61話 羊毛と国家
朝日が村を照らしていた。
かつて貧困村と呼ばれた土地は、もはや別の場所だった。
石造りの集合住宅。
整備された道路。
巨大な倉庫群。
公衆浴場。
治療院。
学校。
鍛冶工房。
紡績工房。
そして広大な農地。
人口は六千人を突破していた。
食料充足率は二〇〇%を超える。
飢えはない。
病も少ない。
盗賊も近寄らない。
かつて絶望しかなかった土地は、人が集まる土地へ変わっていた。
村の中央広場。
ケルナインは静かに羊皮紙を眺めていた。
その前にはトミー、セリナ、エミリー、ロバートがいる。
「次は羊毛だな」
トミーが頷く。
「服が足りねぇんだ」
「食い物は余ってる」
「住む場所もある」
「でも人口増加が速すぎる」
セリナも続ける。
「毛布」
「冬服」
「作業服」
「需要は増える一方です」
ロバートが腕を組んだ。
「狩るか」
「狩る」
短い会話だった。
結論は出ている。
スリープシープ。
巨大な羊型魔物。
羊毛の品質は高い。
大量確保できれば紡織産業が一気に進む。
その日のうちに討伐隊が編成された。
エミリー率いる戦闘部隊。
リーヴ。
ティグリス。
ソフィア。
カタリナ。
さらに索敵部隊も同行する。
ミシェルが空へ飛び上がった。
鳥人族の視力が大地を走る。
風属性索敵。
念聴。
遠隔透視。
複数の能力が重なる。
「見つけた!」
念話が飛ぶ。
「三百以上います!」
エミリーが牙を見せた。
「包囲する!」
戦闘は一方的だった。
リーヴの風刃。
ティグリスの土槍。
ソフィアの巨大な斧槍。
カタリナの長大な矛。
そこへ魔法が重なる。
ウィンドバレット。
ストーンバレット。
ウォーターバレット。
アイスランス。
羊の群れは逃げようとした。
だが逃げられない。
風の壁。
土の壁。
氷の壁。
完全包囲。
「終わりだ」
エミリーが前へ出る。
身体強化。
筋肉強化。
重力操作。
狼獣人の身体能力が爆発する。
スリープシープが吹き飛んだ。
討伐は二時間で終わった。
三百体。
羊毛が山のように積まれる。
村へ戻ると歓声が上がった。
「羊毛だ!」
「すごい量だ!」
「冬が楽になる!」
リーンが目を輝かせる。
リーザも興奮している。
リーブも同じだった。
彼女たちはすぐに作業へ入った。
洗浄。
乾燥。
選別。
紡績。
織布。
職人たちも加わる。
ドワーフのグラン。
バルド。
鍛冶師ベルン。
皆が協力する。
教育がある。
知識がある。
だから成長も早い。
数日後。
最初の布が完成した。
歓声が上がる。
白く美しい布。
柔らかい毛布。
暖かい衣服。
リーンはそれを抱きしめた。
「できた……」
感動していた。
貧しい時代なら考えられなかった。
服を選べる。
暖かく眠れる。
そんな当たり前が無かった。
今は違う。
環境が変わった。
だから人も変わった。
教育がある。
仕事がある。
未来がある。
広場では子供たちが走っている。
孤児だった者もいる。
奴隷だった者もいる。
難民だった者もいる。
皆が笑っていた。
その頃。
ロバート率いる戦闘部隊は別任務に出ていた。
国境国家。
奴隷商の拠点。
六番。
七番。
八番。
九番。
十番。
順番に潰していく。
索敵部隊が位置を特定。
戦闘部隊が突入。
抵抗は弱い。
「終わりだ」
シャドウバインド。
影が敵を拘束する。
続く。
風の拘束。
土の拘束。
氷の拘束。
逃げられない。
戦闘は短時間で終わった。
奴隷たちは保護。
倉庫を調査。
鉄。
木材。
布。
工具。
武器。
全て回収。
アイテムボックスへ収納される。
十番拠点。
最後の倉庫を開いた時だった。
ロバートが苦笑する。
「また空か」
何もない。
人もいない。
財貨もない。
組織が崩れている。
それが分かった。
国境国家の奴隷商組織は想像以上に脆かった。
中核を失った集団は急速に弱体化する。
既に連携は崩壊。
補給も崩壊。
指揮系統も崩壊。
残るのは小さな拠点だけ。
ロバートは仲間たちを見る。
「進むぞ」
「はい!」
返事は力強い。
誰も恐れていない。
なぜなら彼らは知っている。
自分たちは昔とは違う。
教育を受けた。
訓練を受けた。
努力した。
強くなった。
そして守るべき場所がある。
村へ帰還すると再び歓声が起きた。
人口六千人突破。
食料充足率二〇〇%以上。
羊毛産業始動。
農業革命継続。
鍛冶産業拡大。
治療院拡張。
学校拡張。
全てが前へ進んでいた。
夜。
広場では新しい毛布が配られていた。
子供たちが喜ぶ。
老人たちが笑う。
家族が寄り添う。
その光景を少し離れた場所からケルナインは見ていた。
何も言わない。
指示もしない。
村人たちが自分で動いている。
それで十分だった。
人は才能が無いのではない。
環境が無かっただけだ。
教育が無かっただけだ。
環境が人を育てる。
その証明が今、目の前に広がっていた。
夜空には満天の星。
かつて貧困村と呼ばれた土地は、静かに国家への道を歩み続けていた。




