81話 空を越えた報告
朝。
都市国家の中央広場には異様な光景が広がっていた。
七万五千人を超える人口。
教師四万人。
教導スキル覚醒者二万人。
魔法属性覚醒率百%。
食料充足率二百%超。
もはや誰もこの国を村とは呼ばない。
それでも住民達は昔と同じように言う。
「村へ帰るか」
それが少し面白かった。
広場中央。
エミリーが腕を組んでいた。
「で?」
「本当に飛んで行くの?」
隣でソフィアが笑う。
「馬車なんて面倒だろう?」
カタリナも頷く。
「むしろ何日も馬車に乗る方が苦行だ」
ロバートが苦笑した。
「昔は王都まで二週間だったな」
今では違う。
教育。
魔法。
教導。
飛行技術。
全てが発展した。
飛行魔法は一部の天才だけのものではない。
教えれば習得できる。
その証明がここにいた。
ミシェル。
マイケル。
エミリー。
ソフィア。
カタリナ。
ロバート。
トミー。
エルナ。
リーン。
ガイル。
リーヴ。
ティグリス。
全員が飛行魔法を習得している。
そして。
エレノア・グランディア侯爵。
かつて王国屈指の大貴族。
今は黒髪の美しい四十代前半の姿となった美魔女。
彼女も当然のように飛行魔法を使う。
「侯爵様まで飛ぶんですか?」
若い教師が尋ねる。
エレノアは微笑んだ。
「便利なものは使うべきでしょう?」
当然だった。
覚えるまで三日。
その事実が周囲を驚かせた。
「才能ありますね」
マイケルが言う。
エレノアは笑った。
「教師が良いのです」
その言葉に皆が笑った。
ケルナインは同行しない。
中央管理局。
教育本部。
物流本部。
全ての運営がある。
本人も興味が無かった。
「行ってこい」
それだけだった。
だから皆で行く。
自分達の成果を。
自分達の言葉で伝えるために。
出発。
風属性魔法。
飛行。
無数の魔力が空へ舞う。
次の瞬間。
十数人の人影が空へ飛び上がった。
街から歓声が上がる。
空を飛ぶ教師。
空を飛ぶ治癒師。
空を飛ぶ商人。
空を飛ぶ侯爵。
昔なら神話だった。
今は日常。
空は青かった。
雲を抜ける。
風を切る。
大地が小さくなる。
農地。
工房。
学校。
巨大な都市国家。
全てが見えた。
エミリーが振り返る。
「本当に大きくなったな」
誰も否定しない。
最初は二百人。
今は七万五千人。
数字だけではない。
人材。
教育。
技術。
文化。
全てが成長していた。
数時間後。
王都。
王国最大の都市。
その空に突然人影が現れる。
見張りの兵士達が固まった。
「なっ……」
「空!?」
「人が飛んでいるぞ!」
大騒ぎになる。
無理もない。
飛行魔法使いは存在する。
だがこれほど大人数が隊列飛行するなど聞いたことがない。
しかも。
先頭を飛ぶのはエレノア侯爵だった。
「あれ侯爵様じゃないか!?」
王都中が騒然となった。
着陸。
王城前広場。
整然と降下する。
まるで鳥の群れだった。
兵士達が呆然としている。
エレノアが苦笑した。
「少し目立ちましたね」
トミーが笑う。
「少しどころじゃありません」
数十分後。
王城。
謁見の間。
国王。
宰相。
軍務大臣。
財務大臣。
貴族達。
全員が揃っていた。
そこへ入場する。
エミリー達。
エレノア。
ロバート。
ソフィア。
カタリナ。
マイケル。
トミー。
エルナ。
そして主要幹部達。
静寂。
国王が口を開いた。
「よく来てくれた」
エレノアが頭を下げる。
「陛下」
報告会が始まる。
マイケルが教育について語る。
教師数四万人。
教導スキル覚醒者二万人。
学校数。
教育制度。
教材。
育成計画。
王国の学者達が顔色を変える。
理解できない。
規模が違う。
次にエルナ。
治療体制。
予防医学。
衛生教育。
死亡率低下。
病気の激減。
医官達が青ざめる。
自分達より遥か先を行っている。
トミー。
物流。
在庫管理。
流通網。
輸送計画。
商会連携。
財務大臣が頭を抱える。
意味が分からない。
効率が異常だった。
ロバート。
軍事。
索敵部隊八千。
戦闘部隊八千。
全員魔法運用可能。
全員教育済み。
軍務大臣が沈黙する。
勝てる気がしない。
エミリー。
移住政策。
治安維持。
亡命者受け入れ。
人口増加。
七万五千人突破。
王都の重臣達は言葉を失う。
国王だけが静かだった。
全て聞き終える。
そして。
深く息を吐いた。
「見事だ」
本心だった。
戦争ではない。
教育。
生産。
人材育成。
その結果が国家になった。
国王は立ち上がる。
「褒賞を与えたい」
周囲が頷く。
当然だった。
国家を救った功績。
ジョンウン王国崩壊の功績。
経済発展。
教育革命。
前代未聞。
国王が続ける。
「エミリー」
「伯爵位を」
エミリー。
即答。
「いりません」
沈黙。
国王が固まる。
「……そうか」
続く。
「ロバート」
「伯爵位を」
「いりません」
即答。
軍務大臣が吹き出しそうになる。
続く。
「マイケル」
「男爵位を」
「教師を続けます」
断る。
続く。
「トミー」
「男爵位を」
「商売の方が楽しいです」
断る。
続く。
「エルナ」
「男爵位を」
「治療院がありますので」
断る。
続く。
「ソフィア」
「子爵位を」
「面倒です」
断る。
続く。
「カタリナ」
「子爵位を」
「戦う方が好きです」
断る。
全滅だった。
貴族達が騒然となる。
ありえない。
貴族位だ。
人生を変える地位。
それを全員が断る。
エレノアだけが笑いを堪えていた。
知っていた。
彼らはそういう人間だ。
国王が頭を抱える。
「なぜだ」
エミリーが答える。
「忙しいんです」
真顔だった。
ロバートも頷く。
「学校があります」
マイケル。
「教師が足りません」
トミー。
「物流が増え続けています」
エルナ。
「患者さんがいます」
国王はしばらく沈黙した。
そして。
大笑いした。
謁見の間が凍りつく。
国王がこんなに笑うのは珍しい。
「なるほど」
「そういうことか」
貴族達は理解した。
彼らにとって。
爵位は目的ではない。
仕事が目的なのだ。
人を育てること。
国を良くすること。
それ自体が目的。
だから地位に興味がない。
国王は笑顔のまま言う。
「ケルナインも同じか」
エレノアが苦笑する。
「間違いなく」
全員が納得した。
あの男なら断る。
国王すら分かる。
最後に。
国王は静かに言った。
「では爵位ではなく感謝を贈ろう」
「王国は君達を友と認める」
その言葉。
それだけで十分だった。
エミリー達は頭を下げる。
エレノアも微笑む。
かつて王都で孤立していた侯爵。
今は違う。
彼女が守ろうとしたもの。
民。
教育。
未来。
それが現実になっていた。
謁見終了。
王城のバルコニー。
夕日が沈む。
エレノアが空を見る。
隣にはエミリー。
「どうしました?」
エミリーが聞く。
エレノアは苦笑した。
「昔なら皆喜んで爵位を受けたでしょうね」
「今は違います」
「ええ」
彼女は笑う。
本当に笑う。
嬉しそうに。
「良い時代になりました」
遠くの空。
帰る場所がある。
七万五千人の都市国家。
教師四万人。
教導スキル二万人。
そして。
貴族位より教育を選ぶ人々。
それこそが。
ケルナインが作った世界だった。




