62話 混紡
朝。
村の紡績工房には朝早くから人が集まっていた。
羊毛の山。
綿花の山。
そして魔法布。
かつてなら想像もできなかった光景だった。
人口は六千人を超えている。
食料充足率は二〇〇%以上。
飢えはない。
病も減った。
盗賊も近寄れない。
それでも課題は残る。
人が増えれば必要な物も増える。
服だ。
毛布だ。
作業着だ。
防寒具だ。
生活を支える繊維製品が足りない。
リーンは工房の中央で羊毛を手に取った。
「柔らかいですね」
隣ではリーザが綿花を見つめる。
「こちらは軽いです」
リーブも頷いた。
「どちらも良いですね」
そこへトミーが現れる。
商人らしい笑みを浮かべていた。
「だから混ぜるんだよ」
三人が首を傾げる。
トミーは机の上へ資料を並べた。
「羊毛だけなら暖かい」
「綿だけなら軽い」
「魔法布だけなら高価すぎる」
「なら混ぜる」
それは単純な発想だった。
しかし産業を変える発想でもあった。
羊毛と綿。
綿と魔法布。
羊毛と魔法布。
それぞれの長所を活かす。
リーンは目を輝かせた。
「やってみましょう」
試作はすぐに始まった。
洗浄。
乾燥。
紡績。
織布。
村には既に教育がある。
技術者もいる。
だから習得が早い。
一週間後。
最初の試作品が完成した。
羊毛と綿の混紡布。
暖かく軽い。
冬服に向いている。
綿と魔法布の混紡布。
軽く丈夫。
作業着に最適だった。
羊毛と魔法布の混紡布。
防寒性能が高い。
さらに魔力伝導率も優秀。
冒険者装備として価値が高い。
リーンは完成品を抱きしめた。
「凄い……」
リーザも驚いている。
「こんな布、見たことありません」
リーブも頷いた。
「王都でも売れます」
その言葉にトミーが笑う。
「売れるどころじゃねぇ」
「飛ぶぞ」
商売人の勘が告げていた。
これは売れる。
間違いなく売れる。
その頃。
別働隊は動いていた。
国境国家。
奴隷商組織。
ロバート率いる戦闘部隊。
ミシェル率いる索敵部隊。
総勢千名規模。
目的は討伐ではない。
調査だった。
敵の残存戦力を把握する。
そのための作戦である。
ミシェルが空へ舞う。
風属性索敵。
念聴。
透視。
遠隔透視。
複数能力が重なる。
地上ではセリナが情報を整理していた。
「三か所」
「反応があります」
ロバートが頷く。
「規模は?」
「小さいです」
「百人未満」
周囲が静かになる。
かつて村を苦しめた奴隷商。
その正体が見えてきていた。
強大な組織ではない。
巨大国家の庇護を受けていただけ。
中核を失えば脆い。
ロバートは部下たちを見る。
「焦る必要はない」
「一つずつ削る」
皆が頷いた。
恐怖は無い。
昔の彼らではない。
教育を受けた。
訓練した。
努力した。
だから強い。
環境が人を育てた。
その結果だった。
索敵は続く。
念話が飛ぶ。
遠隔透視が広がる。
奴隷商拠点の位置。
補給路。
人員。
倉庫。
全てが見えていく。
セリナが地図へ印を付ける。
「残り七拠点」
「予想より少ないですね」
ロバートは笑った。
「崩れてるんだろうな」
実際その通りだった。
奴隷商組織は崩壊を始めていた。
補給が無い。
人材が無い。
金が無い。
指揮官も失った。
村が一つ一つ削り続けた結果である。
巨大な木を倒す必要はない。
根を切ればいい。
枝を落とせばいい。
やがて枯れる。
それが今起きていた。
夕方。
調査隊は帰還する。
村では新しい服が配られていた。
子供たちが走る。
老人が笑う。
職人が働く。
農民が畑を耕す。
羊毛産業。
農業革命。
鍛冶産業。
教育。
医療。
全てが循環していた。
エレノア・グランディア侯爵はその光景を見つめる。
七十代後半。
本来なら老境。
しかし彼女は若かった。
四十代前半にしか見えない。
肌は美しい。
背筋は伸びている。
瞳にも力がある。
長年この村で暮らした結果だった。
栄養。
衛生。
医療。
平穏。
それらが人を変える。
エレノアは静かに呟く。
「人は環境で変わるのですね」
誰も否定しない。
それは村そのものだった。
貧困村。
そう呼ばれていた土地。
飢え。
病。
絶望。
その全てがあった場所。
今は違う。
人材が育つ。
技術が育つ。
産業が育つ。
人が集まる。
さらに発展する。
循環が生まれていた。
夜。
工房では灯りが消えない。
新しい布を作るためだ。
新しい服を作るためだ。
新しい未来を作るためだ。
そして村はまた一歩、国家へ近づいていた。




