90話 人材こそ国家
朝。
ヴァレリア商会第二陣の研修は十日目を迎えていた。
かつて王都では一流と呼ばれた商会員たち。
経理担当。
物流担当。
倉庫管理者。
交渉役。
仕立職人。
紡織職人。
防具職人。
魔道具技師。
彼らは今、巨大な講義棟へ集まっていた。
マーガレット・ヴァレリアは二階の見学席からその様子を眺めていた。
赤い髪が朝日に輝く。
ヴァレリア商会会頭。
会頭スキル覚醒者。
商売スキル覚醒者。
水・風・光属性魔法使い。
レビテーション習得者。
アイテムボックス保持者。
つい数か月前までの自分では考えられない肩書きだった。
そして。
変わったのは自分だけではない。
「始めます。」
教壇に立つ教師が言った。
商会員たちが席につく。
今日の授業は職業スキル講座だった。
魔法だけではない。
人は仕事でも成長する。
それがこの村の考え方だった。
教師が黒板へ文字を書く。
商売。
物流。
会計。
交渉。
製造。
管理。
教育。
「皆さんは既に仕事をしています。」
「だから素質はあります。」
「後は理解するだけです。」
教導スキルが発動する。
淡い光が教室を包んだ。
その瞬間だった。
一人の男性職員が声を上げた。
「なっ……!」
身体から光が溢れる。
鑑定表示が浮かんだ。
【商売スキル 覚醒】
教室がざわつく。
教師は落ち着いていた。
「おめでとうございます。」
「最初の一人ですね。」
そこから連鎖が始まった。
【会計スキル 覚醒】
【物流スキル 覚醒】
【交渉スキル 覚醒】
【商売鑑定スキル 覚醒】
次々と光が灯る。
商会員たちが呆然としていた。
「嘘だろ……」
「本当にあるのか……」
「スキルって……」
マーガレットは苦笑した。
最初の頃の自分も同じ反応だった。
だが今は理解している。
才能は突然生まれるものではない。
積み重ねた経験が形になるだけだ。
商売を十年続けた人間。
物流を十年続けた人間。
会計を十年続けた人間。
その知識がスキルとして顕在化しただけ。
だからこそ。
この村では覚醒率が異常に高い。
昼前。
今度は職人区画だった。
リーザ。
リーブ。
リーゼ。
三人のエルフ職人が教師を務める。
紡織工房。
巨大な織機が並ぶ。
糸が踊る。
布が生まれる。
そこへヴァレリア商会の職人たちが加わっていた。
「糸を見なさい。」
リーザが言う。
「糸は材料じゃない。」
「情報よ。」
商会職人たちが首を傾げる。
リーザは糸を触る。
「湿度。」
「強度。」
「伸縮。」
「繊維。」
「全部わかる。」
その瞬間。
一人の女性職人が息を飲んだ。
「見える……」
【紡織スキル 覚醒】
光。
歓声。
さらに。
【仕立スキル 覚醒】
【裁縫スキル 覚醒】
【防具製作スキル 覚醒】
次々と生まれる。
工房全体が興奮していた。
昼食後。
今度は魔道具工房。
魔道具技師たちが集まる。
第一陣が残した試作品が机に並んでいた。
マジックバッグ。
魔法ランプ。
通信魔道具。
冷蔵箱。
そして新型収納具。
魔道具教師が説明する。
「魔道具とは魔法の再現です。」
「だから理解が必要です。」
「構造を理解すれば誰でも作れる。」
職人たちが作業を始める。
刻印。
回路。
魔石加工。
魔力伝導。
一時間後。
再び光が走った。
【魔道具作成スキル 覚醒】
二人。
三人。
五人。
十人。
魔道具技師たちは歓喜していた。
王都で一生かけても届かなかった領域。
それが数日で見えている。
マーガレットは思わず呟いた。
「恐ろしいわね。」
隣の幹部が頷く。
「ええ。」
「教育がここまで強いとは。」
午後。
戦闘訓練場。
そこだけ空気が違った。
巨大だった。
広かった。
そして殺気があった。
教師はソフィア。
鬼人族。
二メートル近い長身。
巨大なハルバートを背負っている。
戦士として村最強格の一人だった。
商会員たちは緊張していた。
「戦うんですか……」
「私たち商人ですよ……」
「死にたくないんですが……」
ソフィアは笑った。
豪快だった。
「安心しろ。」
「今日は死なない。」
「たぶんな。」
悲鳴が上がった。
周囲が笑う。
訓練開始。
走る。
転ぶ。
立つ。
また走る。
木剣を振る。
受ける。
避ける。
殴る。
蹴る。
商会員たちは必死だった。
汗だくになっていた。
息を切らしていた。
途中で吐く者までいた。
だが誰も辞めなかった。
なぜなら。
周囲を見れば老人も主婦も農民も戦っている。
ここでは戦闘が特別ではない。
生きるための技術なのだ。
二時間後。
異変が起きる。
若い男性職員の身体が光った。
【剣術スキル 覚醒】
周囲が驚く。
さらに。
別の職員。
【体術スキル 覚醒】
また別の者。
【短剣術スキル 覚醒】
ソフィアが笑った。
「いいぞ。」
「もっと来い。」
結果。
初日だけで数十人が戦闘系スキルを覚醒した。
あり得ない数字だった。
マーガレットは呆然としていた。
「いくらなんでも……」
「これはおかしいわ。」
幹部も頷く。
普通ではない。
王国軍ですらこんな数字は出ない。
その時だった。
視線の先。
訓練場中央。
一人の青年がいた。
マイケル。
かつて泣き虫だった少年。
今では教導スキル保持者。
教師。
治癒師。
教育者。
彼が静かに生徒たちを見ていた。
怒鳴らない。
命令しない。
ただ見ている。
必要な時だけ助言する。
必要な時だけ修正する。
必要な時だけ励ます。
その周囲には淡い光が広がっていた。
マーガレットが鑑定する。
そして息を飲んだ。
【教導スキル Lv5】
沈黙。
数秒。
幹部が尋ねる。
「会頭?」
マーガレットは苦笑した。
「あぁ。」
「なるほど。」
「そういうことね。」
全て理解した。
教導スキル。
それは単なる教育補助ではない。
人材成長補助。
才能開花補助。
理解促進補助。
習熟補助。
覚醒補助。
人を育てるためのスキル。
その最高峰だった。
そしてマイケルは。
それを極めつつある。
訓練終了後。
商会員たちが地面に倒れていた。
全身筋肉痛。
汗だく。
泥だらけ。
それでも。
誰も暗い顔をしていない。
むしろ笑っていた。
「俺、剣術スキル覚醒したぞ!」
「私は物流スキル!」
「俺は会計!」
「私は紡織!」
「魔道具作成も!」
盛り上がる。
喜ぶ。
称え合う。
マーガレットはそれを見ていた。
そして確信した。
王都では勘違いしていた。
金が国家を作るのではない。
軍隊が国家を作るのでもない。
城が国家を作るのでもない。
人材だ。
教育された人材。
成長し続ける人材。
互いを育てる人材。
それこそが国家だった。
夕日が沈む。
訓練場に長い影が伸びる。
遠くで農地が輝いていた。
農業革命。
紡織産業。
魔道具産業。
教育。
物流。
商業。
全部繋がっている。
そして中心にあるのは一つだけ。
「環境が人を育てる。」
マーガレットは静かに呟いた。
その言葉は。
今や誰よりも彼女自身が理解していた。




