59話 奴隷商壊滅
夜明け前。
空はまだ暗い。
冷たい風が草原を撫でていた。
国境国家の西部。
山間部に築かれた奴隷商拠点。
そこは長年、多くの人々を苦しめてきた場所だった。
獣人。
エルフ。
人族。
魔族。
流民。
孤児。
戦災難民。
食うために旅へ出た者。
家族を失った者。
病で村を追われた者。
弱い者達が捕らえられ、売られ、消えていった。
奴隷商達にとっては金だった。
数字だった。
商品だった。
だが。
この日。
その拠点は終わる。
◇
丘の上。
索敵部隊が伏せている。
隊長はミシェルだった。
鳥人族。
空を飛び。
風を読み。
遠くを見る。
村最強クラスの索敵能力を持つ女。
彼女の周囲には百名以上の索敵兵がいる。
全員が教育を受けていた。
全員が魔法を扱える。
全員が超能力を扱える。
かつて農民だった者もいる。
元盗賊もいる。
元流民もいる。
今は違う。
村人だった。
◇
「確認完了。」
ミシェルが静かに言う。
「敵戦力百三十六。」
「奴隷三百七十八。」
「地下牢確認。」
「周囲の伏兵なし。」
◇
念話が飛ぶ。
テレパシー。
教育によって習得した超能力。
即座に戦闘部隊へ伝達される。
◇
ロバートが頷いた。
「了解。」
◇
魔族の将軍。
五百人の戦闘部隊を率いる男。
彼の後ろには戦士達が並ぶ。
◇
エミリー。
リーヴ。
ティグリス。
ソフィア。
カタリナ。
ガイル。
そして多くの村人達。
◇
誰も緊張していない。
◇
理由は単純だった。
敵が弱い。
◇
昔なら違った。
村人は怯えた。
逃げた。
泣いた。
奪われた。
◇
今は違う。
◇
環境が人を育てた。
教育が人を育てた。
訓練が人を育てた。
◇
ロバートが剣を抜く。
「開始。」
◇
それだけだった。
◇
瞬間。
戦闘部隊が動く。
◇
風魔法。
身体強化。
筋肉強化。
◇
人間離れした速度。
◇
見張りが気付く。
「敵――」
◇
言い終わらない。
◇
風刃。
ウォーターバレット。
ストーンバレット。
◇
無数の魔法が飛ぶ。
◇
見張り塔が崩壊した。
◇
奴隷商達が飛び起きる。
「襲撃だ!」
「敵だ!」
「武器を持て!」
◇
遅い。
◇
エミリーが突入する。
狼獣人。
親分としての風格が既にあった。
◇
身体強化。
筋肉強化。
風属性付与。
◇
剣が走る。
◇
一撃。
二撃。
三撃。
◇
敵が倒れる。
◇
リーヴも続く。
風の刃。
風の弾。
風の拘束。
◇
逃げる敵を吹き飛ばす。
◇
ソフィアは正面突破だった。
巨大な斧槍が振るわれる。
◇
防壁。
門。
武器庫。
◇
全てが吹き飛ぶ。
◇
カタリナは笑っていた。
「弱いな。」
◇
グレイブが舞う。
◇
敵が宙を飛ぶ。
◇
ガイルは戦斧を振るう。
「鍛冶屋に良い鉄を持って帰るぞ!」
◇
敵より鉄の方が気になる。
ドワーフらしい。
◇
十分後。
戦闘終了。
◇
敵戦力。
壊滅。
◇
逃亡者。
ゼロ。
◇
死傷者。
戦闘部隊側。
ゼロ。
◇
ロバートは周囲を見る。
「地下牢を開けろ。」
◇
戦士達が動く。
◇
鉄格子。
鉄扉。
鉄鎖。
◇
全て破壊される。
◇
中には痩せた人々がいた。
◇
獣人。
エルフ。
人族。
魔族。
◇
皆。
怯えている。
◇
当然だった。
◇
今まで助けられた経験など無かった。
◇
奪われるだけだった。
◇
その時。
マイケルが前へ出る。
◇
治癒師。
教師。
かつて泣き虫だった青年。
◇
今は違う。
◇
「大丈夫です。」
「助けに来ました。」
◇
ヒール。
◇
光が広がる。
◇
傷が癒える。
◇
痩せた身体に力が戻る。
◇
泣き出す者がいた。
◇
崩れ落ちる者もいた。
◇
マイケルは支える。
◇
かつて助けられた少年は。
今度は人を助けていた。
◇
エルナも駆け寄る。
◇
温かい毛布。
水。
食事。
◇
優しい言葉。
◇
村の母性。
その才能が花開いていた。
◇
「もう大丈夫ですよ。」
◇
その言葉で泣く者がいた。
◇
何年も聞かなかった言葉だった。
◇
救出完了。
◇
そして。
ここからが村らしかった。
◇
ロバートが命じる。
「回収開始。」
◇
全員が動く。
◇
武器。
鎧。
盾。
鉄格子。
鉄扉。
鉄鎖。
鉄杭。
鉄製家具。
◇
全て回収。
◇
アイテムボックス。
◇
収納。
収納。
収納。
◇
どんどん消える。
◇
何も残らない。
◇
ガイルが笑う。
「こりゃ工房が喜ぶぞ。」
◇
ベルンも頷く。
「鋼材不足が一気に解消する。」
◇
村は鉄を無駄にしない。
◇
敵ですら資源になる。
◇
徹底した合理主義。
◇
やがて。
拠点内部は空になった。
◇
本当に空だった。
◇
武器が無い。
◇
鉄が無い。
◇
奴隷がいない。
◇
食料も無い。
◇
資材も無い。
◇
金貨も無い。
◇
何も無い。
◇
建物だけが残る。
◇
トミーが笑った。
「盗む側が盗まれる気分はどうだろうな。」
◇
誰かが吹き出した。
◇
事実だった。
◇
この拠点は終わった。
◇
再建できない。
◇
鉄が無い。
◇
金が無い。
◇
人が無い。
◇
商品だった奴隷もいない。
◇
商売にならない。
◇
ロバートは遠くを見る。
◇
「一つ。」
◇
静かに呟く。
◇
「まず一つだ。」
◇
国境国家には。
まだ多くの拠点がある。
◇
奴隷市場。
密輸港。
盗賊団。
傭兵団。
◇
だが。
それらは繋がっている。
◇
一つ失えば弱る。
◇
二つ失えば苦しくなる。
◇
三つ失えば崩れ始める。
◇
十失えば立てなくなる。
◇
だから焦らない。
◇
一つずつ。
確実に。
◇
削る。
◇
村が得意なのは戦争ではない。
◇
改善だ。
◇
最適化だ。
◇
教育だ。
◇
そして。
相手を少しずつ機能不全にすることだった。
◇
救出された奴隷達を乗せた馬車が動き出す。
◇
向かう先は村。
◇
病が治る場所。
◇
飢えない場所。
◇
学べる場所。
◇
働ける場所。
◇
家族を作れる場所。
◇
五千人を超える人々が暮らす共同体。
◇
かつての貧困村。
◇
今は違う。
◇
人材を育てる村だった。
◇
後方。
◇
ケルナインは何も言わない。
◇
ただ静かに見ている。
◇
ロバートが決めた。
◇
皆が動いた。
◇
皆が考えた。
◇
それで良かった。
◇
環境が人を育てる。
◇
その証明が。
目の前にあった。
◇
奴隷商拠点。
壊滅。
◇
そして。
国境国家が失ったものは。
一つの拠点だけではなかった。
◇
未来だった。




