92話 見える商人
朝。
ヴァレリア商会第二陣の訓練生たちは今日も訓練場へ集まっていた。
この村へ来てまだ十日ほど。
しかし彼らは既に理解していた。
ここは普通ではない。
王都の常識が通用しない。
才能がある者が強いのではない。
教育を受けた者が強いのだ。
それがこの村だった。
訓練場の端。
マーガレット・ヴァレリアは腕を組みながら空を見上げていた。
同時に頭の中では会話が続いている。
念話だ。
王都本店との定例連絡。
『会頭、本店です。』
『どうぞ。』
『南街区支店、売上好調です。』
『東倉庫の拡張工事も完了しました。』
『魔道具部門の利益は前月比三十二%増です。』
マーガレットは小さく笑った。
便利すぎる。
本当に便利すぎる。
昔なら報告書を持った使者が馬車で走った。
片道二週間。
返事が返るまでさらに二週間。
往復一ヶ月以上。
商人は移動に人生を費やしていた。
今は違う。
数分で終わる。
飛行魔法を使えば王都まで数時間。
緊急ならその日のうちに往復できる。
世界が変わった。
いや。
変えられてしまった。
ケルナインという旅人に。
『本店は問題ありません。』
『教導担当も増加しています。』
『現在、商会員の四割が属性覚醒済みです。』
マーガレットは目を細めた。
教育が教育を生む。
まさに今それが起きている。
『よくやっているわ。』
『その調子で続けなさい。』
念話が終わる。
視線を訓練場へ向ける。
今日の担当教師はマイケルだった。
かつて泣き虫だった青年。
今では村最強クラスの教師である。
教導スキルレベル5。
教師の化け物。
そんな存在になっていた。
「では属性確認から始めます。」
生徒たちが鑑定板を確認する。
その瞬間。
歓声が上がった。
「三属性になった!」
「俺も!」
「四属性だ!」
「光属性が増えた!」
次々と声が上がる。
マーガレットは苦笑した。
自分も同じだった。
最初は信じられなかった。
才能が開花する。
その意味を理解していなかった。
この村では。
人は育つ。
恐ろしいほどに。
マイケルが頷く。
「才能が増えたわけではありません。」
「元から持っていた可能性が開いたんです。」
全員が真剣に聞いている。
商人。
職人。
帳簿係。
荷運び。
本来なら戦闘とは無縁の者たち。
しかし今では違う。
全員が学んでいる。
全員が強くなっている。
次は拘束訓練だった。
「商人は戦士ではありません。」
マイケルが言う。
「ですが。」
「身を守る必要はあります。」
全員が頷く。
盗賊。
奴隷商。
傭兵崩れ。
商人は常に狙われる。
だから学ぶ。
ウォーターバインド。
ウィンドバインド。
ソイルバインド。
シャドウバインド。
水が絡む。
風が縛る。
土が捕らえる。
影が拘束する。
最初は失敗する。
絡まる。
暴発する。
しかし。
教導スキルがある。
理解が早い。
習得が早い。
昼前には大半が初級拘束魔法を扱えるようになっていた。
「異常ね。」
マーガレットが呟く。
隣にいた商会幹部も頷いた。
「異常です。」
「ですが村では普通らしいですよ。」
二人とも遠い目をした。
普通とは何か。
もう分からない。
昼食後。
飛行訓練が始まる。
レビテーション。
空中浮揚。
風魔法との併用。
商会員たちは次々と空へ浮かび上がる。
「飛んだ!」
「本当に飛んだ!」
「凄い!」
歓声が響く。
マーガレットはもう驚かない。
自分も飛べる。
王都との往復もできる。
今さら飛行そのものには驚かない。
彼女が見ているのは別の部分だ。
学習速度。
理解速度。
成長速度。
マイケルがいるだけで全てが違う。
教導スキルレベル5。
人材育成の怪物。
村の教師たちが崇拝する理由が分かる。
午後。
本日の本命。
索敵訓練。
教師はミシェルだった。
鳥人族。
索敵部隊の最高戦力の一角。
彼女が前へ出る。
「商人に一番必要なものは何だと思いますか?」
質問が飛ぶ。
「護衛ですか?」
「武器?」
「戦闘力?」
ミシェルは首を振った。
「違います。」
静かに言う。
「気付くことです。」
全員が黙る。
「盗賊は正面から来ません。」
「奴隷商も正面から来ません。」
「隠れます。」
「待ち伏せします。」
「だから先に見つける。」
それだけで生存率が跳ね上がる。
商会員たちは真剣な顔になる。
これは商売の話だ。
利益の話だ。
生き残る話だ。
だから集中する。
水属性索敵。
空気中の水分を感じる。
呼吸を感じる。
体温を感じる。
風属性索敵。
空気の乱れ。
熱。
動き。
土属性索敵。
振動。
重量。
足音。
光属性索敵。
生命反応。
存在。
闇属性索敵。
影。
隠蔽。
違和感。
最初は難しい。
しかし徐々に見えるようになる。
「あそこ!」
「木の裏です!」
正解。
「茂みの中!」
正解。
「岩陰!」
正解。
次々と当てていく。
商会員たちの顔が変わる。
見える。
本当に見える。
盗賊が隠れる場所が。
待ち伏せする場所が。
ミシェルが笑った。
「ここからが本番です。」
全員が首を傾げる。
「混ぜます。」
単独索敵ではない。
複合索敵。
水。
風。
土。
光。
闇。
全てを重ねる。
感覚が融合する。
世界が変わった。
森が見える。
地面が見える。
生命が見える。
動きが見える。
存在が分かる。
頭の中に地図が描かれる。
「なんだこれ……」
「見える……」
「全部見える……」
商会員たちは呆然としていた。
マーガレットも驚いていた。
何度見ても異常だ。
王国軍なら国家機密。
軍事技術。
英雄級技能。
それを村では全員に教える。
隠さない。
独占しない。
共有する。
だから人が育つ。
だから強くなる。
そして。
商会員たちは理解した。
商人にとって最大の武器は剣ではない。
索敵だ。
盗賊を見つける。
待ち伏せを見つける。
奴隷商を見つける。
危険を見つける。
それだけで被害は激減する。
利益が増える。
命が守られる。
商会が強くなる。
夕方。
訓練が終わる。
全員が疲れている。
しかし表情は明るい。
数日前まで普通の商人だった。
今は違う。
飛べる。
念話できる。
拘束できる。
索敵できる。
複数属性を扱える。
そして何より。
学べる。
成長できる。
マーガレットは夕日を見つめた。
かつて盗賊に怯えた貧困村。
病に苦しみ。
明日の食事にも困った村。
それが今では。
世界最大級の教育都市になりつつある。
農業革命。
紡織産業。
魔道具産業。
物流革命。
教育革命。
全ての中心にあるものは一つだった。
環境が人を育てる。
今日もまた。
その証明が積み上がっていくのだった。




