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滅びかけた貧困村から始まった教育革命が、やがて世界文明そのものを変えるまでの物語  作者: 慈架太子


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91話 湯と布が変える世界

午後の訓練が終わった頃には。


ヴァレリア商会第二陣の面々は全員が泥と汗まみれだった。


剣術訓練。


体術訓練。


身体強化訓練。


基礎魔法訓練。


商人である彼らには慣れないものばかりだった。


「もう無理だ……」


「腕が上がらない……」


「足が棒なんだが……」


訓練場の端では何人もの商会員が地面へ転がっていた。


それを見ていたソフィアが豪快に笑う。


「今日はここまでだ!」


「飯の前に風呂へ行け!」


風呂。


その言葉に商会員たちは首を傾げた。


「風呂?」


「湯浴みか?」


「共同浴場みたいなものか?」


王都にも貴族向けの浴場は存在する。


だが庶民には無縁だった。


桶で身体を流す程度。


それが普通だった。


マーガレット・ヴァレリアも同じだった。


石鹸は売ったことがある。


高級品だ。


貴族向け商品だった。


自分で使ったことはなかった。


そんな商会員たちを村人が案内する。


「こっちだ。」


巨大な建物が見えてきた。


石造り。


木造。


煙突から蒸気が上がっている。


「でかい……」


「なんだあれ……」


建物へ入る。


暖かい。


心地よい熱気が漂っていた。


受付には老人が座っている。


「おう新人か。」


「今日は無料だ。」


「好きに入れ。」


村人たちが慣れた様子で入っていく。


商会員たちも恐る恐る続いた。


脱衣所。


服を脱ぐ。


籠へ入れる。


そのまま浴場へ。


次の瞬間だった。


「うおおおおおっ!?」


誰かが叫んだ。


巨大だった。


広かった。


湯気が立ち込める。


石で作られた浴槽。


何十人も入れる。


いや。


百人以上は余裕だろう。


温泉のような巨大浴場だった。


「なんだこれ……」


「本当に村か?」


「王城より豪華じゃないか……」


商会員たちが呆然とする。


村人たちは普通に身体を洗っている。


マーガレットも浴場へ入った。


足先を沈める。


温かい。


いや。


気持ちいい。


身体の芯へ染み込んでくる。


肩まで浸かる。


その瞬間。


「はぁぁぁぁ……」


思わず声が漏れた。


疲労が溶ける。


戦闘訓練で悲鳴を上げていた筋肉が緩んでいく。


身体が軽い。


信じられないほど軽い。


商会員たちも同じだった。


「気持ちいい……」


「なんだこれ……」


「天国か……」


「ずっと入っていたい……」


湯気の向こうで村人たちが笑う。


「初めてか?」


「そう見えるな。」


「顔がみんな同じだ。」


浴場全体に笑い声が広がった。


しばらく湯に浸かる。


その後。


村人が石を差し出した。


「ほれ。」


「石鹸だ。」


商会員たちは目を丸くした。


石鹸。


知っている。


高級品だ。


貴族向け商品。


それを。


無料で配るのか。


「使っていいのか?」


「当たり前だろ。」


村人が笑った。


「そのために置いてるんだから。」


横には布も置かれていた。


粗布ではない。


柔らかい。


丈夫そうな布だった。


「身体を洗う布だ。」


「泡立つぞ。」


商会員たちは半信半疑だった。


石鹸を擦る。


布を擦る。


次の瞬間。


泡。


泡。


泡。


大量の泡。


「なっ!?」


「なんだこれ!?」


「泡だらけだ!」


驚く。


石鹸がこんなに泡立つとは知らなかった。


身体を擦る。


気持ちいい。


汚れが落ちる。


汗が落ちる。


皮脂が落ちる。


何より爽快だった。


肩。


腕。


背中。


足。


全身を洗う。


どんどんさっぱりしていく。


商会員たちは感動していた。


「凄い……」


「こんなものだったのか……」


「貴族が買う理由が分かる……」


さらに。


髪も洗う。


泡。


泡。


泡。


頭皮が軽い。


髪がきしむ。


多少ごわつく。


それでも。


汚れが落ちていく感覚は明確だった。


マーガレットも洗っていた。


赤い髪を丁寧に洗う。


泡を流す。


髪が軽い。


頭が軽い。


世界が少し明るくなった気がする。


「これを売っていたのね……」


思わず苦笑した。


商品知識と体験は違う。


数字では理解できない価値がある。


その価値を今理解した。


風呂から上がる。


身体を拭こうとして。


再び驚く。


棚に置かれた布。


村人が差し出した。


「ほれ。」


「使いな。」


商会員たちは受け取った。


柔らかい。


見たことのない布だった。


身体を拭く。


吸う。


吸う。


吸う。


水滴が消える。


信じられない速度だった。


「え?」


「なんだこれ?」


「水がなくなったぞ?」


「凄い……」


「柔らかい……」


「肌が痛くない……」


何人もが驚いていた。


マーガレットも同じだった。


肩を拭く。


髪を拭く。


水滴が消える。


吸水力が異常だった。


しかも柔らかい。


貴族向け絹布より使いやすい。


そこへ村人が笑いながら声をかける。


「兄ちゃんたち。」


「タオルは初めてかい?」


商会員たちは顔を見合わせた。


「たおる?」


聞き慣れない言葉だった。


村人は得意げに布を振る。


「それだよ。」


「その布。」


「タオルって言うんだ。」


「この村で開発された。」


商会員たちは凍り付いた。


「開発?」


「これを?」


「村が?」


村人が胸を張る。


「いいだろ?」


「便利だろ?」


「もう普通の布には戻れねぇぞ。」


浴場に笑い声が響いた。


マーガレットはタオルを見つめる。


商人の目になる。


理解した。


危険だ。


これは危険な商品だ。


石鹸以上。


マジックバッグとは別方向。


生活を変える。


文明を変える。


一度使ったら戻れない。


そういう商品だった。


「……売れる。」


思わず呟く。


隣の幹部が頷いた。


「ええ。」


「確実に。」


「王都中が欲しがります。」


マーガレットは苦笑した。


村へ来てから何度目だろう。


また常識が壊れた。


農業革命。


紡織産業。


魔道具。


教育。


そして風呂。


石鹸。


タオル。


王都では贅沢品。


この村では日用品。


その差が。


健康を生む。


病を減らす。


労働力を増やす。


幸福を増やす。


ケルナインは言っていた。


「豊かさは金だけじゃない。」


その意味が。


今ならよく分かる。


湯上がりの夜風が吹く。


身体は軽い。


疲労は消えている。


商会員たちは笑いながら宿へ戻っていく。


誰もが思っていた。


ここは貧困村だったはずだ。


盗賊に襲われ。


病に苦しみ。


明日の飯にも困る村だったはずだ。


なのに。


今や王都より豊かだ。


なぜか。


答えは単純だった。


環境が人を育てる。


人が育てば技術が生まれる。


技術が生まれれば豊かになる。


豊かになればさらに人が育つ。


その循環。


魔力循環にも似た成長の循環。


ケルナインが作ったのは村ではなかった。


人材が育ち続ける仕組みそのものだった。


そして。


ヴァレリア商会の面々もまた。


その循環へ飲み込まれ始めていた。







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