60話 拡大
国境国家西部。
奴隷商拠点壊滅から二週間。
村は止まらなかった。
むしろ加速していた。
最初の拠点。
第二拠点。
第三拠点。
第四拠点。
第五拠点。
村は五つの拠点を順番に削った。
焦らない。
無理をしない。
確実に潰す。
それがロバートの方針だった。
敵を侮らない。
敵を恐れない。
その積み重ねが結果になった。
◇
五つ目の拠点。
そこも同じだった。
見張りは弱い。
訓練不足。
連携不足。
補給不足。
奴隷商達は長年弱者を狩ることで生きていた。
強敵と戦う経験が無い。
だから村の戦闘部隊とぶつかった瞬間に崩れた。
エミリーが率いる前衛部隊が突入する。
リーヴが風魔法で退路を断つ。
ティグリスが土壁を築く。
ソフィアが正門を破壊する。
カタリナが暴れる。
ガイルが鉄を回収する。
ロバートが全体を統率する。
もはや作業だった。
一時間後。
拠点は空になる。
武器。
鎧。
鉄格子。
檻。
鎖。
鉄扉。
鉄杭。
金貨。
銀貨。
荷車。
全て回収。
奴隷達も保護。
残るのは空っぽの建物だけだった。
◇
「五つ目終了。」
ロバートが報告書を閉じる。
セリナが頷く。
「敵側の被害は大きいですね。」
「当然だ。」
ロバートは地図を見る。
「奴隷商は物流だ。」
「物流は拠点が無くなれば死ぬ。」
セリナも理解していた。
国境国家は強そうに見える。
だが実際は違う。
奴隷商。
盗賊。
傭兵崩れ。
犯罪組織。
それらが互いに利益を分け合っているだけ。
拠点が消える。
商品が消える。
金が消える。
人が消える。
それだけで機能不全になる。
◇
村は強くなっていた。
人口六千二百三十八人。
二ヶ月前とは別世界だった。
◇
食料充足率。
二百十七%。
◇
農地は広がり続ける。
農業革命が進んでいる。
水路網。
灌漑設備。
肥料。
土壌改良。
種子改良。
教育。
全てが噛み合っていた。
◇
畑では農民達が笑っている。
かつて貧困村だった場所。
病と飢えに苦しんでいた土地。
今では食料が余る。
◇
余った食料は保存される。
交易に使われる。
家畜に回される。
酒になる。
調味料になる。
村の財産になる。
◇
さらに。
紡織産業も急成長していた。
獣人達が羊毛を集める。
エルフ達が糸を紡ぐ。
ドワーフ達が機械を作る。
人族達が布を織る。
◇
服が作られる。
毛布が作られる。
寝具が作られる。
交易品が作られる。
◇
貧困は減る。
生活は豊かになる。
◇
環境が人を育てる。
その言葉を証明するようだった。
◇
村中央。
訓練場。
今日も訓練が行われている。
◇
戦闘部隊。
索敵部隊。
どちらも拡充中だった。
◇
ロバートの判断だった。
「まだ足りねぇ。」
誰かが言った。
「もう十分強いんじゃないですか?」
ロバートは首を振る。
「強いから増やすんだ。」
「弱くなってから増やしても遅い。」
誰も反論しない。
正しいからだ。
◇
戦闘部隊。
五百人。
↓
七百人。
↓
九百人。
↓
千人。
◇
索敵部隊。
五百人。
↓
七百人。
↓
九百人。
◇
毎日のように増えていく。
◇
ミシェルが指導する。
透視。
念聴。
遠隔透視。
念話。
◇
村人達は覚えていく。
才能が無かったわけではない。
教わらなかっただけ。
その事実が証明され続けていた。
◇
マイケルも教師として成長していた。
「次。」
「光属性。」
「索敵魔法。」
◇
若い村人達が集中する。
光が灯る。
失敗する。
やり直す。
また失敗する。
また挑戦する。
◇
誰も笑わない。
◇
なぜなら。
全員が同じ道を通ったから。
◇
エルナもいた。
リーンもいた。
リーザもいた。
リーブもいた。
◇
かつて戦えなかった者達。
今では普通に魔法を扱う。
◇
自己防衛。
仲間を守る力。
それを身につけている。
◇
エミリーが巡回していた。
狼獣人の女戦士。
かつては村を一人で守ろうとしていた。
今は違う。
◇
仲間がいる。
部下がいる。
後輩がいる。
◇
「焦らなくていい。」
「一歩ずつ。」
「昨日より少し強くなればいい。」
◇
優しい声だった。
◇
昔のエミリーなら言えなかった。
◇
環境が彼女も育てた。
◇
その様子を遠くから見る者がいた。
エレノア・グランディア侯爵。
◇
七十代後半。
だが。
見た目は四十代前半。
◇
長命化。
若返り。
健康化。
◇
食事。
治療。
魔力循環。
生活環境。
全てが作用した結果だった。
◇
杖を持つ必要もほぼ無くなった。
◇
「信じられませんね。」
◇
エレノアは呟く。
◇
昔の貴族社会。
◇
人は生まれで決まった。
◇
才能も。
地位も。
未来も。
◇
だが。
この村は違う。
◇
農民が教師になる。
◇
孤児が治癒師になる。
◇
流民が指揮官になる。
◇
元奴隷が職人になる。
◇
獣人が隊長になる。
◇
環境が変わるだけで。
人はここまで変わる。
◇
エレノアは微笑んだ。
◇
「素晴らしいですね。」
◇
近くにいたロバートが笑う。
「まだ途中だ。」
◇
「途中ですか?」
◇
「当たり前だ。」
◇
ロバートは訓練場を見る。
◇
千人近い戦士。
◇
千人近い索敵部隊。
◇
六千人を超える村人。
◇
豊かな農地。
◇
巨大な倉庫。
◇
紡織工房。
◇
鍛冶工房。
◇
治療院。
◇
学校。
◇
公衆浴場。
◇
集合住宅。
◇
何もかも揃っている。
◇
それでも。
ロバートは満足していなかった。
◇
「敵はまだいる。」
◇
「奴隷商も。」
◇
「盗賊も。」
◇
「国境国家も。」
◇
「だから止まらねぇ。」
◇
その言葉に周囲が頷く。
◇
村は変わった。
◇
弱者が集まる場所だった。
◇
今は違う。
◇
弱者が強くなる場所だった。
◇
環境が人を育てる。
◇
教育が人を育てる。
◇
仲間が人を育てる。
◇
そして。
六千人を超えた村は。
さらに大きくなろうとしていた。
◇
次の索敵報告が届く。
◇
まだ拠点がある。
◇
まだ救うべき人がいる。
◇
まだ回収できる資源がある。
◇
ロバートは地図を広げた。
◇
その周囲には。
エミリー。
セリナ。
ソフィア。
カタリナ。
ミシェル。
ガイル。
トミー。
マイケル。
エルナ。
エレノア。
多くの仲間達。
◇
誰も怯えていない。
◇
誰も諦めていない。
◇
六千人を超える共同体は。
もう貧困村ではなかった。
◇
人を育てる国。
その入口に立っていた。




