63話 利益
村の朝は忙しかった。
農地では収穫が続く。
工房では鍛冶師たちが鉄を打つ。
治療院ではマイケルとエルナが患者を診る。
紡績工房では大量の布が生産されていた。
羊毛。
綿。
魔法布。
そして混紡布。
六千人を超える人口を抱える村は、もはや村ではなかった。
一つの都市だった。
その日。
巨大な商隊が村へ到着する。
先頭を歩く女はいつも通り派手だった。
長い赤髪。
整った顔立ち。
抜群の体格。
そして豪快な笑顔。
マーガレット・ヴァレリア。
ヴァレリア商会会頭。
村最大の取引相手だった。
「はっはっは!」
「最高じゃないか!」
村へ到着するなり笑い声が響く。
トミーが迎える。
「何がそんなに嬉しいんだ?」
マーガレットは布を掲げた。
綿と羊毛の混紡布。
村の新商品だった。
「売れた!」
「飛ぶように売れた!」
商人たちがどよめく。
マーガレットは続ける。
「王都の貴族も買った!」
「冒険者も買った!」
「商人も買った!」
「兵士まで買った!」
全員が顔を見合わせる。
予想以上だった。
綿は軽い。
羊毛は暖かい。
魔法布は丈夫。
混ぜれば性能が上がる。
理屈は簡単。
しかし誰もやっていなかった。
それだけだった。
マーガレットは大声で笑う。
「だから全部買う!」
「全部だ!」
村人たちが驚く。
工房長たちも驚く。
しかしマーガレットは本気だった。
荷車。
荷車。
荷車。
大量の荷車が並ぶ。
混紡服。
作業服。
冬服。
外套。
毛布。
次々と積み込まれていく。
トミーが計算板を見る。
そして固まった。
「……おい」
「どうした?」
「金貨三百枚残る」
周囲が静かになる。
金貨三百枚。
普通の村なら数年分の予算だった。
マーガレットは笑う。
「まだ安いくらいさ」
「これからもっと売れる」
「生産量を増やしてくれ」
リーンが驚いていた。
「そんなにですか?」
「そんなにだ」
マーガレットは断言する。
「服は消耗品だ」
「全員が使う」
「貴族も平民も冒険者も使う」
「だから売れる」
それは単純な理屈だった。
食料。
衣服。
住居。
人間は必ず必要とする。
だから強い。
トミーは深く頷く。
商売人として理解していた。
武器より強い。
贅沢品より強い。
生活必需品は裏切らない。
夕方。
金貨が倉庫へ運び込まれる。
金貨三百枚。
銀貨は数えきれない。
銅貨は山になっていた。
村人たちが息を飲む。
エミリーが呟いた。
「昔なら考えられないな」
貧困村。
飢えていた村。
盗賊に怯えていた村。
その面影はどこにも無かった。
その頃。
ロバート率いる部隊は動いていた。
目的は残存奴隷商の殲滅。
残り七拠点。
もはや戦争ではない。
作業だった。
ミシェルが空を飛ぶ。
風属性索敵。
遠隔透視。
念聴。
敵位置は全て把握済み。
セリナが地図を確認する。
「第一拠点確認」
ロバートが頷く。
「行くぞ」
部隊が進む。
百人。
二百人。
三百人。
戦闘経験者ばかりだった。
敵拠点。
見張りが気付く。
「て、敵だ!」
叫びは途中で終わった。
リリーの風属性魔法。
ウィンドバレット。
見張りが吹き飛ぶ。
続いて拘束魔法。
風の檻。
影の拘束。
氷の檻。
逃げ場は無い。
ソフィアが突撃する。
巨大な斧槍が振り下ろされる。
門が砕けた。
カタリナが笑う。
「弱いな」
グレイブが走る。
敵が倒れる。
ガイルの石弾。
ストーンバレット。
ベルン製の魔導武器。
次々と敵を制圧する。
十分後。
終了。
奴隷商は壊滅した。
ロバートが命じる。
「奴隷を保護しろ」
「倉庫を確認」
「鉄を回収」
全員が動く。
訓練されている。
指示待ちではない。
自分で考える。
それが村の教育だった。
第二拠点。
第三拠点。
第四拠点。
第五拠点。
第六拠点。
第七拠点。
全て同じだった。
抵抗は弱い。
組織は既に崩壊している。
補給も無い。
統率も無い。
希望も無い。
だから勝負にならない。
夕暮れ。
最後の拠点。
太った奴隷商の頭目が震えていた。
「ま、待て!」
「金ならある!」
ロバートは冷たい目を向ける。
「そうか」
男が笑う。
助かったと思った。
しかし次の言葉で凍り付く。
「その金は元々お前の物じゃない」
沈黙。
奴隷商は何も言えなかった。
背後では奴隷たちが解放されている。
泣く者。
笑う者。
崩れ落ちる者。
ロバートはそれを見た。
だから迷わない。
悪党を生かす理由は無かった。
やがて最後の拠点も沈黙した。
夜。
部隊は帰還する。
奴隷は保護された。
鉄を確保した。
木材も確保した。
武器も回収した。
食料も回収した。
人的被害はほぼゼロ。
村へ戻ると歓声が上がる。
新しい仲間が増える。
職人が増える。
農民が増える。
教師が増える。
治癒師が増える。
人口はさらに増加する。
環境が人を育てる。
その言葉を証明するように。
救われた人々は学ぶ。
働く。
成長する。
やがて誰かを救う側になる。
ケルナインは広場の端からその光景を見ていた。
何も言わない。
指示もしない。
既に必要無かった。
ロバートが動く。
エミリーが守る。
セリナが考える。
トミーが稼ぐ。
マイケルが教える。
エルナが支える。
村人たちが育っていた。
人材こそ国家。
その言葉は、もはや理想ではない。
現実になっていた。
そして国境国家最大の奴隷商組織は、この日完全に地図から消えた。




