


 王宮の料理人から料理を振る舞ってもらう機会など、そう何度も巡ってくるものではない。このような幸運をありがたいと思いながらも、私の舌はそこまで繊細ではないからどれも美味しい、という平凡な感想しか抱けない。

 これがうちの料理人たちだったら、日々の料理に活かしてくれると分かっていることが、すごくもったいなく感じてしまう。

 見た目だけでも教えてあげたいので、机に備えてあった紙の束を少しだけ頂戴することにした。どんな味だったか、それだけでも書いておけばきっと研究してくれるだろう。


「現実から目を背けているわけではないのよ。ええ、これは考えをまとめるために……」


 誰が聞いているわけでもないのに、何も考えていない口から出るのは言い訳じみた言葉。目の前の紙には、領地での気になっている事と、第一王子殿下やテオドール様と話して試してみたい事を書き留めてある。

 もう、外は真っ暗になり星のきらめきが美しく輝いている。寝る準備をしてくれた使用人はおそらく外に控えてくれているけれど、私が一人でいられるように最大限の配慮をしてくれている。


 だから、私は考えをまとめて答えを出さなければならない。それが、王妃様やテオドール様、そして国王陛下の望んでいる事だというのもある。

 けれど、何より私が選んでいいというのだったら。家のためにと書類に囲まれる生活しかしていない、社交をうまくこなすこともできない私が、選んでもいいのだったら。


 そうして迎えた朝、目覚めの挨拶もそこそこに答えを聞きに来た国王陛下と王妃様に、私は晴れやかな気持ちで答えを告げることが出来た。


「私は、隣国へ行きます」




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