アノーラ、伯爵家を潰す
「それでは、これから末永くよろしくお願いします」
と深々と頭を下げる私の前に子爵令嬢さんがツカツカと詰め寄ってきます。
「まるで結婚したような挨拶はやめてください! このおっとり令嬢!」
彼女は私が持つかぼちゃを力いっぱい叩きました。床に落下したそれは無残にも真っ二つに。
ああ! 私の自慢のかぼちゃが……!
……この子が、いったい何をしたというのです。ただ美味しく食べてもらうためだけに大きくなったこの子に、なんて仕打ちを……。
…………、許しません!
次の瞬間、私達のいる屋敷全体がグラグラと大きく揺れはじめました。ホーキンス様も子爵令嬢さんも立っていられずに、悲鳴を上げてその場に屈みこみます。
お二人の様子を見て、私は我に返りました。
「すみません! で、では、私は今から早速農園の方へ!」
二つになったかぼちゃを回収して、私はそそくさとホーキンス様の屋敷を後に。
……危ないところでした。私の怒りに反応した地霊さん達があと少しで屋敷を……。
気をつけなければなりません。毎日修練を続け、たまに土木工事をしていた私の魔力はもう四年前とは違うのですから。私の力は善意を施すためにあるということを肝に銘じなければ。
あ、そうです、では善意を持ってホーキンス様と子爵令嬢さんが作物の気持ちになれるような魔法を考えましょう。決して復讐ではありません、善意を持って作物になっていただくだけです。
さて、伯爵家の農園に移動した私は、広大な土地を前にしていました。いくつもの区画に分けられ、当家の農園の数十倍、いえ、百倍はあるでしょうか。
しかし、私自身はそれほど時間を取られずに済みました。各区画の端っこから地霊さん達に作物を元気にしてくれるようお願いするだけですので。移動が少し大変ですが、それでも大体一時間弱でその日の仕事は終わりました。
そうして私が伯爵家の農園で働きはじめて一か月が経ち、目に見えて成果が表れるように。全ての作物が大きく育ち、加えて収穫量も増えたことから農園の売り上げは前月の二倍以上になりました。
お給金をいただきに伯爵家の屋敷に行くと、ホーキンス様も子爵令嬢さんも上機嫌で私を歓待。
「あなたを雇って大正解でした。さすが農聖女と呼ばれているだけはありますね。しかし、給金は本当に他の使用人達と同じでよいのですか?」
「本人がそれでいいと言っているのだから、よろしいでしょう、ホーキンス様。私達はとてもよい拾い物をしましたわ。農聖女様、これからも私達のためにしっかりお願いしますね」
饒舌なお二人に、私は笑顔で頷きを返します。
「喜んでいただけて何よりです。ところで、農園の収穫量も売り上げも増えましたし、少しばかり恵まれない家庭を支援する施設などに寄付をしてみるのはどうでしょうか?」
この提案に対し、ホーキンス様も子爵令嬢さんも途端に不機嫌な表情に。
「なぜ我が伯爵家がそのようなことを? 慈善事業は他の貴族にやらせておけばいいのです。私の築いた財は私の物。平民のことなど知りません」
「まったくその通りですわ。富める者はより富み、貧しい者は貧しいまま。これが世界の摂理です」
なんと、予想以上にひどい答が返ってきました。今の提案が最後の機会だったのですが、無駄だったようです。
では、仕方ありません。
「さすが伯爵様です。そんなあなたのために私がさらに財を築いてご覧に入れましょう。本日よりあなたのためだけに力を使います。ついては、ますます仕事に励むため、こちらに私の住まいをご用意くださいませんか?」
「ふむ、では屋敷に部屋を用意させましょう」
「いえいえ、使用人の私にはもったいないです。あ、そうです、納屋の一つをお貸しください。農聖女の私にはそれで充分ですので」
私の言葉を聞いた子爵令嬢さんが我慢できないといった様子で笑い出しました。
「ふふふふふ、本当におかしな人ですね。ホーキンス様、よろしいのでは? 希望通り納屋を当てがってあげましょう」
こうして農園の納屋に住むことになった私は、伯爵家の敷地からは一切出ることなく、一日の全てをその中で完結させるようになりました。と言いましても私の労働時間は一時間弱ですので、空いた分は伯爵家の庭園を散策したり、屋敷の厨房でお茶をいただいたり、納屋の改装に凝ってみたり、と気ままに過ごすことに。
なかなか悪くない生活なのですが、おそらく一か月ほどで終わるでしょう。
そうそう、納屋生活に入った直後に一通だけ手紙を実家の男爵家に出しました。その内容は『これからは伯爵家の納屋で暮らすことなりました。この先、伯爵家のためだけに力を使います』というもので、本当のことしか書いていません。
家宛の手紙ですが、お父様はあちこちの人に頼まれてこれを見せることになると思います。
そして、納屋生活を始めてから一か月が過ぎました。
いつものように庭園で地霊さん達と交信していた私は、時が満ちたことを知ることに。
「なるほど、今日ですか。では、皆さんに避難を促しにいきましょう」
伯爵家の屋敷に入った私は、全ての使用人に夕刻までにこっそり退避するように伝えました。ここの皆さんからの頼み事もこの二か月間で色々とこなしていたこともあり、全員が私を信じて動いてくれるようです。
その後、屋敷を出た私は自分の住まいである納屋へ。
地霊さん達に敷地全体を感知してもらいつつ時間を潰しました。
太陽が傾き出した頃、使用人全員が屋敷から出たことを確認。そこから半時ほどして、ようやくホーキンス様と子爵令嬢さんが屋敷に自分達しかいないことに気付いたようです。
「慌てふためいていますね。ですが、もう遅いようです」
窓から屋敷の方を窺うと、暗がりに仄かな明かりが。光は徐々に強くなり、やがて屋敷がある辺りに炎が立ち上るのが見えました。
同時に私の納屋に接近する大勢の人を感知。扉が開け放たれ、見知った顔の人々がなだれこんできました。王都各地の農園関係者、またはそれと取引のある商売人達です。
「聖女様、ご無事ですか! 助けに参りましたよ!」
「伯爵の野郎め! こんな汚い納屋に聖女様を閉じこめやがって! ……あれ、意外と中は綺麗ですね」
椅子に腰かけていた私は立ち上がって深々と頭をぺこり。
「はい、自分で改装しましたので。ともあれ、皆さん、来てくださってありがとうございます」
もう一度窓の外に目を向けると、屋敷が赤々と炎に包まれていました。
「おや、伯爵様の屋敷が燃えていますね」
「聖女様を監禁してその恩恵を独占していた伯爵に皆怒り心頭ですから」
「あれくらいは当然の報いですよ」
人々はうんうんと頷いて同意。やはり焼き討ちは必須だったようです。使用人の皆さんに退避してもらって正解でした。
敷地全体の見取り図を広げた私は一箇所に印を付けて人々に。
「伯爵様の伯父に当たる侯爵様もいらしていると思うのです。見つけてここに来てくださるように言ってくれますか?」
「分かりました。えーと、ここは農園ですね」
そう、地霊さん達の感知によれば、ホーキンス様と子爵令嬢さんは農園に逃げこんだようです。
救出に来てくれた皆さんにもう一度お礼を言って、私はランタンを手に納屋を出ました。
やがて私が農園に辿り着くと、手の明かりに反応したらしく、ホーキンス様達が再び逃走を開始。このままでは追いかけっこになってしまうので、地霊さん達に足止めをお願い……、しようとして考えを変えました。
「ちょうど場所も農園ですし、お二人のために作ったこの魔法を使いましょう。〈農作物体験〉」
私が手をかざしてすぐに、真っ暗な畑の中で、ズン、ズン、と鈍い音が。
ランタンで照らしながら足元を見ていきます。
ふーむ、キャベツ、キャベツ、キャベツ……、……キャベツ、キャベツ、ホーキンス様、子爵令嬢さん、キャベツ、キャベツ、あ、今いましたね。
後戻りした私は再度ランタンで確認。そこには、首まで土の中に埋まったホーキンス様達がいました。
頭だけの姿になったお二人に、私は屈みこんで目線を近付けます。
「どうでしょう、農作物の気持ちは分かりましたか?」
「分かりませんよ! これはあなたの魔法なのですか!」
ホーキンス様はいつになく声を荒げます。首から上しか動かせないので仕方ないかもしれません。
では、質問を変えましょう。
「どうして王都中の人々に攻め立てられているか、分かりますか?」
「……分かりませんよ。何がどうなっているのかさっぱりです」
「私はきちんと言いましたよ。ホーキンス様のためだけに力を使うと。あなたはそれを喜んで受け入れ、その結果が現在の状況です」
「何がいけないのです! 王都の民に迷惑はかけていないでしょう!」
「いいえ、大いにかけています。私はこの四年間ずっと、王都中の農園を定期巡回して公平に力を注いできたのですから。ホーキンス様はご存じないようでしたが、こちらにも伺っていました。貴族、平民問わず行っていたその活動を一か月前にやめたのです」
土の上にあるホーキンス様の顔が青ざめていくのが見て取れました。ようやく状況が理解できはじめたようです。
「で、では、私に怒っているのは、平民だけではなく貴族も……?」
「さらに言うなら王族の方々もです。あの方々の農園も回っていましたから」
私からの追加情報に、もう彼は言葉が出ない様子です。代わりに私が話を続けました。
「ホーキンス様が少しでも周囲のことに目を配っていたなら、ここまでの大事になる前に何とでもできたはずです。あなたは自分のことばかり。ご自身もこの王都という社会の一員だという事実を認識して、身勝手な考えや行動を見つめ直してください」
いずれにしろ見つめ直さざるをえないと思います。これまでのようには暮らせないでしょうから。
遠くからもう一つランタンの明かりが近付いてきます。程なくその持ち主の姿がはっきりと。私の農園に通っていたあの年配の紳士さんです。まず私の方から声をかけました。
「侯爵様、このような事態になってしまい、申し訳ありません」
そう、彼がホーキンス様の伯父の侯爵様だったのです。私は地霊さん達の力を借りて、割と早い段階でこの事実に気付きました。彼が私をこの伯爵家に送りこんだ理由も。
謝ったのはこちらなのに、侯爵様の方が頭を下げていました。
「アノーラ様、お許しを。清らかなあなたのお心に触れれば、この愚かな甥も少しはまともになると思ったのですが……。大変なお手間を煩わせることになったようです」
次いで彼は畑に埋まっている甥に視線を向けました。
「ホーキンス、そなたの爵位と領地はまもなく没収となる。王都の民皆の聖女様を監禁、独占し、こんな騒動まで起こしたのだから当然の処分だろう。……人への配慮が全くないそなたでは遅かれ早かれこうなったと私は思う。平民となって自分を見つめ直せ」
侯爵様の話を聞いたホーキンス様はついに気を失ってしまいました。目を覚ました時には、あれだけ見下していた平民としての新たな人生が始まることでしょう。
ここでようやく私は子爵令嬢さんの方へ。まず侯爵様に尋ねました。
「この方の処遇はどうなるでしょう?」
「子爵殿も大層ご立腹でして、勘当した上で王都からも追放すると」
今後下されるであろう処分に子爵令嬢さんはもう大号泣です。私はその頭にそっと手を添えました(頭しか出ていないので他に手の置きようがないのです)。
「ホーキンス様に便乗していたあなたには今一度最後の機会を与えましょう。私の質問に答えられたら、処分を二年間の修道院送りに変更してもらえるように子爵様にかけあってあげます」
「ほ、本当ですか! どんな質問でしょう!」
では問題です。
「あなたが取った行動で、私が一番怒っているのは何でしょう?」
「え……。沢山失礼なことをしましたので、ちょっと分かりません……」
「ヒントは現在のあなたの状態です」
「……あ! かぼちゃ! かぼちゃを叩き落としたことですね! 本当に申し訳ありませんでした!」
「正解です。今後は野菜を粗末にせず、しっかり修道院で反省してきてください」
「はい、野菜は大切にします……。聖女様、ありがとうございます……」
よかったです、これでかぼちゃも報われますし(ちゃんと食べましたけど)、私もオリジナル魔法〈農作物体験〉を作った甲斐がありました。




