アノーラ、伯爵を浄化する
ここから後日談的なものです。
通常、爵位も領地も取り上げられた貴族は、残された財産を食い潰すようにお酒に溺れたりするものです。しかし、元伯爵家当主のホーキンス様は少し異なりました。
彼が正式に平民となった二日後、私達は王都のカフェで会うことに。
約束の時間にお店に行くと、ホーキンス様は貴族らしさが完全に抜けたシンプルな服装で現れました。
「お久しぶりです、アノーラ様。先日は大変ご迷惑をおかけしました」
驚いたことに口調からも以前の嫌味な感じが抜けています。いったい何があったというのでしょう。
なかなか状況が整理できない私に代わってホーキンス様は言葉を続けます。
「実は、アノーラ様に土に埋められて以来、心境に変化がありまして」
「ほほう、どのような?」
「これまで長く囚われていたものから解放された感じですね。貴族としてあるべき姿、と申しますか」
「確かに、以前はいかにも貴族という雰囲気でした」
「農園で野菜と共に大地に埋まってみると、とてもくだらないことのように思えたのです。もう実際に貴族でもなくなり、すっきりした心持ちですよ」
……なんと、私の〈農作物体験〉にこんな浄化の効能があったとは。(単なるショック療法な気がしなくもないですが、)きっと私の善意が通じたのでしょう。
お茶を飲み終えたホーキンス様は椅子から立ち上がりました。
「今から旅に出るので、これで失礼します」
「またなぜ旅に? 王都で暮らしていけるだけの財はお持ちですよね?」
「あなたからも伯父上からも、自分を見つめ直せと散々言われましたので。せっかくですから世界を見て回りながら見つめ直そうかと」
「そうですか。では餞別を差し上げましょう。私自慢の」
「かぼちゃは結構です。荷物になりますので」
そうですか……。
少々がっかりした気分でカフェ名物のパンプキンパイを口に運びました。
そんな私を見てホーキンス様はクスリと笑みを。彼は去り際に、思い出したようにこちらにもう一度振り返りました。
「私の領地だった土地をアノーラ様に当てがう案が浮上しているそうです。聞けば、あなたはこれまでも度々、爵位や領地の授与を断っているとか。あれだけの影響力をお持ちの聖女様なのですから、そろそろそれなりの地位を得てもいいのでは? よければ今回の王国からの打診はお受けください。私も知らない誰かより、あなたの領地になった方が嬉しいです」
こう言葉を残して元伯爵様は王都から旅立っていきました。
……伯爵家を潰したのは私なのに。何という度量、本当に別人になってしまわれました。
男爵家の小さな屋敷に帰ってお父様に伺ったところ、実際に私に爵位と領地をくださる話があるそうです。ホーキンス様から言われたこともあって、今回は私もしばらく検討してみることにしました。
私自身は現在の暮らしに満足していることに変わりありませんが、今なら無職になった伯爵家の使用人達を丸ごと引き受けることができます。それに、あれだけの農園があれば、私がホーキンス様に勧めた慈善事業にも乗り出すことも可能でしょう。
ただ、私には新たに心ひかれるものができてしまいました。
旅、ですか。いいですね、私も世界を回って困っている人々を助ける旅がしたくなってきました。善意の輪を世界中に広げるのです。
ですがやはり、王都の困っている人々を助けるのが先決ですかね……。王国からの打診があれば今回はお受けしてもいいかもしれません。
ホーキンス様が旅立ってから数日後、もう一人の方も王都を離れることになりました。
子爵令嬢さんが地方の修道院に向けて発ちます。私もそのお見送りに馬車乗り場まで足を運びました。
こちらもすっかり地味になってしまった子爵令嬢さん。私はその手をぎゅっと握りました。
「大丈夫ですよ、あなたも〈農作物体験〉をしたのですから、すでに心は浄化されています」
「え……、ただ土に埋まっただけで、これといっては……」
「…………。〈農作物体験〉で、浄化されましたよね?」
「は、はい、すっかり浄化されました……」
よかったです、やはりあの魔法は荒んだ性悪の心を清めてくれるのでしょう。では、彼女にも餞別に自慢のこれを……。
と私は足元に置いていたかぼちゃを持ち上げました。
「差し上げます」
「しかし、その大きさの物は荷物に」
「あなたは貰ってくれますよね?」
「……いただいて、参ります」




