67話 香辛料革命
人口八千人を超えた都市は、今日も成長を続けていた。
畑は広がる。
果樹園も広がる。
紡織工房も増える。
物流網も拡張される。
食料充足率は二百%を超えたまま維持されていた。
飢えはない。
病も少ない。
盗賊に怯える日々も遠い昔の話だった。
そんな中で。
新たな革命が始まろうとしていた。
食の革命。
香辛料革命である。
◇
都市南部。
新設された試験農場。
セリナは広大な畑を見渡していた。
そこには穀物ではない作物が植えられている。
唐辛子。
山椒。
胡椒。
右近。
クミン。
コリアンダー。
菜種。
胡麻。
これまで生産していなかった植物だった。
農業班の責任者が報告する。
「発芽率良好です」
「病害もありません」
「土壌適性も確認できました」
セリナは満足そうに頷いた。
穀物だけでは豊かになれない。
野菜だけでも足りない。
食文化。
それが必要だった。
人は腹が満たされるだけでは幸せになれない。
美味しいものを食べて初めて豊かになる。
それを都市は理解し始めていた。
◇
最初に収穫されたのは胡麻だった。
黄金色の粒。
農民達は不思議そうに眺める。
「これ食えるのか?」
「小さいな」
「鳥の餌みたいだ」
すると加工担当の職人達が笑った。
「見てろ」
石臼が回る。
圧搾機が動く。
やがて。
透明な黄金色の液体が流れ出した。
胡麻油。
香りが広がる。
周囲の人々が目を丸くする。
「おお……」
「いい匂いだ」
「なんだこれ」
料理人達が飛びついた。
◇
続いて菜種。
こちらも油になる。
大量生産が可能だった。
料理人達は歓喜した。
油は文明だった。
焼く。
揚げる。
炒める。
料理の幅が一気に広がる。
これまで煮るだけだった料理が変わる。
食卓が変わる。
生活が変わる。
◇
そして唐辛子。
最初の犠牲者は若い農夫だった。
赤い実をかじる。
数秒後。
「ぐあああああああああ!!」
畑中に悲鳴が響いた。
周囲は騒然。
水を飲む。
転げ回る。
涙を流す。
鼻水も出る。
皆が慌てる。
しかし。
料理人達は笑っていた。
「面白い」
「使えるぞ」
「これは武器だ」
辛味。
この世界には珍しい刺激だった。
◇
山椒も凄かった。
舌が痺れる。
誰も経験したことがない感覚。
料理人達は興奮する。
「肉に合う」
「魚にも合う」
「保存食にも使える」
次々に試作品が生まれた。
◇
クミン。
コリアンダー。
こちらはさらに衝撃だった。
香り。
それまでの料理には存在しなかった概念。
焼いた肉に振る。
煮込みに入れる。
スープに加える。
それだけで別物になる。
◇
料理工房。
都市中の料理人達が集まっていた。
職人達は競争を始める。
誰が一番美味い料理を作れるか。
誰が新しい調味料を生み出せるか。
戦争のような熱気だった。
そして。
覚醒が始まった。
「え?」
若い料理人が固まる。
頭上に光が浮かぶ。
鑑定持ちが驚いた。
「料理スキルだ!」
周囲も騒然となる。
料理人達は次々覚醒していく。
料理スキル。
味覚強化。
香気理解。
調合。
発酵理解。
保存加工。
食材鑑定。
これまで存在しなかった職業スキルだった。
◇
グランは笑った。
醤油。
味噌。
味醂。
酢。
ウスターソース。
様々な調味料を生み出してきた男である。
「面白くなってきたな」
弟子達も燃えていた。
新しい調味料を作る。
誰も見たことがない味を作る。
その競争が始まる。
◇
最初の傑作は唐辛子味噌だった。
辛い。
旨い。
保存も利く。
爆発的に広がった。
次は胡麻味噌。
さらに山椒醤油。
胡椒塩。
香草酢。
様々な調味料が誕生していく。
◇
市場も変わった。
人々が集まる。
試食会が始まる。
歓声が上がる。
「美味い!」
「なんだこれ!」
「肉が別物だ!」
都市は祭りのような熱気に包まれていた。
◇
トミーは物流倉庫で頭を抱えていた。
「足りねえ!」
「全然足りねえ!」
香辛料が売れすぎる。
調味料が売れすぎる。
生産が追いつかない。
倉庫が空になる。
市場から在庫が消える。
嬉しい悲鳴だった。
◇
マーガレット・ヴァレリアも驚いていた。
商会本部。
山のような注文書。
「全部売れるの?」
部下が頷く。
「全部です」
「王都も欲しがっています」
「貴族も欲しがっています」
「商業都市も注文しています」
マーガレットは笑った。
また新しい商品が生まれた。
また都市が強くなる。
◇
夕暮れ。
中央広場。
様々な料理が並ぶ。
焼肉。
煮込み。
串焼き。
野菜炒め。
スープ。
保存食。
全てに新しい香辛料が使われていた。
人々は笑う。
子供も笑う。
老人も笑う。
戦士も笑う。
職人も笑う。
豊かさとは何か。
それは数字だけではない。
美味しいものを食べること。
家族と笑うこと。
明日を楽しみにできること。
それもまた豊かさだった。
◇
夜。
都市の灯りが輝く。
畑では新しい香辛料が育つ。
工房では新しい調味料が生まれる。
料理人達は眠らない。
もっと美味いものを作るために。
環境が人を育てる。
そして育った人が文化を生む。
食の革命は始まったばかりだった。




