72話 人材こそ国家
春の風が大地を渡る。
かつて盗賊に怯え、病に苦しみ、飢えに泣いていた貧困村は、今や誰も想像できなかった場所へと変わっていた。
人口一万五千人突破。
食料充足率二五〇%突破。
教師総数八千人突破。
教導スキル保持者一〇〇〇人突破。
戦闘部隊一五〇〇名。
索敵部隊一五〇〇名。
そして。
全住民が魔法を扱える。
全住民が何らかの職業スキルを持つ。
世界中を探しても存在しない異常な都市国家だった。
だがこの場所では、それが当たり前になりつつあった。
理由は単純だった。
才能があったのではない。
教育があったのだ。
朝。
都市中央会議場。
大勢の幹部達が集まっていた。
セリナ。
エミリー。
ロバート。
トミー。
マイケル。
エルナ。
ソフィア。
カタリナ。
ガイル。
リーン。
ミシェル。
エレノア・グランディア侯爵。
そして。
部屋の隅にはいつものようにケルナインが座っていた。
発言はしない。
聞いているだけだった。
会議はもう彼が回すものではない。
育った人材が回すものだった。
セリナが報告を始める。
「人口一万五千二百十一名」
「今月だけで亡命者千三百名増加」
地図が広げられる。
ジョンウン王国。
国境沿いには赤い印が並んでいる。
亡命者流入地点だった。
トミーが笑う。
「相変わらず増えてるな」
狐耳が揺れる。
「風魔法放送が効いてる」
「商人も職人も来る」
「農民も来る」
「兵士まで来る」
資料には亡命者の職業が並んでいた。
鍛冶師。
農民。
大工。
織工。
薬師。
教師。
兵士。
官僚。
国家を支える人材そのものだった。
エレノア侯爵が静かに言う。
「国家は土地ではありません」
「人です」
「人材が流出する国は滅びます」
重い言葉だった。
全員が頷く。
実際にそれが起きている。
ジョンウン王国では逃亡者が増え続けていた。
風魔法放送は今日も続いている。
「仕事があります」
「食料があります」
「学校があります」
「治療院があります」
「努力は報われます」
ただそれだけ。
嘘は一つもない。
だから強い。
その時だった。
エルナが立ち上がった。
資料を配る。
会議室が少しざわめく。
「孤児院の報告です」
数字を見た全員が目を見開いた。
孤児院。
百施設。
完成。
静寂。
エルナは続けた。
「亡命者の子供達が増えています」
「親を失った子もいます」
「保護が必要です」
声は優しい。
だが内容は現実だった。
孤児達は増えている。
放置すれば犯罪に流れる。
教育がなければ荒れる。
だから先に守る。
先に育てる。
それがこの都市の考え方だった。
「百施設すべてに教師を配置しました」
「治療師も配置済みです」
「食料供給も問題ありません」
マイケルが微笑んだ。
「教師は足りてます」
かつて泣き虫だった少年はもういない。
彼の後ろには数千人の教師がいる。
「教導スキル保持者は千二十三人」
「教師総数八千百七十二人」
会議室に感嘆の声が広がる。
教導スキル。
人を育てる才能。
最初はマイケルだけだった。
それが今では千人を超えている。
環境が人を育てた結果だった。
リーンも報告する。
「薬師学校も拡張しました」
「治療師育成が順調です」
エルフの美女は穏やかに微笑んだ。
「病で亡くなる人はほぼゼロです」
かつて病で苦しんだ村。
その面影はもうない。
治療技術。
衛生教育。
浄化魔法。
光魔法。
教導スキル。
全てが積み重なった結果だった。
次にガイルが立つ。
「建築報告だ」
ドワーフの大男が地図を広げる。
「住宅地第四区完成」
「第五区建設開始」
「水路増設完了」
「倉庫群増設完了」
さらに報告は続く。
石造住宅。
共同浴場。
学校。
工房。
織物工場。
醸造施設。
巨大倉庫。
都市は止まらない。
発展し続けていた。
そして。
紡織産業の数字が発表される。
リーザ。
リーブ。
リーゼ。
三人のエルフ職人が立ち上がる。
「織物生産量前年比三百%」
「輸出量過去最高」
「雇用増加」
会場が沸く。
紡織産業は都市最大の輸出品になっていた。
亡命者達も仕事を得る。
子供達も学ぶ。
職人も育つ。
経済が回る。
トミーが満足そうに笑った。
「金が回るってのはいいことだ」
「みんな飯食えるからな」
単純な言葉だった。
だが本質だった。
食べられる。
学べる。
働ける。
それだけで人は変わる。
セリナが次の議題へ進む。
「戦力報告」
ロバートが立ち上がる。
将軍スキル保持者。
今や都市最大戦力の指揮官だった。
「戦闘部隊一五〇〇名」
「全員魔法運用可能」
「全員職業スキル保持」
資料には部隊編成が並んでいた。
前衛。
後衛。
魔法兵。
治療兵。
索敵兵。
補給兵。
完全な軍隊だった。
さらに。
ミシェルが立ち上がる。
「索敵部隊一五〇〇名」
「広域監視継続中」
風属性。
光属性。
超能力。
索敵技術。
全てが融合していた。
「ジョンウン王国の動きも監視中です」
地図が映る。
王国は少しずつ崩れていた。
徴税失敗。
食料不足。
地方反乱。
役人逃亡。
軍人逃亡。
職人逃亡。
教師逃亡。
人材が消えている。
エレノア侯爵が呟く。
「教育を軽視した結果ですね」
誰も否定しなかった。
強い兵士より。
優秀な教師。
強い王より。
優秀な人材。
それをこの都市は証明し始めていた。
そして。
会議終盤。
セリナが最後の報告を読み上げる。
「全住民魔法覚醒完了」
静寂。
「全住民職業スキル保持確認」
さらに静寂。
世界初。
誰も成し遂げたことがない。
都市全体の教育完了だった。
その瞬間。
全員の視線が自然とケルナインへ向いた。
だが彼は何も言わない。
静かに資料を閉じる。
代わりにマイケルが言った。
「先生のおかげです」
ケルナインは首を振った。
「違う」
久しぶりの発言だった。
全員が耳を傾ける。
「お前達が育てた」
短い。
それだけだった。
しかし全員が理解した。
本当にそうだからだ。
ケルナインは魔法を教えた。
魔力操作を教えた。
魔力循環を教えた。
魔力吸収を教えた。
実質無限魔力の使い方を見せた。
だが育てたのは彼ら自身だった。
教師が教師を育てた。
職人が職人を育てた。
戦士が戦士を育てた。
治療師が治療師を育てた。
環境が人を育てた。
それが真実だった。
会議終了後。
夕暮れ。
都市の高台からエルナは街を見下ろしていた。
孤児院。
学校。
工房。
畑。
織物工場。
笑う子供達。
働く大人達。
かつて存在しなかった景色。
その隣にケルナインが立つ。
「増えましたね」
エルナが言う。
「そうだな」
「まだ増えますか?」
「増える」
即答だった。
エルナは少し笑う。
「大変ですね」
「そうだな」
風が吹く。
遠くでは風魔法放送が続いている。
希望を伝える声。
亡命を呼びかける声。
そして国境の向こうでは。
今日もまた誰かが決意していた。
逃げることを。
生きることを。
学ぶことを。
未来を選ぶことを。
かつて貧困村だった場所は。
今や人材を育てる国家になろうとしていた。
剣ではなく。
教育で。
恐怖ではなく。
希望で。
そしてその歩みは、まだ始まったばかりだった。




