70話 人が人を育てる国
一万人都市。
その言葉が、もはや誇張ではなくなっていた。
かつては盗賊に怯えるだけだった貧困村。
病が流行れば人が死に。
干ばつが来れば飢え。
冬が来れば凍える。
そんな土地だった。
今は違う。
農地は広がり続けている。
果樹園は実をつける。
紡織工房は昼夜を問わず動く。
鍛冶工房からは鉄を打つ音が響く。
学校では子供も大人も学ぶ。
治療院には病人よりも勉強に来る者の方が多い。
食料充足率は二百%を超えていた。
飢えない。
病に強い。
働ける。
学べる。
そんな環境が整っていた。
そして。
この都市は新しい段階へ入ろうとしていた。
人材の大量育成である。
◇
都市中央会議所。
大きな机を囲んでいたのは各部門の責任者達だった。
セリナ。
エミリー。
ロバート。
トミー。
ミシェル。
マイケル。
エルナ。
リーン。
それぞれが今や数百人規模を率いる存在になっている。
◇
セリナが報告する。
「人口は一万三百二十四名」
「先月だけで四百八十七名増加」
「今月も増加傾向です」
◇
皆が頷いた。
驚く数字ではなくなっている。
むしろ問題は別だった。
◇
人が足りない。
◇
正確には。
教師が足りない。
◇
マイケルが資料を広げる。
「治療院の希望者は増えています」
「魔法教育希望者も増加」
「ですが教師が不足しています」
◇
エルナも続ける。
「孤児院も限界です」
「教育担当が足りません」
◇
リーンも頷く。
「薬師希望者も増えています」
「教えられる人数が追いつきません」
◇
沈黙。
嬉しい悲鳴だった。
◇
するとミシェルが翼を揺らした。
「なら増やしましょう」
◇
全員が見る。
◇
ミシェルは笑った。
「教師を」
◇
その一言だった。
◇
翌日から計画が始まる。
教育者育成計画。
◇
まずマイケル。
教導スキルを持つ治癒師。
彼は三百名を選抜した。
◇
魔法適性。
学習能力。
忍耐力。
人格。
全てを確認する。
◇
選ばれた者達は昼夜を問わず学ぶ。
治療。
教育理論。
魔力循環。
魔力操作。
鑑定。
応急処置。
衛生管理。
◇
半年後には教師として独立できる水準を目指す。
◇
続いてエルナ。
孤児院。
初等教育。
生活教育。
人格教育。
◇
彼女も三百名を選抜した。
◇
優しいだけでは駄目。
厳しいだけでも駄目。
人を育てられる人間。
そこを重視した。
◇
リーンも動く。
薬師育成。
薬草栽培。
調合。
保存。
病気予防。
衛生管理。
◇
こちらも三百名。
◇
そして。
ミシェルである。
◇
索敵教師。
鳥人族。
全属性索敵魔法の達人。
◇
彼女は千人規模の索敵部隊を率いていた。
◇
そのミシェルが新たな才能を開花させる。
◇
ある日の訓練場。
千人を超える索敵部隊。
数百人の新兵。
◇
ミシェルは空を見上げた。
◇
なぜ人が育つのか。
なぜこの都市だけが伸びるのか。
答えは単純だった。
◇
教える人間がいるから。
◇
その瞬間。
彼女の身体を光が包んだ。
◇
新たなスキル。
【教導】
◇
マイケル。
エルナ。
リーンに続く。
四人目の教導スキル保持者。
◇
歓声が上がる。
◇
ミシェルは笑った。
「ようやく追いつきましたね」
◇
その結果。
教師育成計画は一気に加速する。
◇
三千名。
◇
新たな教育者候補。
治癒師。
薬師。
生活教師。
索敵教師。
魔法教師。
◇
人が人を育てる。
その仕組みが完成し始めていた。
◇
同じ頃。
索敵部隊が奇妙な情報を持ち帰る。
◇
国境国家。
北方の閉鎖国家。
ジョンウン王国。
◇
セリナが資料を見る。
◇
「また増えています」
◇
亡命者だった。
◇
一人。
二人。
そんな数ではない。
◇
数十。
数百。
◇
毎月増えている。
◇
トミーが眉をひそめる。
「何が起きてる」
◇
亡命者達への聞き取りが始まる。
◇
内容は似ていた。
◇
重税。
徴発。
強制労働。
食糧不足。
処刑。
監視。
密告。
◇
そして。
飢餓。
◇
老人が震える声で言った。
「麦を作っても持っていかれる」
◇
若い母親が言った。
「子供が餓死しました」
◇
元兵士は俯く。
「反対した者は消える」
◇
重い空気が流れる。
◇
セリナが整理する。
「国家崩壊の兆候です」
◇
ロバートも頷く。
◇
「民が逃げ始めた国家は弱い」
◇
歴史が証明していた。
◇
しかし。
全員受け入れるわけにはいかない。
◇
スパイ。
犯罪者。
工作員。
◇
混じる可能性がある。
◇
そこで選別が行われた。
◇
索敵。
聞き取り。
経歴確認。
技能確認。
人格確認。
◇
徹底的だった。
◇
結果。
受け入れられた者達は驚く。
◇
飯がある。
◇
仕事がある。
◇
学校がある。
◇
治療院がある。
◇
殴られない。
◇
奪われない。
◇
子供が笑っている。
◇
涙を流す者もいた。
◇
ある老人が言った。
「夢を見ているようだ」
◇
誰も答えなかった。
◇
なぜなら。
この都市に住む者達も。
昔は同じだったから。
◇
盗賊に怯え。
病に苦しみ。
貧困に沈み。
明日を諦めていた。
◇
だから分かる。
◇
人は環境で変わる。
◇
才能が無かったのではない。
◇
育つ場所が無かっただけだ。
◇
会議所の窓から。
夕陽が都市を照らしていた。
◇
戦闘部隊一千名。
索敵部隊一千名。
教師育成候補三千名。
人口一万人超。
食料充足率二百%以上。
◇
そして。
今日も新しい亡命者達が門をくぐる。
◇
誰かに捨てられた人間達。
◇
その人々を迎える都市の看板には。
ただ一言だけ書かれていた。
◇
「学べ」
◇
その言葉こそ。
この都市がここまで大きくなった理由だった。




