64話 都市
朝日が昇る。
かつて貧困村と呼ばれた土地は、もはや誰も村とは呼ばなかった。
広い農地。
巨大な倉庫。
紡績工房。
鍛冶工房。
治療院。
学校。
訓練場。
石畳の道路。
そして無数の住宅。
人口は七千人を突破していた。
それでも食料充足率は二百パーセントを維持している。
飢えはない。
病は減った。
盗賊は消えた。
奴隷商も消えた。
環境が人を育てる。
ケルナインが最初に語った言葉は、今や現実となっていた。
広場ではロバートが朝の報告を受けていた。
「新規移住者は三百二十七名」
「元奴隷が大半です」
報告するのはセリナだった。
ダークエルフの美女は地図を広げる。
その顔に迷いはない。
「住宅不足が発生しています」
「想定より増加速度が早い」
ロバートは頷いた。
当然だった。
奴隷商を壊滅させた。
解放された人々は噂を聞く。
安全。
仕事がある。
飯がある。
教育がある。
なら来る。
人は生きられる場所へ集まる。
それだけの話だった。
「建てるか」
ロバートが言う。
「建てましょう」
セリナが答えた。
会議は一分で終わった。
誰も反対しない。
必要だからだ。
その日のうちに建設が始まる。
石材。
木材。
鉄。
全て揃っている。
ガイルが笑う。
「ようやく職人らしい仕事だな」
ベルンも笑う。
「負けねぇぞドワーフ」
職人達が動き出す。
土属性魔法。
石属性魔法。
超能力。
建築技術。
全てが融合する。
巨大な住宅地が作られていく。
石壁が立つ。
木材が組まれる。
窓が入る。
屋根が完成する。
普通の国家なら数年。
この都市では数日だった。
土属性魔法使いが基礎を作る。
石属性魔法使いが壁を作る。
大工が仕上げる。
超能力者が資材を運ぶ。
全員が訓練されていた。
全員が技術者だった。
やがて。
集合住宅二百棟が完成する。
広大な住宅街だった。
元奴隷たちが言葉を失う。
「本当に住んでいいのか……」
老人が震える。
エルナが微笑む。
「もちろんです」
「ここは皆さんの家です」
老人は泣いた。
家を持つ。
それは当たり前ではない。
奴隷には無かった。
財産も無かった。
未来も無かった。
だから泣いた。
隣では別の工事が進む。
公衆浴場だった。
一つ。
二つ。
三つ。
増えていく。
最終的に二百軒。
巨大な浴場街が完成する。
温水は水属性魔法。
加熱は火属性魔法。
浄化は光属性魔法。
維持費はほとんどかからない。
風呂文化が広がる。
病が減る。
衛生状態が改善する。
労働効率も上がる。
エルナが診療記録を見る。
「皮膚病が減っています」
「感染症も減少」
マイケルが頷く。
「予想以上です」
治療院も進化していた。
以前は治す場所だった。
今は病気を防ぐ場所になっている。
それが教育だった。
午後。
ミシェルが帰還する。
空から。
鳥人族の翼が広がる。
「調査終了」
広場へ降り立つ。
ロバート。
セリナ。
トミー。
主要幹部が集まる。
地図が広げられた。
国境国家。
奴隷商を支援していた国家。
その現状が映る。
ミシェルが説明する。
「予想以上に酷い」
静かになる。
「農地放棄」
「治安崩壊」
「汚職蔓延」
「兵士の横流し」
「奴隷商との癒着」
「飢餓発生」
誰も驚かない。
予想通りだった。
セリナが呟く。
「腐っている」
ミシェルが続ける。
「国境付近の村は壊滅状態」
「食料不足」
「治療院なし」
「教育なし」
かつての自分達と同じだった。
違うのは。
救う人がいなかったこと。
ロバートは腕を組む。
「放っておいても崩れるな」
「ええ」
セリナが頷く。
「問題は崩れた後です」
難民。
流民。
盗賊。
それらが流れ込む可能性がある。
トミーが口を開いた。
「準備しよう」
皆が見る。
狐獣人は真面目な顔だった。
「人は来る」
「間違いなく来る」
「仕事を増やす」
「住宅を増やす」
「学校を増やす」
それが答えだった。
夕方。
訓練場では新兵教育が行われていた。
人口七千人。
戦闘部隊七百人。
索敵部隊七百人。
合計千四百人。
人口の二割が防衛に関わる。
異常な数字だった。
しかし必要だった。
国境だから。
敵がいるから。
ロバートが指導する。
「構えろ!」
兵士達が動く。
以前とは別人だった。
魔法を使う。
超能力を使う。
連携する。
統率される。
恐怖がない。
訓練されている。
リーヴが風属性部隊を率いる。
「ウィンドバレット!」
数十の風弾が飛ぶ。
正確だった。
ティグリスは土属性部隊を指導する。
「アースウォール!」
巨大な土壁が並ぶ。
防御陣地が完成する。
ソフィアは前衛を鍛える。
カタリナは槍兵を鍛える。
全てが組織化されていた。
一方。
索敵部隊も進化していた。
ミシェルが教壇に立つ。
「透視」
「念聴」
「遠隔透視」
「危機感知」
若者達が学ぶ。
かつて誰も教えなかった技術。
才能が無いのではない。
教わらなかっただけ。
その証明だった。
夜。
広場では灯りがともる。
住宅街にも灯りがともる。
風呂から笑い声が聞こえる。
酒場は賑わう。
工房も動いている。
学校では夜間授業が続く。
老人が文字を学ぶ。
子供が魔法を学ぶ。
元奴隷が職人になる。
元盗賊が農民になる。
元難民が教師になる。
環境が人を育てる。
それは理想論ではなかった。
現実だった。
広場の端。
ケルナインは静かに街を見る。
何も言わない。
命令もしない。
必要ない。
人々は自分で動く。
自分で学ぶ。
自分で育つ。
その環境は完成しつつあった。
遠くでは建設中の住宅がまだ増えている。
さらに人が来る。
さらに都市は大きくなる。
さらに人材は育つ。
国境国家は崩れ始めていた。
そしてこちらは成長を続ける。
剣で勝つのではない。
環境で勝つ。
教育で勝つ。
生産で勝つ。
人材で勝つ。
七千人都市は、その力を証明し続けていた。




