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滅びかけた貧困村から始まった教育革命が、やがて世界文明そのものを変えるまでの物語  作者: 慈架太子


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77話 戦わずして勝つ

朝。


ジョンウン王国軍本陣。


沈黙が支配していた。


二万人。


まだ数だけなら脅威だった。


しかし。


兵士達の顔には戦意がない。


空腹。


疲労。


絶望。


それだけが残っていた。


昨日。


一万人が投降した。


そして投降した兵士達は殺されなかった。


食事を与えられた。


治療を受けた。


眠る場所を与えられた。


その噂は一晩で全軍へ広がった。


兵士達は知ってしまった。


敵の方が豊かだと。


敵の方が人を大切にしていると。


将軍は苦悩していた。


戦えば負ける。


勝てる未来が見えない。


索敵兵が報告する。


「敵軍配置確認」


「戦闘部隊二千」


「索敵部隊二千」


将軍は眉をひそめる。


少なすぎる。


だが。


知っている。


あの二千が異常だ。


全員が魔法使い。


全員が戦士。


全員が教育を受けている。


一人一人が精鋭。


こちらの兵士は違う。


飢えた農民。


徴兵された民。


戦う理由も知らない。


さらに報告が来る。


「都市内部確認」


「農地稼働中」


「学校稼働中」


「工房稼働中」


「市場稼働中」


将軍は苦笑した。


戦争中とは思えない。


敵は日常を続けている。


つまり。


負けると思っていない。


いや。


勝つことを疑っていない。


その差が大きすぎた。


昼。


エミリーが前へ出た。


狼獣人。


都市防衛軍総指揮官。


背後にはロバート。


リーヴ。


ティグリス。


ソフィア。


カタリナ。


強者達が並ぶ。


しかし武器は抜かない。


エミリーは風魔法を使った。


声が戦場全体へ響く。


「聞け」


静寂。


二万人が耳を傾ける。


「私はエミリー」


「この都市の防衛責任者だ」


兵士達が見上げる。


エミリーは続ける。


「昨日投降した一万人は生きている」


「飯もある」


「寝床もある」


「仕事もある」


ざわめき。


兵士達の目が揺れる。


エミリーは真っ直ぐ前を見る。


「お前達は敵じゃない」


「飢えた民だ」


さらにざわめきが広がる。


「武器を置け」


「生きろ」


「死ぬ理由がない」


言葉は短かった。


それだけで十分だった。


最初に武器を捨てたのは若い兵士だった。


槍が落ちる。


カラン。


乾いた音。


次に剣。


次に弓。


そして。


一人。


十人。


百人。


千人。


波のように広がる。


二万人の兵士達が武器を捨て始めた。


将軍は空を見上げた。


負けた。


戦場でではない。


もっと前に。


国が民を捨てた時点で。


負けていた。


将軍は膝をつく。


「降伏する」


その言葉で全てが終わった。


誰も死ななかった。


剣は抜かれなかった。


戦闘は発生しなかった。


ジョンウン王国軍三万人。


完全投降。


都市は戦わずして勝利した。


夕方。


受け入れ作業が始まる。


トミーは忙しく走り回っていた。


「食料振り分け!」


「住居区画整理!」


「職業別分類!」


商業スキル。


流通スキル。


在庫スキル。


全てが稼働する。


五万を超える人間を支える仕組み。


それが既に完成していた。


マイケルも動く。


「文字が読めない人はこちら!」


「魔法講習はこちら!」


「農業希望者はこちら!」


教師達が並ぶ。


その数。


一万五千人。


教導スキル保有者一万人。


教育都市。


それが今の姿だった。


夜。


中央会議所。


セリナが報告する。


「人口」


紙を見ながら言う。


「五万五千人突破」


歓声が上がる。


エミリーが目を丸くする。


「すごい数字ね」


トミーは笑った。


「まだ増えるぞ」


続いて農業報告。


「食料充足率」


「二〇〇%維持」


さらに歓声。


農業革命。


灌漑。


肥料。


輪作。


大型倉庫。


全てが機能している。


二万人増えても崩れない。


それが強さだった。


エレノア・グランディア侯爵は静かに窓の外を見る。


黒髪が夜風に揺れる。


若返った美しい侯爵。


王都の重鎮。


彼女は目の前の都市を見ていた。


学校がある。


農地がある。


市場がある。


工房がある。


治療院がある。


笑顔がある。


そして。


未来がある。


「信じられませんね」


彼女は呟いた。


セリナが微笑む。


「何がです?」


「五万五千人の都市が」


「元は貧困村だったことです」


静かな笑いが漏れる。


本当にそうだった。


盗賊に怯え。


病に苦しみ。


飢えていた村。


それが今は違う。


教育がある。


環境がある。


機会がある。


エレノアは遠くを見る。


そこには新しく受け入れられた元兵士達がいた。


既に教師の話を聞いている。


学び始めている。


変わり始めている。


その姿を見て。


侯爵は確信した。


「人は愚かではない」


「環境が悪かっただけ」


セリナも頷く。


「ええ」


「ケルナイン様が証明しました」


高台のさらに上。


ケルナインは一人で都市を見ていた。


何も言わない。


命令もしない。


指示もしない。


必要ないからだ。


人が育った。


環境が育った。


仕組みが育った。


後は回り続ける。


五万五千人の都市。


戦わずに勝った都市。


人材が国家であることを証明した都市。


その灯りは夜空の下で輝き続けていた。







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