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滅びかけた貧困村から始まった教育革命が、やがて世界文明そのものを変えるまでの物語  作者: 慈架太子


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80話 国家とは人である

朝。


風が吹く。


かつてジョンウン王国と呼ばれた土地を。


冷たい風が吹き抜けていた。


王都。


城門は開いたまま。


市場は閉鎖。


兵舎は空。


役所は無人。


街路には誰もいない。


国民は去った。


兵士も去った。


貴族も去った。


商人も去った。


教師も去った。


農民も去った。


残ったのは空っぽの建物だけだった。


国家の形だけが残っていた。


しかし国家は存在しなかった。


国家とは城ではない。


国家とは法律でもない。


国家とは人である。


その事実を。


ジョンウン王国は最後に証明することになる。


王宮。


玉座の間。


国王ジョンウンは玉座に座っていた。


いや。


座ったまま動けなくなっていた。


食料は尽きていた。


護衛もいない。


侍女もいない。


料理人もいない。


王だけが残された。


かつて数万人を支配した男。


その手には何もない。


目の前には豪華な玉座。


黄金。


宝石。


王冠。


どれも腹を満たさない。


ジョンウンは震える手を伸ばした。


届かない。


立ち上がる力も残っていなかった。


空腹。


飢餓。


恐怖。


その全てが襲っていた。


遠くで風の音が聞こえる。


もう誰も来ない。


誰も助けない。


民を飢えさせた国王を。


民は最後に見捨てた。


静かな最期だった。


剣もない。


戦争もない。


暗殺もない。


飢餓。


ただそれだけだった。


昼。


ジョンウン王国滅亡。


その報告が風魔法放送網へ届いた。


都市国家中央管理局。


セリナが報告書を読む。


静かだった。


「確認」


「旧ジョンウン王国」


「国家機能完全停止」


「王死亡確認」


「王都無人化」


「生存者なし」


会議室に沈黙が落ちる。


エミリーが腕を組む。


「終わったね」


ロバートが頷く。


「戦わずにな」


ソフィアは苦笑した。


「本当に変な勝ち方だ」


カタリナも笑う。


「剣を抜く暇もなかった」


事実だった。


戦争は起きなかった。


侵攻軍三万。


投降。


残存兵力二万。


投降。


民衆。


亡命。


役人。


亡命。


近衛兵。


亡命。


王宮職員。


亡命。


最後は国王だけが残った。


国家が消えた。


軍事的敗北ではない。


人材流出による崩壊だった。


その頃。


人口七万五千人を突破した都市国家。


朝の鐘が鳴る。


学校が始まる。


農地が動く。


工房が動く。


物流が動く。


治療院が動く。


全てが動く。


それは巨大な生き物のようだった。


人々が役割を持つ。


役割が人を育てる。


環境が人を育てる。


ケルナインが最初に言った言葉。


それが現実になっていた。


中央広場。


巨大な掲示板。


最新統計が張り出されている。


人口。


七万五千八百四十二人。


食料充足率。


二百三十六%。


教師数。


四万人。


教導スキル覚醒者。


二万人。


索敵部隊。


八千人。


戦闘部隊。


八千人。


魔法属性覚醒率。


百%。


子供達が歓声を上げる。


昔なら信じられない数字だった。


かつて人口二百人の貧困村。


病人だらけ。


盗賊に怯えるだけの村。


その面影はどこにも無い。


マイケルは学校の校舎を歩いていた。


教室は満員。


教師も満員。


生徒も満員。


そして教師を育てる教師まで存在する。


教導スキル。


かつて存在しなかった概念。


教えることに特化した才能。


二万人。


それだけの人材が生まれていた。


マイケルは微笑む。


「次の教師課程は?」


副教師が答える。


「三千二百名です」


「多いな」


「希望者が増えています」


当然だった。


教育が豊かさを生む。


皆が理解している。


だから教師が尊敬される。


だから教師になりたがる。


だからまた教師が増える。


好循環だった。


治療院。


エルナが診療を行っていた。


病人は少ない。


昔は違った。


栄養失調。


感染症。


怪我。


飢餓。


毎日だった。


今は違う。


衛生教育。


食料供給。


治療技術。


予防医学。


全てが普及した。


病気そのものが減っている。


若い治癒師が報告する。


「本日の重症患者ゼロです」


エルナは嬉しそうに笑った。


「いいことね」


平和とは病人が減ること。


彼女はそれを知っていた。


工業地区。


紡織産業が拡大していた。


巨大な工房。


無数の織機。


リーザ。


リーブ。


リーゼ。


三人のエルフ職人が現場を指揮する。


糸が流れる。


布が生まれる。


服になる。


商品になる。


輸出される。


雇用が生まれる。


富が生まれる。


「第五工場完成です!」


職人が叫ぶ。


歓声が上がる。


かつて森で暮らしていたエルフ達。


今では世界最大級の紡織産業を支えていた。


環境が人を育てた。


その象徴だった。


物流本部。


トミーが数字を見ていた。


頭を抱える。


「また増えてる」


部下が笑う。


「人口ですか?」


「人口もだ」


「荷物もだ」


「教師もだ」


「学校もだ」


「全部だ」


部下達も笑った。


嬉しい悲鳴だった。


物流は国家の血管。


そして今。


血液は勢いよく流れている。


止まらない。


農地。


地平線まで畑が続く。


穀物。


野菜。


果樹。


家畜。


全てが育つ。


農業革命。


それは完成していた。


魔法農業。


灌漑技術。


土壌改良。


品種改良。


教育。


全てが融合している。


食料充足率二百三十六%。


食料不足は存在しない。


むしろ余る。


余った食料は輸出される。


利益になる。


また学校が建つ。


また人材が育つ。


循環だった。


夕方。


索敵部隊本部。


ミシェルが若い索敵兵を指導している。


八千人。


世界最大規模の索敵組織。


風魔法。


光魔法。


超能力。


索敵技術。


全てを組み合わせる。


空。


地上。


地下。


全てを監視する。


若い兵士が報告する。


「周辺異常なし」


「よし」


ミシェルは頷く。


平和は監視によって守られる。


誰よりも彼女は理解していた。


同時刻。


戦闘部隊。


ロバートが訓練を見ていた。


八千人。


精鋭。


全員が魔法を使う。


全員が超能力を使う。


全員が教育を受けている。


戦うためだけの軍ではない。


守るための軍。


それが特徴だった。


ロバートは部下達を見る。


皆笑っている。


未来がある。


家族がいる。


帰る場所がある。


だから強い。


恐怖ではなく希望で戦う。


それがこの軍だった。


夜。


中央会議所。


ケルナインが窓の外を見ていた。


七万五千人の灯り。


無数の明かり。


人々の生活。


学校。


工房。


農地。


治療院。


市場。


全部見える。


エレノアが隣へ来た。


黒髪の美しい侯爵。


若返った四十代前半の姿。


彼女も窓の外を見る。


「終わりましたね」


ケルナインは少し考えた。


そして首を振る。


「違う」


「え?」


「始まっただけだ」


エレノアは微笑む。


その答えを予想していた。


国家を作ることが目的ではない。


人を育てること。


それが目的。


人が育てば。


また誰かを育てる。


教師が教師を育てる。


職人が職人を育てる。


農民が農民を育てる。


治癒師が治癒師を育てる。


国家はその結果に過ぎない。


夜空。


星が輝いていた。


七万五千人の国家。


教師四万人。


教導スキル二万人。


索敵部隊八千人。


戦闘部隊八千人。


魔法属性覚醒率百%。


それでも。


ケルナインは満足していなかった。


まだ育てられる。


まだ人は伸びる。


まだ未来は広がる。


かつて盗賊に怯えていた貧困村。


病と飢えに苦しんでいた小さな村。


そこから始まった物語は。


今や一つの国家を終わらせ。


新しい時代を生み出していた。


国家とは人である。


そして。


人を育てる環境こそが。


最強の力だった。







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