58話 国境国家関与
夜だった。
会議室には明かりが灯っている。
かつては数十人しか住まなかった貧困村。
今では五千人を超える人々が暮らしている。
農業革命は成功した。
食料充足率は二〇〇%を超えている。
紡織産業は急成長を続けている。
治療院は病を減らした。
公衆浴場は衛生を変えた。
学校は人を育てた。
そして今。
村は新たな敵に向き合おうとしていた。
黒幕である。
◇
大きな円卓。
その周囲に集まる村の中核。
ロバート。
エミリー。
セリナ。
トミー。
ミシェル。
マイケル。
エルナ。
エレノア・グランディア侯爵。
そしてケルナイン。
だが。
ケルナインは何も言わない。
会議の中心にいるのは別の者達だった。
◇
セリナが資料を広げる。
「調査結果がまとまりました。」
全員の視線が集まる。
ダークエルフの頭脳は既に村の中核だった。
「奴隷商。」
「盗賊団。」
「傭兵崩れ。」
「流民狩り。」
「人身売買。」
「これらは全て繋がっています。」
静寂。
そして。
セリナは地図の一点を指した。
「黒幕は国境国家です。」
◇
空気が変わる。
誰も驚かなかった。
むしろ納得していた。
これだけ大規模な犯罪。
個人でできるはずがない。
盗賊団だけで成立するはずもない。
国家規模の支援が必要だった。
◇
ミシェルが資料を追加する。
「確認済みの奴隷市場二十六。」
「盗賊団百三十二。」
「密輸組織三十八。」
「傭兵団十七。」
「全て国境国家へ資金が流れています。」
◇
エミリーが歯を食いしばる。
「リーヴの村。」
「ティグリスの村。」
「他にも滅んだ村があった。」
「全部あいつらか。」
「その可能性は高いです。」
セリナが答えた。
◇
マイケルは資料を見る。
そこには数字が並んでいた。
売られた子供。
売られた女性。
売られた獣人。
売られたエルフ。
売られた農民。
数字は数千。
いや。
数万に届いていた。
◇
エルナが静かに呟く。
「酷い……。」
優しい彼女の声が震える。
◇
そこで。
ロバートが立ち上がった。
魔族。
大剣使い。
かつて流浪の冒険者だった男。
今は違う。
五百人の戦闘部隊を率いる将軍だった。
◇
全員の視線が集まる。
ロバートは地図を見る。
そして口を開いた。
「殲滅しない。」
◇
会議室が静まる。
エミリーが眉を上げる。
「どういう意味だ?」
◇
ロバートは地図の上を指でなぞる。
「一気に潰すと敵は団結する。」
「追い詰められた獣は暴れる。」
「それは損だ。」
◇
彼は将軍だった。
だから知っている。
勝つことと暴れることは違う。
◇
「削る。」
ロバートは言った。
「少しずつだ。」
「確実にだ。」
◇
地図に印を付ける。
最初の印。
奴隷市場。
「まずここを潰す。」
次。
密輸港。
「次にここ。」
次。
盗賊団。
「次にここ。」
次。
傭兵団。
「ここもだ。」
◇
トミーが笑った。
「商売と同じだな。」
ロバートも頷く。
◇
「市場を失う。」
「輸送路を失う。」
「護衛を失う。」
「利益を失う。」
「信用を失う。」
「人材を失う。」
◇
「最後に国家を失う。」
◇
誰も反論しない。
合理的だった。
◇
セリナが頷く。
「賛成です。」
「索敵部隊五百で全拠点を監視できます。」
◇
ミシェルも続く。
「補給路も把握済みです。」
「密輸路も見えています。」
◇
エミリーも立ち上がる。
「戦闘部隊五百。」
「いつでも動ける。」
「防衛戦じゃない。」
「今度は守るために攻める。」
◇
その言葉に全員が頷いた。
◇
そこで。
エレノア・グランディア侯爵が立ち上がった。
◇
その姿に。
新しく来た移住者達は今でも驚く。
なぜなら。
彼女は七十代後半だからだ。
◇
だが。
誰もそうは見えない。
◇
白銀の髪。
張りのある肌。
美しい姿勢。
強い瞳。
四十代前半にしか見えない。
◇
老女ではない。
成熟した美女だった。
◇
長年の病。
栄養不足。
疲労。
全てが村で消えた。
◇
治療院。
食事。
魔力循環。
身体強化。
生活環境。
◇
全てが重なった結果。
肉体年齢そのものが若返っていた。
◇
リーンが以前言った。
「エルフ化に近い状態です。」
◇
耳は尖らない。
だが。
寿命が延びる。
老化が遅くなる。
◇
エレノア自身も困惑していた。
◇
しかし。
今では受け入れている。
◇
「後ろ盾なら任せなさい。」
その声には力があった。
◇
「王都にも話は通せる。」
「味方の貴族もいる。」
「国境国家は嫌われている。」
「奴隷商を守る国家など本来存在してはならない。」
◇
会議室に安心感が広がる。
◇
政治。
軍事。
経済。
情報。
◇
全てが揃っていた。
◇
トミーが笑う。
「俺達。」
「村じゃなくなったな。」
◇
誰も否定できなかった。
◇
人口五千。
戦闘部隊五百。
索敵部隊五百。
学校。
治療院。
工房。
紡織工場。
公衆浴場。
集合住宅。
◇
国家の形が出来始めている。
◇
だが。
ケルナインは何も言わない。
◇
ロバートが振り返る。
◇
「ケルナイン。」
◇
初めて全員が彼を見る。
◇
「俺達はこのやり方で行く。」
◇
それは確認ではない。
命令を求める言葉でもない。
◇
報告だった。
◇
自分達で決めた。
自分達で考えた。
自分達で責任を持つ。
◇
その報告だった。
◇
ケルナインは静かに頷く。
◇
「そうか。」
◇
それだけだった。
◇
しかし。
全員が笑った。
◇
昔なら違った。
◇
誰かが答えを求めた。
誰かが指示を待った。
誰かが責任を押し付けた。
◇
今は違う。
◇
環境が人を育てた。
教育が人を育てた。
仲間が人を育てた。
◇
ロバートは将軍になった。
エミリーは指揮官になった。
セリナは参謀になった。
トミーは商人になった。
マイケルは教師になった。
エルナは人を支える存在になった。
◇
そして。
村は一つになった。
◇
敵は国境国家。
◇
だが怖くない。
◇
戦闘部隊五百。
索敵部隊五百。
五千人の村人。
そして同じ未来を見る仲間達。
◇
一度に潰さない。
少しずつ。
確実に。
◇
市場を削る。
物流を削る。
利益を削る。
人材を削る。
戦力を削る。
◇
最後に国家を削る。
◇
国境国家はまだ気付いていない。
◇
自分達が狙われていることを。
◇
貧困村だと思っていた場所が。
いつの間にか。
自分達を喰らう存在へ変わっていたことを。




