82話 ヴァレリア商会
王城での謁見を終えた翌日。
エミリー達は王都中心部へ向かっていた。
目的地は一つ。
王国最大級の商会。
ヴァレリア商会本店。
王都の商業区画でも最も目立つ建物だった。
五階建て。
石造り。
巨大な倉庫群。
無数の荷馬車。
各地から集まる商人。
王都の経済を支える心臓部と言ってもいい。
トミーが感心したように口笛を吹く。
「相変わらずすげぇな」
ロバートも頷く。
「うちの物流本部も大きいが、歴史の厚みが違う」
セリナは周囲を観察していた。
索敵能力。
超能力。
魔法。
全てを併用する。
護衛。
搬入口。
荷の流れ。
在庫管理。
一瞬で把握する。
「優秀ね」
その一言にトミーが笑う。
「褒め言葉だな」
セリナは真顔だった。
「ええ」
「無駄が少ない」
それは最大級の評価だった。
入口に到着する。
受付の女性が顔を上げる。
そして固まった。
「え?」
「エミリー様?」
「ロバート様?」
「セリナ様!?」
無理もない。
今や彼らの都市国家は王国最大級の勢力。
噂を知らぬ者はいない。
さらに。
エレノア・グランディア侯爵までいる。
受付嬢は慌てて立ち上がった。
「しょ、少々お待ちください!」
走る。
全力だった。
数分後。
館内が騒然となった。
会頭室。
扉が勢いよく開く。
赤い髪。
長身。
抜群の存在感。
マーガレット・ヴァレリア。
ヴァレリア商会会頭。
二十七歳。
商才の化け物。
彼女は満面の笑みを浮かべていた。
「いらっしゃい!」
「待ってたわ!」
豪快だった。
商人らしい。
エミリーが苦笑する。
「久しぶり」
マーガレットは大股で近付く。
そして。
ぎゅう。
エミリーを抱き締めた。
「大きくなったわねぇ!」
「苦しい」
「気にしない!」
相変わらずだった。
周囲が笑う。
会議室へ移動する。
巨大な円卓。
茶。
菓子。
果物。
豪華なもてなし。
マーガレットは全員を見る。
そして感嘆した。
「本当に凄いわね」
「王都中で噂よ」
「人口七万五千人」
「教師四万人」
「教導スキル二万人」
「魔法覚醒率百%」
「化け物国家じゃない」
ロバートが笑う。
「否定できん」
全員が頷いた。
否定材料が無い。
マーガレットはさらに続ける。
「しかも」
「全員飛行魔法で来たんですって?」
エミリー達が頷く。
商会幹部達が頭を抱えた。
意味が分からない。
飛行魔法。
国家級の軍事機密。
それを教師が使う。
治癒師が使う。
商人が使う。
世界がおかしい。
マーガレットは笑う。
「もう慣れたわ」
「ケルナインさんのところだもの」
それで済ませた。
細かいことは気にしない。
成功者の特徴だった。
会談が始まる。
トミーが先に口を開く。
「今日は取引の話だ」
「もちろん歓迎よ」
マーガレットは即答した。
彼らとの取引は利益しか生まない。
損をしたことが一度も無い。
だから聞く。
「欲しい物は?」
トミーが尋ねる。
すると。
マーガレットの表情が変わった。
商人の顔。
獲物を見付けた猛獣の顔。
「あるわ」
「リザード系素材よ」
全員が顔を見合わせる。
ロバートが首を傾げる。
「リザード?」
「そう」
マーガレットが頷く。
机の上に資料を広げる。
地図。
取引帳簿。
素材価格表。
商売の戦場だった。
「最近ね」
「南部でリザード系魔物が増えてるの」
セリナが資料を見る。
即座に理解した。
「皮」
「正解」
マーガレットが笑う。
「皮よ」
「丈夫」
「軽い」
「加工しやすい」
「防具になる」
「高級鞄になる」
「靴になる」
「手袋になる」
「需要が爆発してる」
トミーも頷く。
確かに儲かる。
皮革産業は強い。
さらに。
マーガレットは別資料を出した。
「それだけじゃない」
「骨」
「牙」
「爪」
「血」
「魔石」
全て売れる。
ソフィアが感心した。
「無駄が無いな」
「商人だから」
即答だった。
会頭室が笑いに包まれる。
マーガレットは続ける。
「問題は供給」
「足りないの」
「全然足りない」
「市場価格が上がってる」
トミーが目を細めた。
それは好機。
儲かる。
商人の顔になる。
「どれくらい欲しい?」
マーガレットが即答した。
「全部」
全員が笑った。
予想通りだった。
商人はそう言う。
全部欲しい。
マーガレットは真剣だった。
「本当に全部」
「今なら全部売れる」
「十年分でも売れる」
トミーは資料を見る。
利益計算。
輸送費。
加工費。
市場価格。
頭の中で数字が走る。
そして笑った。
「儲かるな」
「でしょう?」
マーガレットも笑う。
セリナが尋ねる。
「生息地は?」
「南部湿地帯」
「旧ジョンウン王国領」
その瞬間。
全員の表情が変わった。
ジョンウン王国。
既に滅んだ国。
現在は無主地帯。
治安は最悪。
盗賊。
傭兵崩れ。
犯罪組織。
全てが集まっている。
だが。
エミリー達にとっては問題ではなかった。
ロバートが腕を組む。
「索敵八千」
ミシェルが頷く。
「見付けるのは簡単」
ソフィアが笑う。
「狩るのも簡単」
カタリナも笑う。
「むしろ楽しそう」
マーガレットが笑顔になる。
頼もしい。
本当に頼もしい。
エレノアが紅茶を飲みながら呟く。
「昔なら討伐軍が必要でしたね」
「今は?」
マーガレットが聞く。
エレノアは微笑んだ。
「遠足です」
全員が吹き出した。
否定できない。
今の戦力なら本当にそうだった。
八千人の索敵部隊。
八千人の戦闘部隊。
全員魔法使い。
全員飛行可能。
全員教育済み。
国家戦力だった。
マーガレットは資料を閉じる。
「取引成立かしら?」
トミーが即答する。
「成立」
握手。
巨大契約。
成立。
ヴァレリア商会。
都市国家。
王国最大級同士の取引だった。
そして。
会談は終わらない。
マーガレットは笑った。
「そういえば」
「新しい織物見たい?」
リーザ達が反応した。
紡織職人達である。
「見たい!」
「もちろん!」
即答だった。
職人達の目が輝く。
マーガレットは満足そうだった。
商人は知っている。
相手が何を欲しているか。
利益だけではない。
技術。
知識。
成長。
それも価値。
会頭室の空気が変わる。
取引相手。
ではない。
仲間。
協力者。
共に成長する者達。
そんな空気だった。
窓の外。
王都は賑わっている。
人が歩く。
荷が運ばれる。
商売が行われる。
その流れの中心に。
ヴァレリア商会があった。
そして。
その流れをさらに大きくする者達がいる。
教育。
農業革命。
紡織産業。
物流。
魔法。
人材育成。
全てが繋がる。
ケルナインはここにいない。
それでも。
彼が蒔いた種は育ち続けていた。
人が人を育てる。
教師が教師を育てる。
商人が商人を育てる。
環境が人を育てる。
その結果。
七万五千人の都市国家が生まれた。
そして今。
その力はさらに外へ広がろうとしていた。
次の目的地は南部湿地帯。
リザード系魔物の大繁殖地。
危険地帯。
かつてならそう呼ばれた。
今の彼らには。
新たな資源地にしか見えていなかった。




