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滅びかけた貧困村から始まった教育革命が、やがて世界文明そのものを変えるまでの物語  作者: 慈架太子


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84話 支店

ヴァレリア商会本店。


巨大倉庫には五万体のリザード系魔物が並んでいた。


アーマードリザード。


ニードルリザード。


メタルリザード。


アイアンリザード。


高級素材の山。


いや、山どころではない。


一つの産業そのものだった。


商会職員達は未だに現実感を失っていた。


解体職人達は目を輝かせている。


鍛冶師達は素材価値を計算している。


防具職人達は興奮している。


商人達は市場価格を算出している。


王都でも歴史に残る規模の取引だった。


そして。


商会本館最上階。


会議室。


マーガレット・ヴァレリアは机に資料を積み上げていた。


金貨五百万枚。


物流計画。


加工計画。


販売計画。


契約先。


輸送路。


商人としての脳が全力で回転している。


そこへ。


トミーが椅子に座った。


いつものように。


気楽に。


気軽に。


狐獣人らしい笑顔。


マーガレットは眉をひそめる。


「何かしら?」


「相談」


「嫌な予感しかしないわ」


トミーは笑った。


「そんな警戒するなよ」


「あなたがその顔すると大体ろくでもないのよ」


周囲の幹部達も頷いた。


皆同意だった。


トミーは気にしない。


机に肘をつく。


そして。


言った。


「うちの村に支店を出さないか?」


静かになった。


全員止まる。


空気が固まった。


商会幹部達が顔を見合わせる。


一人。


また一人。


そして。


一斉に驚いた。


「は?」


「支店?」


「村に?」


「王都じゃなく?」


「港町でもなく?」


トミーは頷く。


「そう」


「うち」


マーガレットは腕を組んだ。


商人の顔になる。


「理由は?」


即答だった。


感情ではない。


利益を見る目。


それが大商会会頭。


トミーは笑う。


「簡単だ」


「得しかない」


商会幹部達が眉をひそめる。


得しかない。


そんな話は大抵嘘だ。


しかし。


今目の前にいる男は違った。


トミー。


元々は要領の良いだけの獣人だった。


だが今は違う。


商売スキル。


流通スキル。


在庫管理。


相場把握。


原価計算。


商業国家でも上位の才能。


その男が言っている。


得しかない。


だから全員が黙った。


トミーは続ける。


「まず一つ」


「素材」


倉庫の外を見る。


五万体。


圧倒的。


「これが毎回ある」


幹部達が固まる。


そうだった。


忘れかけていた。


この村。


いや。


この共同体。


普通ではない。


八千人の戦闘部隊。


八千人の索敵部隊。


全員飛行可能。


全員魔法使い。


全員教育済み。


魔物素材が無尽蔵に集まる。


トミーは続ける。


「二つ」


「農産物」


「三つ」


「酒」


「四つ」


「調味料」


「五つ」


「布」


紡織産業。


リーザ。


リーブ。


リーゼ。


エルフ達が育てている産業。


品質は既に王都級。


量産も始まっている。


幹部達が顔を見合わせる。


確かに魅力的だった。


いや。


魅力的どころではない。


巨大市場だった。


トミーはさらに言う。


「六つ」


「人」


マーガレットの目が細くなる。


「人?」


「そう」


トミーは笑った。


「人材」


その瞬間。


マーガレットが理解した。


ああ。


そういうことか。


彼女は気づいた。


この村最大の商品。


それは素材でも酒でも布でもない。


人材だった。


魔法属性覚醒率百パーセント。


教師四万人。


教導スキル二万人。


教育国家。


人材生産工場。


そんな場所は世界に存在しない。


トミーが続ける。


「商会員も来いよ」


「魔法覚醒するかもしれない」


「スキル増えるかもしれない」


「教師にも会える」


「技術も学べる」


「商売も学べる」


商会幹部達が固まる。


今度は別の意味だった。


一人が呟く。


「それは……」


「凄いな」


別の幹部。


「商会員の教育施設になる」


さらに別の幹部。


「いや」


「王都の商業学校より上だ」


マーガレットも黙る。


計算している。


利益。


費用。


人材育成。


物流。


全て。


そして。


答えが見え始めた。


トミーは追撃する。


「うちも助かる」


「足りない物が買える」


「専門職も来る」


「商人も来る」


「情報も来る」


「互いに得する」


「だから」


「Win-Winだ」


その言葉に。


会議室が静かになる。


商会幹部達が考える。


否定材料。


危険。


欠点。


探す。


だが。


見つからない。


王都から遠い?


飛行魔法がある。


物流が大変?


アイテムボックスがある。


人材不足?


教育がある。


治安?


世界最高レベル。


食料不足?


充足率二百パーセント超。


病?


治癒師だらけ。


むしろ。


王都より安全だった。


一人の幹部が呟く。


「理想郷か?」


別の幹部が苦笑する。


「最初はそう思った」


「実際に見たらもっと酷かった」


「理想郷だった」


会議室が笑う。


マーガレットも笑った。


認めるしかない。


商人は現実を見る。


夢は買わない。


利益を見る。


その結果。


結論は一つだった。


利益が大き過ぎる。


マーガレットは椅子に深く座る。


そして。


トミーを見る。


「本気?」


「本気」


即答。


迷い無し。


マーガレットは笑う。


商人の笑み。


勝負師の笑み。


大きな賭けを好む女の笑み。


「乗ったわ」


静寂。


そして。


幹部達が一斉に立ち上がる。


「会頭!?」


「本気ですか!?」


「早すぎます!」


マーガレットは笑う。


「遅いくらいよ」


「え?」


「何?」


幹部達が固まる。


マーガレットは机を叩く。


「考えなさい」


「この商会は何で大きくなったの?」


誰も答えない。


彼女が答える。


「先に動いたからよ」


沈黙。


正論だった。


誰も反論できない。


市場が出来てから動く。


それでは二流。


市場が出来る前に動く。


それが一流。


ヴァレリア商会はそうして大きくなった。


マーガレットは続ける。


「今から行く」


「今から作る」


「今から人を送る」


「今から土地を確保する」


「他の商会が気付く前に」


「全部押さえる」


幹部達の目が変わる。


理解した。


これは好機だ。


歴史的好機。


商人なら飛び付く。


一人が叫ぶ。


「倉庫建設班を送ります!」


「宿泊施設も必要です!」


「護衛も!」


「仕入担当も!」


「販売担当も!」


会議室が一気に動き始める。


マーガレットは満足そうに笑った。


そして。


トミーを見る。


「一つ聞くわ」


「何だ?」


「ケルナインさんは知ってるの?」


トミーは笑った。


「知らない」


全員吹き出した。


マーガレットも笑う。


「相変わらずね」


「そうだな」


「怒られない?」


「怒られない」


即答だった。


トミーは続ける。


「ケルナインは支配しない」


「だから止めない」


「俺達が決める」


「俺達が責任を持つ」


その言葉に。


マーガレットは頷いた。


理解している。


あの旅人は命令しない。


教育する。


考えさせる。


自立させる。


だから。


今ここにいる人間達は皆、自分で決める。


それが強い。


だから育つ。


だから増える。


だから発展する。


環境が人を育てる。


その結果が今だった。


夕暮れ。


ヴァレリア商会本店。


最上階。


窓の外を見ながらマーガレットは呟いた。


「面白くなってきたわね」


王都最大商会。


そして。


辺境最大共同体。


両者が正式に結び付く。


それは単なる商取引ではない。


新しい時代の始まりだった。


遠く離れた村では。


ケルナインがいつものように教師達へ授業をしていた。


その本人だけが知らない。


自分の教え子達が。


また一つ。


世界を動かしたことを。







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